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第193話:ピュリディ侯爵「やめてくれローズ。その冗談は私に効く」

「案内します。どうぞこちらへ」


 ローズさんは踵を返し、すたすたと屋敷の中へ入って行く。


 歓迎されていない……わけじゃなさそうだ。ちらりとリリィに視線を向けると、彼女は小さく頷いてみせる。とりあえず、ローズさんの後を追ったほうが良いだろう。


 荷物は屋敷の使用人さんたちが運んでくれるとのことで、俺たちはそのままローズさんの案内で屋敷の中へと足を踏み入れた。


 作りも内装も王都にあるピュリディ家の屋敷とほぼ同じ。ただ、年季の入り方から察するにこちらの建物のほうが古さを感じる。そして屋敷に入ってすぐにある二階へ続く階段の壁には、幼い頃の可愛らしいリリィが描かれた巨大な肖像画が飾られていた。


「お、お母様!? それは外しておいてと手紙に書いたでしょう!?」


「ええ、そうね。けれどせっかくの絵を外して誰の目にも触れない場所に置くのは、描いてくれた画家に失礼だもの。どうかしら、ヒュー・プノシス。よく描けているでしょう?」


「え、ええ。それはもう、幼い頃のリリィの愛らしさがよく描かれていると思います」


 写実的に描かれた肖像画の中で、リリィは天使のような笑みを浮かべながら佇んでいた。その姿は愛らしくもあり、今に通じる淑女然とした可憐さも感じさせる。


「なかなか悪くない目をしているわ」


 俺の感想にローズさんは満足げに頷いた。この人、もしかしなくてもリリィのことめっちゃ好きなのでは?


「は、恥ずかしいからあまりジロジロ見ないでちょうだい……っ」


 頬を赤らめたリリィが肖像画の前に立って俺たちの視線を塞ごうとする。だがあまりにも肖像画が大きすぎるため、とてもリリィのスマートな身体では彼女の幼い頃の姿を隠しきれていない。大人になった本人より遥かに大きく描かれているのだ。


 それにしても、肖像画はクオリティが高すぎてもはや写真のようだった。……そうだ、スキルを〈画家〉にすれば彼女たちの姿を残せるかもしれない。お金が溜まったら画材を買いに行こう。


 なんて考えていた矢先、


「ホントに小さい頃のリリィそっくりだなぁ…………あっ」


 なんてポツリと口にしたティアが慌てて口を両手で押さえる。いやもう、その反応が答え合わせみたいなものなんだが……。


「そう言う貴方は学生時代のルティアナそっくりね」


 ローズさんは懐かし気に目を細めながら、ティアの銀色の髪へそっと手を伸ばす。


「国王陛下が好奇心旺盛なルティアナと、城下にこっそり遊びに行くためだけに作らせた頭髪変化の魔道具ね。使い過ぎると毛根が死滅して禿げるから気を付けなさい」


「えぇーっ!?」


「冗談よ」


 涙目になって頭を押さえて震えるティアにローズさんはケロリとした表情で嘘だと認める。じょ、冗談にしても恐ろしすぎる……っ!


「安心してちょうだい。事情はルーカス殿下と夫からの手紙で把握しているわ。私は貴方の味方です、ルクレティア様。ルティアナの友人として、ずっと貴方の身を案じていました。手紙すら出さなかった私の言葉を、信用できないとは思うけれど……」


「ううん。ピュリディ家にはピュリディ家の事情があったと思うし、流行病の時期はどこも大変だったから……。それにね、病気になった後もローズ小母様との思い出を話してくれるお母様はいつも楽しそうだったもん。お母様の大好きなローズ小母様の言葉を信じないなんて言ったら、お母様に怒られちゃうよ」


「…………本当に、ルティアナそっくりね」


 ローズさんは震える指先でティアの銀色の髪に優しく触れて、梳くように優しく撫でる。ティアはくすぐったそうに眼を細め、ローズさんに寄り添った。


 ローズさんが落ち着くのを少し待ってから、再び歩き出す。案内されたのは屋敷の談話室だった。対になったソファにそれぞれ腰掛ける。ローズさんの隣にはティア、その隣にレクティ。そして対面に俺とリリィという並びだ。


 こうして向かい会うと、やっぱりリリィそっくりだ。十年後の未来から来たリリィだと自己紹介されたら信じてしまいそうなくらい似ている。


 鋭い視線は変わらずだけど、怖さはもう感じない。幼少の頃のリリィの肖像画を飾っていたり、ティアの姿にルティアナさんを思い出して感極まったりした姿を見て、彼女の人となりは察することができた。


