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第175話:俺なんかやっちゃいました……?

 既に準備は整っていると言うルーカス王子の案内で、一同は謁見の間から城壁の内側にある広々とした中庭へ案内される。庭と言っても庭園ではなく、小学校のグラウンドのような白土が敷き詰められた広々とした空間だ。


 おそらく城の警備を務める衛兵の訓練場や、有事に籠城する際に兵の駐屯地として活用されるスペースなんだろう。


 そんな中庭を囲むように篝火が焚かれ、夜空の下に赤々と照らし出されているのは巨大な造形物。地を這う竜を模したかのような形のそれは、ディティールは大雑把だけど、大きさだけなら俺が目撃した黒竜と大差ない。


「ヒュー・プノシスの目撃証言を参考に再現させました。大まかな形を岩で作り、上から鉄で覆っています。並みのスキルでは破壊不可能でしょう」


「先日から中庭が騒がしいと思っていたが……」


 国王陛下は額に手を置いてため息を吐く。


 俺のスキルの威力を証明するためだけに用意したんだとしたらあまりに仰々しい。中庭の隅では王国騎士団の団員が五名ほど座り込んでいる。おそらく彼らのスキルを用いて作らせたんだろうな……。


「ガディネス伯爵、ぜひ触って確かめてみてくれるかい?」


 ルーカス王子に促され、ガディネス伯爵は黒竜を模した造形物へ近づいて行く。表面を手で触り、耳を当てながら軽く叩くなどして、内部が空洞になっていないか確認しているようだ。ガディネス伯爵以外の何名かも同じようにして、頭から尻尾の先まで入念に調べている。


「……どうやら、張りぼてではなさそうですな。しかし、これを少し焦がした程度で黒竜ドレフォンを討伐したとは言えますまい」


「わかっているよ。だから確認してもらったんだ」


 ルーカス王子はこちらに顔を向けてニッコリと微笑む。いきなり城に呼び出されて国王陛下と謁見させられた挙句、打ち合わせなしに無茶ぶりをされても困る。


 正直、スキルをひけらかすようなことはあまりしたくないんだよな……。とは言え、義兄上にはいつも何かと世話になっている。これで少しでも恩を返せるなら、協力するのもやぶさかじゃない。


「危険なので、遠くへ離れて頂けますか」


 念のため、周囲のお歴々の方々に距離を置くように依頼する。俺自身も黒竜を模した造形物からは五十メートルほど距離を取り、ルーカス王子や国王陛下、そしてブルート殿下には俺からさらに三十メートルは後ろに下がってもらった。


「何を大袈裟な」


 ガディネス伯爵を始めとする何人かは俺とそう変わらない距離で見学するつもりのようだ。全力の〈発火〉がどれだけの威力なのか俺にもいまいちわからないから、出来れば安全のためにもっと離れて欲しいんだけどな……。まあ、言っても聞き入れてくれないだろう。


「頑張ってね、ヒューっ」


 ルーグは胸の前で両手の拳をギュッと握って俺を励ましてくれた。


「ありがとう、ルーグ。近くに居ると危険だから、国王陛下たちの傍で見守ってくれるか?」


「うんっ」


 ルーグは再度「頑張ってね!」と俺に微笑んで国王陛下やルーカス王子たちの元へ駆け寄って行く。全力の〈発火〉は俺にも未知数だけど、これだけ離れてくれたら大丈夫だろう。


 ……よし、やるか。


 息を吐いて意識を集中する。左足を半歩後ろに下げて半身になり、狙いを定めるように黒竜を模した造形物へ右腕を向ける。


「〈発火ファイアキネシス〉!」





 ――直後、巨大な火柱が王都の夜空を貫いた。





 熱風をまき散らしながら灼熱の業火が黒竜を模した造形物を飲み込んで天高く聳え立つ。あまりの熱さに思わず両手で顔を覆ってしまうと、火柱は瞬時に何事もなかったかのように搔き消えた。


 あっ……、しまった。熱さに驚いて思わずスキルを止めてしまった。


 腕をどけて黒竜を模した造形物のほうを見る。白煙の中から黒竜を模した顔部分が浮かび上がった。表面の鉄は熱を持って赤くドロドロと溶け落ちているが、その内側の岩はまだ原型を留めている。


 もう一発行くべきか……? と思ったが、白煙が風に流されて行くと全体像が見えてくる。黒竜を模した造形物は頭と尻尾の部分を残し、胴体部分はマグマのような赤い液体になってドロドロに溶け崩れていた。


「うわぁ……」


 自分でやっておきながら、あまりの火力にドン引きしてしまう。感覚的にはまだ〈発火〉の全力を出したという感じではない。発動も一瞬だったし、熱風に思わず威力を弱めてしまった。熱さ対策をして周囲に人が全く居ない状況ならもっと大きな火柱も出せただろう。


 いや、出せた所で何に対して使うんだこれ……。


「ヒューっ!」

「うわっ!?」


 立ち尽くしていると、背後から腰に衝撃を受けてよろめく。体をそらして視線を向けると、いつぞやの入学試験の時のようにルーグが腰に抱き着いていた。


「やっぱりすごいね! 火がぶわーって! お月様に届きそうだったよ!」


 興奮した様子で語るルーグに、俺はホッと息を吐く。怖がられたって不思議じゃない光景を見せてしまったはずだ。それなのに、彼女はそんな素振りを一切見せない。心の底から凄いと思ってくれている。それが伝わって来て、心がスッと軽くなる。


 気持ちが落ち着いたことで周囲を見る余裕ができた。すると、俺とそう変わらない距離に居たガディネス伯爵が尻もちをついていることに気づく。


 しまった。もしかして怪我をさせてしまっただろうか……?


