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第204話:だってよイディオット…腕が!!!(ルー三人称&日記)

「リリママ……」


 ところどころ震えた文字で書かれた日記には、妊娠から出産までを経験したリリィの苦悩や不安が赤裸々に綴られていた。


 ちょっと赤裸々過ぎて読んでいて恥ずかしくなる部分もあったが、年齢が近くなった今だからこそ当時のリリィの気持ちに寄り添えるとルーは思う。


 両親と離れ離れになった孤独感。ヒューやティア、レクティといった家族は傍に居たものの、当時の情勢では全員が多忙を極めていた。責任感が強いリリィは不安や苦悩を周囲に相談できず溜め込んでしまったのだ。


(パパもママも、ずっと後悔してたです……)


 あの頃のリリィにもっと寄り添ってあげられていたら。


 そんな言葉を両親の口から聞いた記憶は一度や二度じゃない。


 幸せだった日々は摩耗し、擦り切れていく。


 日記を閉じたくなる気持ちを抑え込んで、ルーはさらにページを捲る。


 変えるべき未来を今一度、確かめるために。




【1月10日】


 こうして日記を書くのは何カ月ぶりかしら。


 子供たち、メリィとリューグを産んでからもう半年以上が過ぎた。季節はすっかり夏から冬に変わって窓の外には大雪が降り積もっている。この時期はプノシス領の外から来る避難民の数も減るから、少しだけ仕事が減って心に余裕が出るのよね。


 ……まあ、どうして避難民の数が減るのかを考えると陰鬱になるのだけど。


 この半年の間も王国の情勢は悪化の一途を辿っている。各地でスレイ殿下派の貴族たちとブルート殿下派の軍部が衝突し、王国全土で泥沼の戦争が展開されている。


 そんな中でも帝国の後ろ盾を得たスレイ殿下派がやはり優勢で、王都周辺は完全にスレイ殿下が掌握したそうだ。


 もしそれが本当なのだとしたら、王都周辺のスレイ殿下派の軍勢が次に向かう先は……。


 …………ヒューに助けてなんて言えない。私がそれを口にしたら、彼はきっとピュリディ領を助けようとしてくれる。だけどそれは、彼に途轍もなく大きな業を背負わせることに他ならない。


 王都からプノシス領へ向かう道中、傭兵たちから私たちを助けるために力を振るった後の彼の打ちのめされた姿は今でも思い出せる。


 彼は英雄でも何でもない、どこにでもいる普通の人。


 普通の男の子だった人。


 私の、最愛の旦那様。


 だから、助けてなんて言えるはずがない。


 ごめんなさい、お父様。


 ごめんなさい、お母様。


 ごめんなさい、レパード。


 ごめんなさい。




【1月11日】


 昨日はとても暗い気持ちで日記を書き終えてしまった。おかげで精神的に辛くなってレクティに一緒に寝てもらったのだけど、そう言えば日記に書いておくべきビッグニュースがあったのをすっかり忘れていたわ。


 レクティのお腹が段々と大きくなり始めた。家族がもう一人増えるのよ!


 そう言えばヒューが萎れたネギみたいにぐったりしている日が何日かあったのだけど、もしかしたらその時に……。だとしたらレクティ、貴方いったいヒューとどんなプレイを…………うん、まあ下世話な詮索は止めておきましょう。


 とにかく、レクティには私が尻込みしている間もずっと待たせてしまっていたから、まずは無事に妊娠してくれてホッとした。


 出産まではまだ半年くらいかかるでしょうから、ちょうどメリィとリューグとは一年離れた妹か弟になるのかしら。


 まだお姉さんやお兄さんって年齢でもないでしょうけど、大きくなった時が楽しみね。


 そうそう。お姉さんと言えば先日三歳の誕生日を迎えたルーは、もうしっかりとお姉さんとしての自覚が芽生えたみたいで、メリィやリューグのお世話をよく手伝ってくれるわ。


 私が仕事で忙しい時はティアが代りに二人の面倒を見てくれているのだけど、ルーもティアと一緒になってメリィとリューグをあやしてくれているみたいなの。


 私が二人の面倒を見ている時もトテトテとどこからともなくルーはやって来て、メリィにチューをしてよくペシペシと叩かれている。微笑ましいったらこの上ないわ。


 ルーの成長は著しくて、ついこの間ハイハイからつかまり立ちが出来るようになったかと思えば今じゃもう屋敷の中を走り回っているし、言葉も支離滅裂なものから段々とハッキリと意思疎通が出来るようになって来た。


 子供の成長ってこんなに早いのね。


 来年の今頃には、メリィとリューグも立派にお姉さんとお兄さんをしているのかしら。




【7月20日】


 ……ようやく気持ちの整理がついたから、今日までの日々を日記に残そうと思う。


 きっかけはとある一団がプノシス領に現れたことだった。


 防衛用に築いた砦からの知らせを受けて慌てて駆け付けたヒューと私を出迎えたのは、旧王国騎士団とピュリディ家の兵士や民間人約五百名。


 そして、彼らを率いるイディオットだった。


 約六年ぶりの再会を喜ぶ暇はなく、ヒューと私は彼の姿に唖然とした。


 彼は左腕を失っていたのだ。


 隻腕となったイディオットは精悍な顔つきの戦士へと成長していた。


 腕の傷は既に塞がっていて、レクティの〈聖女〉スキルでも治せない。


 ヒューは〈洗脳〉スキルのことは伏せつつ、何とか出来るかもしれないと伝えたのだけど、イディオットは「もう片腕で戦い慣れてしまったのでな。今さら腕が生えたところで強くなるわけではないだろう」とその申し出を断った。


