第262話:王城地方のある部屋について(三人称視点)
◇◇◇
「気分転換になりましたかな、陛下?」
王城にある国王の私室。山のような書類の束を机に置いた宰相のプライム侯爵は、白い髭を蓄えた口元にニッコリと笑みを浮かべて執務机に向かうライオスに問いかける。
「プライムよ、謝罪は昨日済ませたであろう。そうネチネチ言われるとまた気分転換にでかけたくなるではないか」
「はっはっは。これ以上仕事をサボられてはこの部屋が書類で埋まってしまいますな」
「笑いごとではない……。そうだ、半分ルーカスにやろう。あやつが我に黙ってコソコソと動かなければ、少しはこの書類の山も減っていたはずだ。その責任を取らさねば」
「残念ながら、既にルーカス殿下の部屋は書類に埋まっております」
「…………有能な文官を何人か付けてやれ」
「ただちに」
プライム侯爵は恭しく一礼する。
そのまま立ち去るかと思いきや、彼はその素振りを見せなかった。
「まだ何かあるのか」
「第二王妃様の私室から帝国との密書が見つかりました。どうやら結婚当初から帝国と通じていたようでございます」
王命に反した第一王子スレイ。彼の母である第二王妃は有史以来幾度となくリース王国と戦争を行ってきたライガ帝国の現皇帝の妹に当たる人物だ。スレイが王令に反したのを機に彼女は軟禁状態に置かれ、後宮にある彼女の私室を調べるよう指示をだしていた。
「密書など今さらであろう。ある程度の文通は許可していた。国家機密を知られぬよう国の中枢からも遠ざけていたはずだが?」
「ええ。ですので、見つかったのは帝国内部の情勢を知らせる密書でございます」
「……なに? 帝国の内情だと?」
ライガ帝国の内情はなかなか手に入らない貴重な情報だ。
近年は融和ムードが漂う王国と帝国の関係だが、長年敵対してきたこともあり帝国のガードは非常に硬かった。王国騎士団の情報部ですら少なくない犠牲を払って断片的な情報を得るのがやっとの状態で、まさか後宮からそのようなものが発見されるとは、ライオスとしても想定外の事態だ。
「……それは誠か? あやつがそのような物を残すとは思えぬが……」
第二王妃は頭の切れる女性で、その扱いにはライオスも常に気を遣ってきた。少しでも油断すれば国の内情が帝国に漏れかねない。かと言って扱いを間違えば帝国との関係に亀裂が入る。
その立場を利用して後宮内で見事に立ち回り、まんまと第一王子を身ごもった人物だ。仮に帝国の内情を密かに得ていたとしても、それを処分していないのはいささか不自然ではあった。今回のように発見されてしまう事態を想定していなかったとは思えない。
「……ならば、あえて残したか」
「おそらくは。どこまで想定内であったかはご本人様に確認しなければなりませんが、こちらに見せる意図があったのは確かでしょう」
「それで、そこには何が書かれてあったのだ」
「こちらに」
プライム侯爵は胸ポケットから密書らしき手紙を取りだしてライオスに差しだす。手紙の差出人はどうやら皇帝に使える侍女のようだ。世間話を装った文章には現在の帝国の様子がさり気なく記されている。しかしそこからは、帝国の内情を十分に知ることができた。
曰く、ライガ帝国皇帝の体調は芳しくなく日に日に弱り続けている。
曰く、皇太子は無作法者で皇帝の器としては疑念が残る。
曰く、王国との融和派には第一皇女を次期皇帝として擁立する動きがある。
曰く、皇太子と彼を支持する強硬派は王国との戦争を望んでいる。
複数の手紙に分けられ世間話のように散りばめられた断片的な情報を繋ぎ合わせれば、おのずとそのような内容が読み取れるようになっていた。
「つい最近、どこかで聞いたような話であるな」
「継承問題はどこの国でも定期的に起こりますからな。……とは言え、偶然にしてはタイミングがいささか合い過ぎるかと」
「例の商人はフィフ・ブライドとの繋がりもあったのだったな?」
「はい。ブライド家の屋敷を調査し裏を取っております」
「…………ならば、帝国でも例の商人が暗躍している可能性はあるだろう」
リース王国とライガ帝国。大陸の東西を二分する大国でほぼ時を同じくして国主が病に倒れ継承問題が発生する。その偶然が重なる可能性は如何ほどのものだろうか。
何者かが意図してこの状況を生みだした。
実際に暗躍する者が居る以上、そう考えたほうが自然に思える。
「来月の終戦記念式典、帝国の皇族からは誰が出席するのだったか?」
「皇太子のナール殿下が出席すると帝国側より通達がきております」
「件の無作法者か。何事も起こらなければよいが」
「陛下がそう言って何事も起こらなかったことがありましょうか?」
苦笑するプライム侯爵にライオスは無言で肩をすくめる。
「関係各所に警戒を厳にするよう通達いたします。それから、第二王妃様の聴取はいかがなされますか」
「我が自ら執り行おう。あやつもそれを望んでおるはずだ。……スレイのこともある」
「第二王妃様も考えられましたな」
王令に反した第一王子スレイは、現在王城の一室で軟禁状態にある。本来ならば王族であっても死刑であったところを、帝国の血を引くこともあり帝国との外交上の観点から生かされ続けている状態だ。
今回、スレイの生母である第二王妃から帝国に関する貴重な情報がもたらされた。これが全て正しい情報であれば、スレイの存在はより一層大きな意味を持つものになってくる。
「場合によっては帝国が割れる。それまでに国内の膿をだしきらねばなるまいな」
「陛下の御心のままに」
プライム侯爵は恭しく一礼し、今度こそ踵を返して部屋から立ち去った。
残されたライオスは書類の山としばらく格闘し、ふと大きく息を吐く。
窓のほうを見れば、ガラスに反射するのは疲れた表情をした自分の姿だ。
「若い頃はどれだけ働いても疲れを感じなかったものだが……。我も随分、年老いたものだ」
自嘲するような笑みを浮かべた途端、視界に白い何かが浮かび上がった。
風にたなびく白銀のように美しい長い髪。
それはあの日、気まぐれで訪れた王立学園で一目惚れした彼女のもので、大きく目を見開いたライオスは咄嗟に後ろを振り返る。
「えっと……忙しかったです?」
そこに居たのは、ルクレティアの姿をした使用人のメリィだった。どうやらいつの間にか部屋の中に入ってきていたようだ。部屋の前の護衛は本物のルクレティアだと思っているため、素通りさせたのだろう。
ルティアナとルクレティアにそっくりの使用人の少女。その正体にライオスとしても不審に思うところがないわけではなかったが、昨日一日を共に過ごして妙な親近感というかまるで孫のような愛着を彼女には感じてしまっていた。
「……いや、そろそろ休憩にしようと思っていたところだ。すぐに菓子を用意させよう」
「やったーっです!」
両こぶしを上にあげて全身で喜びを露わにするメリィに、ライオスは毒気を抜かれて笑いながら呼び鈴を鳴らし部屋の外に待機していた使用人に菓子を用意するよう指示をだす。
「我ら二人の…………いいや、三人分の菓子の準備をせよ」
「はっ! 後ほど、どなたかいらっしゃるのでしょうか……?」
「さあ、どうであろうな」
不思議そうな顔をする使用人にライオスはクックと笑みを噛み殺して答える。
首を傾げつつ三人分の菓子を用意した使用人はその日、王の私室から楽しげに笑う王と少女――そして女性の声を聴いたとか聴かなかったとか。
【第五部:完】