「ご無事ですか、ガディネス伯爵」


 ルーグと共に駆け寄って声をかけると、ガディネス伯爵は座り込んだまま俺を見上げて「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。


「く、来るなっ、ば、化け物め……っ」


 怯えた様子のガディネス伯爵は、尻を引きずって少しでも俺から離れようと後退する。


「ちょっと、ヒューにそんな言い方っ――」


「良いんだ、ルーグ」


 むしろこっちが正常な反応だと思う。これまで周囲に恵まれすぎていただけで、俺が化け物なのは紛れもない事実だ。


 ……まあ、面と向かって化け物と言われるのはさすがに傷つくけど。


 ルーグは「でも……」と悲しそうに呟く。まるで自分自身が傷ついたかのような表情に、胸が締め付けられるような苦しさを感じた。俺自身が罵倒を受けるより、ルーグにこんな顔をさせてしまった事のほうがよっぽど心に来る。


 さて、どうしてくれよう……じゃなかった。どうしたものか……。ここまで怖がられてしまうと、俺が何を言ったところで悲鳴しか返って来なさそうだ。


 途方に暮れていると、こちらに近づいて来る足音が聞こえる。振り向けばルーカス王子がすぐ傍まで歩み寄って、俺の肩に手を置いて親密さをアピールするかのように体を密着させてきた。


「どうだい、ガディネス伯爵。これでヒューが黒竜ドレフォンを討伐したと信じてくれるかな?」


「そ、それは……っ」


 反論を口にしようとしたガディネス伯爵はチラリと黒竜を模した造形物のほうを見て、未だにぐつぐつとマグマが煮え滾っているのを確認し息を呑む。それから無言で、こくこくと何度も首を縦に振った。


「よろしい。ならばビクティムが残した手記を元に今後の方針を決めるのにも異存はないね?」


「……くっ。異存、ございません」


 ガディネス伯爵は歯噛みをしながら、絞り出すような声を出す。


 ……なるほど。俺が黒竜を討伐したと信じるということは、イコールでドレフォン子爵の手記も信じるってことになるわけか。論点のすり替えのような気もするけど、ここまで大掛かりな準備をしたのは、初めからルーカス王子はそれを狙っていたからだろうな。


 ガディネス伯爵が認めたことで、他の重鎮たちもルーカス王子の意見に賛同。リース王国はドレフォン子爵の手記を元に、今後の方針を決定することになった。


 重鎮たちが続々と中庭から去って行く中、俺はとある人物に話しかけられた。


「ひゅー・ぷのしす、だったか? 随分と派手にスキルを使ったじゃねぇか」


「ブルート殿下……」


 話しかけて来たのは青髪で片耳に三日月を象った大きなピアス付けた偉丈夫。ルーカス王子と王位継承権を争う第二王子、ブルート殿下だ。


「あれほどまで強力なスキルは軍部でも見たことがねぇ。どうだ、ルーカスを裏切って俺に付かねぇか? お前が望むなら今すぐに将軍の地位を用意するぜ?」


「……兄上、引き抜きはご遠慮いただけるかな?」


「おいおい、ロアンもアリッサもテメェについてるんだ。規格外の化け物を一人くらい貰わなきゃアンフェアだろ?」


「優秀な人材を集めるのも王の素質の一つだと思うけどね。残念ながら、ヒューはアリッサの剣の弟子でもある。つまり僕の部下の部下だ。兄上には渡せないよ」


 ルーカス王子は俺とブルート殿下の間に割って入り、断固として譲らない姿勢を見せる。もちろん今さらブルート殿下の陣営に鞍替えするつもりなんて毛頭ないんだが、ルーカス王子の態度は普通に嬉しい。


「申し訳ありません、ブルート殿下。せっかくのお誘いですが、自分はルーカス殿下とルクレティア王女殿下に忠誠を誓っておりますので」


「なんだ、ルクレティア狙いか。それなら俺が王になっても叶えてやれるぜ?」


「ルクレティア殿下はそれを望んでいらっしゃいません」


 俺の隣でこくこくとルーグが頷く。もしルーカス王子を裏切ってブルート殿下を次期国王にしたとして、ブルート殿下との口約束が履行される保証はないし、王位継承権争いに敗れたルーカス王子が無事だとも限らない。ブルート殿下の提案は論外だ。


 俺の返事にブルート殿下はため息を吐いてやれやれと肩をすくめる。


「断られちまったら仕方がねぇか。ま、初めから期待なんてしてなかったけどよ。せいぜい今後の振る舞いには気をつけることったな。()()()()()()()()()()()?」


 じゃあな、とブルート殿下は背を向けて手をひらひらと振りながら去って行く。


 ……過ぎた力は身を滅ぼす、か。


「兄上には同意だけど、君はとっくの昔から心得ているはずだ。気にすることはないよ」


「……だと良いんですが」


 ルーカス王子のフォローに苦笑しながら答える。


 ブルート殿下の言葉が、ただの忠告であることを祈っておくか……。

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