 そんなやり取りを経て、イディオットはキュッと唇を結んで居住まいを正す。


 そして、まるで私に首を差し出すかのように跪いた。


「すまない、リリィ・ピュリディ。君のご家族を、守ることが出来なかった」


 ……イディオットの言葉で私は全てを察した。イディオットが引き連れていた兵士たちは、ピュリディ領での戦いで敗れた敗残兵。そして民間人はピュリディ領から私を頼って逃げて来た住民たちだ。


 私は崩れ落ちそうになる体を必死に堪え、ヒューと共に指示を出した。


 ひとまずピュリディ領の住民たちは避難民用に建築した仮設住宅へ。避難民のおかげでプノシス領の人手不足も解消し、今は急ピッチで仮設住宅の建設が進んでいる。それもあって何とかギリギリ全員に住居を供給することができた。


 そして元王国騎士団とピュリディ家の兵士たちには、そのまま砦に入ってプノシス領の防衛にあたってもらう。


 砦を建築したは良いものの、プノシス領の人手不足は兵力にも直結していた。マイク様が住民や避難民から希望者を集めて兵士の育成を進めてくれていたけれど、戦力としては心もとなかった。


 そこへ経験豊富な兵士が三百人も加わってくれたことは心強い。彼らはピュリディ領での戦いを生き抜いた精鋭たち。元王国騎士団とピュリディ家の兵だけあって練度は非常に高く、何より私とティアを妻に持つヒューに忠誠を誓ってくれた。


 彼らのおかげでプノシス領の防衛力は格段に上がったと言っていい。


 ただ、同時に懸念もある。


 彼らがプノシス領へ逃げ込んだことはスレイ殿下派も把握しているはず。ピュリディ領が陥落した今、いつスレイ殿下派がこちらへ兵を向けて来ても不思議じゃない。


 ヒューと相談し、砦にはしばらくマイク様に入って頂いて警戒を厳にすると決めた。


 それから私とヒューはイディオットと共にひとまず屋敷へと戻った。


 屋敷でお腹が大きくなったレクティと再会した途端、泡を吹いてぶっ倒れたイディオットが落ち着くのを待ち、私はピュリディ領での出来事の詳細をようやく知ることが出来た。


 まず、イディオットは内戦が始まった当初に父親であるホートネス侯爵と意見の違いから対立し家を飛び出したそうだ。それから王国各地を放浪し、スレイ殿下派とブルート殿下派双方の野蛮な行いや凄惨な行動を数多く目の当たりにしたという。


 そんな彼がやがて辿り着いたのがピュリディ領だった。お父様はイディオットを快く迎え入れ、イディオットはその恩に報いるために常に最前線で戦い続けた。


 ピュリディ領はスレイ殿下派の攻勢に対し四年以上善戦を続けた。けれど孤立無援の戦いは消耗戦を強いられ、段々と形勢は逆転していった。


 そして潮目が完全に変わったのは、スレイ殿下派の軍勢にライガ帝国の一団が混ざり始めた頃だったという。帝国兵はツワモノ揃いで、特にその兵を率いる将は相当な実力者だった。


「おそらく剣の腕はアリッサ女史や〈剣聖〉に匹敵するだろう。僕の左腕も奴に切り飛ばされた」


 片腕を失ったイディオットは戦線離脱を余儀なくされ、生死の境を彷徨った。奇跡的に回復して数カ月の療養の末に彼が復帰した時にはもう、ピュリディ領のリリィガーデン以外の町や砦は全て陥落していたそうだ。


「リリィガーデンの食料も尽きかけていた。ピュリディ侯爵閣下と夫人は使者を立て、自分たちの命と引き換えに兵と住民の命を保証するよう懇願したのだ」


 その願いは聞き入れられ、リリィガーデンは開城。


 お父様とお母様は領民たちの前で処刑された。


「……だが、約束は反故にされた!」


 待っていたのはスレイ殿下派の兵たちによる暴力と略奪。リリィガーデンは徹底的に破壊され、その中で助命されたはずのレパードや兵士、住民たちすらも殺された。


 イディオットはかろうじて生き残った兵と住民たちを率いて脱出。


 お父様の遺言に従い、命からがらプノシス領へと辿り着いたそうだ。


 それを聞き終えた私は、ついに耐えきれなくなって泣き崩れた。お父様とお母様の死。弟や領民たちの死。こうなることがわかっていたはずなのに、私は何もしなかった。


 後悔と自責で心がぐちゃぐちゃになって、泣き喚くことしか出来なくて。大泣きする母親を見て不安になったのか、メリィとリューグも抱っこしてくれていたレインお義母様とティアの腕の中で泣き出して、そしたらそれにつられてルーまで泣き出してしまって。


 みんなにはとても迷惑をかけてしまったわ……。


 それから数日間、私は部屋に閉じこもってめそめそと泣き続けた。ヒューやティア、身重のレクティまで暇を見つけては私を励ましに来てくれて、今日ようやく日記を書けるまでメンタルが回復した。


 もう悲しんでいる暇はない。


 レクティの出産は目前に迫っているし、イディオットたちを追ってスレイ殿下派の軍勢がいつここへ来るとも限らない。


 何日も休んでしまった分を取り戻さないと。


 何かをして気を紛らわせないと、また泣き出してしまいそうだから。


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