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第190話:通りすがりの八尺様です

 翌日も順調に旅は進み、お昼前には王都から三つ目の街に到着した。今夜泊まる宿に併設された食堂で昼食を済ませた後は、前日のリリィとの打ち合わせ通りレクティと二人きりの時間だ。ティアも頬を膨らませつつ、俺たちを素直に送り出してくれた。


「きょ、今日はよろしくお願いします、ヒューさんっ」


「ああ、こちらこそよろしくな」


「それで、その。これからどこへ行くのか、決まってたりしますか……?」


「ごめん、実は特に決めてないんだ」


 二人きりの時間は作れたものの、具体的なデートプランは俺の中に一切無かった。さすがに不味いとリリィに助けを求めたのだが「それくらい自分で考えなさい」と断られている。


 この町は王都ほどではないけど人も多く活気に溢れている。メイン通りには幾つもの商店が並び、中央広場では大道芸や旅の劇団による演劇も行われているようだ。


 適当に歩いていても楽しいのは間違いない。ただ、レクティの希望もあらかじめ聞いておいたほうがいいだろう。そう思ってたずねてみたが、彼女もこれと言って行きたい場所があるわけでもないらしい。


「とりあえず町を見て回ろうか」


「は、はいっ」


 行く当てを決めず、レクティと並んで歩きだす。


 今日のレクティの服装は、彼女の髪色よりもさらに薄い水色のワンピースと、リボンがあしらわれた白のストローハット。レクティの透明感や可愛らしさが遺憾なく発揮されている。


 町中を行き交う人々は男女関係なくレクティに視線を奪われていた。中には立ち止まってまじまじと見つめて来る無遠慮な奴も居たため、俺が通りの中央側を歩いてレクティへの視線を遮る。


「あ、ありがとうございます、ヒューさん」


「礼なんていいよ。あー……、その。旅はどうだ? 疲れたりしてないか?」


「疲れ……? いえ、特には。校外演習の時とは違ってのんびりとした旅ですし」


「まあ校外演習は行軍の予行練習みたいな感じだったしなぁ」


 校外演習中は宿に泊まれたのが数日だけで、ほとんどの夜は野営だった。移動も徒歩だったことを考えると、馬車移動で毎日良い宿に泊まれる今回の旅はめちゃくちゃ楽に思える。


 ただまあ、聞きたいのはそういうことじゃなくて。


「その、少し心配だったんだ。リリィが無理にレクティを連れて来たんじゃないかって。もちろんそんなことはないってわかっては居るんだけど……。俺の里帰りに付き合わせて夏休みをまるまる二か月も潰させることになるから、少し申し訳なく感じてさ」


 この里帰りが決まったのは夏休み約一週間前のことだ。そこからリリィとレクティの同行も決まったのが期末試験の前々日くらい。レクティからしたらあまりに唐突だっただろうし、彼女なりに思い描いていたはずの夏休みの予定は全て白紙になってしまったはずだ。


「……ヒューさん」


 レクティはポツリと俺の名を呟くように言う。立ち止まった彼女の顔は、ストローハットのブリムでよく見えない。


 ど、どうしたんだろう?


 俺が不安に思っていると、レクティはおもむろに顔を上げてどこか意を決した様子で俺の右腕にギュッと抱き着いて来た!


「れ、レクティ!?」


「ひゅ、ヒューさんは忘れているかもしれませんが、あなたのことを好きなのはティアさんやリリィちゃんだけじゃないです……よ?」


「そ、それって……」


 レクティはその先の言葉を口にしない。ストローハットの陰からは、レクティの赤らんだ横顔が覗いている。


「リリィちゃんはちゃんとわたしにどうするか聞いてくれて、わたしはちゃんと自分でヒューさんの里帰りに同行するって決めました。だから、ヒューさんが申し訳なく感じる理由はないです。むしろ、わたしが一緒でヒューさんに気を遣わせてしまっているんじゃないかと、そっちのほうが不安で……」


「そ、それはない! レクティも里帰りに同行してくれて嬉しかった。そ、その……、俺はレクティのことも――」


 好きだと勢いのまま伝えようとしたその時だった。







「――事故だ! 誰か医者を呼んでくれっ!」







 唐突に聞こえて来た叫び声に、レクティはハッと顔を上げて弾かれたように走りだす。〈聖女〉スキルが内包する〈身体強化〉の脚力で走るレクティを俺は慌てて追いかけた。


 通りを走って二つ目の角を右に曲がる。するとそのさらに先の十字路で二台の馬車が横転してしまっていた。それぞれの馬車を引いていた馬は地面に倒れて嘶きながらのたうち回り、御者らしき男性が泣きそうな顔で片方の馬を落ち着かせようと寄り添っている。もう一方の御者は地面に倒れて動いていない。


 レクティはすかさず動かない御者らしき男性の元へ駆け寄って〈ヒール〉をかけていた。俺は新調した手鏡でこっそりスキルを〈忍者〉へと切り替える。


 気配を探ると不幸中の幸いか、横転した馬車の中に人は乗っていないようだ。


 怪我をしたのが互いの馬車の御者と馬だけであることを確認し、俺は動かない御者のほうの馬へと向かった。〈忍者〉が内包するスキルの中には〈馬術〉のスキルがある。まずは倒れた馬を落ち着かせなければ怪我の治療も出来ない。


 落ち着く前に馬の怪我を治して放馬したら、町中を暴れ馬が走り回る危険がある。


 御者がついているほうの馬は少しずつ落ち着きを取り戻していた。俺はもう一方の馬に近づいて「どう、どう」と落ち着かせる。怪我の程度はもしかしたら馬にとっては致命傷かもしれないが、レクティなら治せるはずだ。


 御者の男性の治療を終えたレクティは、次に俺が宥めている馬の治療に取り掛かった。〈ヒール〉を受けた馬は痛ましさを感じる嘶きを止める。俺が馬車との接続を外してやると、立ち上がって大人しくその場に留まった。


 続いてもう一方の馬とその御者の治療も終えた頃、倒れていた御者が意識を取り戻し、同時に遠くから衛兵や医者らしき人物がこちらへやって来るのが見えた。事故を聞きつけた町民たちも続々と集まってきている。


 そろそろこの場を離れたほうが良さそうだな……。レクティの〈聖女〉スキルが公になったら面倒なことになるし、何よりせっかくティアとリリィが用意してくれた二人きりの時間が潰れてしまうのはもったいない。


「そろそろ行こう、えっと……」


 レクティの名前は出さないほうがいいよな……? けど、レクティをお姫様マイプリンセスやお嬢様マイレディと呼ぶのは違う気がする。マイ、マイ……、マイスイート? うん、たぶんこれであっている気がする!


「行こう、マイスイート」


「あ、はい。え、愛しの人(マイスイート)……ふぇえええっ!?」


 顔を真っ赤にして驚きの声を上げるレクティの手を掴む。俺たちはそのまま、人々の間を抜けて誰も居ないほうへ向かって走り出したのだった。


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