 そもそもリリィが憧れるお母さんだ。決して恐ろしいだけの女性であるはずがない。


 やがてプラムさんが淹れてくれた紅茶を一口含み、ローズさんは静かに切り出した。






「さて、単刀直入に言いましょう。私は貴方たちの結婚を認めます」






「えっ……?」


 あまりにもあっさりと、ローズさんは俺とリリィの結婚を許可してくれた。てっきり反対されるか、何かしらの条件を突きつけられるかと思っていたから拍子抜けして思わずリリィと顔を見合わせてしまう。


「別に不思議がることではないでしょう。賛成する理由はあれど、反対する理由はどこにも無いのだもの」


「いや、あの。自分で言うのも何なんですが、家格とかは……」


「侯爵家と男爵家の婚姻なんて珍しくありません。侯爵家の男が男爵家の女を嫁に貰うなんてよくある話です。今回はその逆だったというだけだもの。それに、プノシス家は黒竜討伐の功績により伯爵位を授与されると聞いています。風の噂では、第七王女殿下を正妻に迎えられるとか」


「うっ……」


「まあ、正妻が王族であれば侯爵家令嬢を第二夫人としても問題はないでしょう。思うところがないこともないけれど、反対理由にはならないわね」


 ローズさんはすまし顔で再び紅茶に口をつける。


 俺は内心、ホッと胸を撫で下ろした。気になっていたのが家格と、リリィを第二夫人にしてしまう点だ。その二つの懸念に対しローズさんが問題ないと言ってくれたのは心強い。


「……何より、貴方には返しきれないほどの恩がある。もし貴方がルーカス殿下との間を取り持ってくれなければ、今頃リリィとピュリディ領はどうなっていたことか……」


 そう言って、ローズさんは俺を新緑色の瞳で見つめる。居住まいを正し、そして俺に向かって深々と頭を下げた。


「リリィの親として、そしてピュリディ領を代表して改めて感謝いたします、ヒュー・プノシス様。本当に、ありがとうございました」


「い、いえ。俺はただリリィを助けたかっただけで……」


 あの時はただ幼馴染の女の子を助けたかっただけで、それ以外のことは何も考えちゃ居なかった。リリィのお母さんに頭を下げられても、ただただ恐縮してしまう。


 顔を上げたローズさんは、たじろぐ俺を見てくすりと口元に笑みを浮かべる。


「野心も打算もなく、ただ助けたいという気持ちだけで王族や公爵家と対立することも厭わない。そんな貴方以上に、リリィを大切にしてくれる結婚相手なんて居るのかしら。もしも夫が居なければ、私が貴方と結婚したいくらいよ」


「……へ?」


「お母様?」


「…………冗談よ」


 さっきから冗談がわかりづらいなぁっ!


 もはやドキッを通り越してヒヤッとするような冗談を口にするローズさんに内心でツッコミを入れる。ピュリディ侯爵に聞かれていたら、今度こそ剣の錆にされていただろう。


 それにしても……。リリィが時折見せるいたずら好きの一面は、間違いなくローズさんから受け継がれたものだ。この人、生真面目そうな顔をしているし実際に厳しいんだろうとは思うけど、中身はめちゃくちゃお茶目なんじゃないか……?


「言って良い冗談と悪い冗談があります、お母様! ヒューは私の旦那様よっ!」


 そう言って左隣に座るリリィは俺の左腕をギュッと抱きしめる。彼女の柔らかな胸元は俺の左腕をむにゅんと包み込んだ。


 じとー……と。ティアとレクティからの冷たい視線を受けながら必死に平静を装うのだが、リリィの蠱惑的な弾力にはまだ免疫が出来ていない。どれだけ表情を取り繕おうとしても、顔が熱くなってしまうのは避けられなかった。


「素敵な旦那様を見つけたのね、リリィ?」


「ええ。私の自慢の旦那様よ」


「そう。ふふっ、若かった頃を思い出すわ」


 娘の返事を聞いたローズさんは、引き締めていた表情筋を緩めるように柔らかく微笑む。それから俺のほうへと向き直り、再び深々と頭を下げた。


「どうか娘を、宜しくお願いいたします」


「――はい。必ず、幸せにします」


 リリィの右手を両手で包み込むように握りしめ、俺はローズさんに誓いを立てた。


 横目でちらりとリリィの様子を窺う。翡翠色の瞳に涙を浮かべ、けれど幸せそうに微笑む彼女の耳には翡翠の耳飾りが揺れている。


 何度だって誓いを立てよう。


 気高く、聡明で、美しく、愛らしい、怖がりで、運動が苦手で、面倒見が良くて、世話焼きで、いたずらが好きで、情熱的で、献身的に支えてくれるリリィを。


 俺は、心の底から愛している。


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