第173話:したことあったっけ……?
その日の夜。夕食のため食堂に向かっていた俺とルーグは、どうやら待ち構えていたらしいアリッサさんに呼び止められた。何でもルーカス王子が黒竜の件で話したいことがあるらしく、急いで登城して欲しいとのことだ。
断れるような雰囲気ではなく、そのままアリッサさんが用意した馬車へと向かう。いつもの呼び出しは周囲に関係を悟られないよう深夜にこっそりと学園を出るわけだが、今回はまだ日も沈み切らない明るい内に、しかも王城へ直行という異例尽くめだ。
御者は別の王国騎士団員が務め、アリッサさんは俺たちと同じく車内に乗り込む。その表情はどことなく、普段より引き締まったものに見えなくもない。
「えっと、大丈夫なんですか? 俺とルーグが馬車に乗るところ、何人かに見られたと思いますけど……」
俺たち……特にルーグとルーカス王子の関係はトップシークレットのはずだ。少しでも関連が疑われる行動は避けたほうが良いと思うのだが、どういうわけか今回はまったく隠す様子がない。
馬車にも王国騎士団の紋章がでかでかと書かれているし、むしろ逆に目立とうとしている印象すらある。
「今日に限っては問題ないッスよ。それよりもヒュー少年、今のスキルは〈発火〉で間違いないッスよね?」
「えっ? ええ、まあ」
いつどのタイミングでスキルを使うことになっても良いように、学園内では基本的にスキルは〈発火〉に変えている。
万能性で言えば〈忍者〉一択なんだが、強化された聴力で余計な話を耳に入れてしまったり、ふとした拍子に身体強化を使ってスキルの切り替えがバレてしまったりなどのリスクがあるからな……。そんなドジはしないと言い切れるほど、俺は自分を信用しちゃいない。
「なら大丈夫ッスねー」
いったい何が大丈夫なのかさっぱりわからないが大丈夫らしい。隣に座るルーグも首を傾げるばかりだ。王城でいったい何が待ち受けているんだろうか……。
馬車は何事もなく城門を通過し、王城の敷地内で停車した。馬車から降りた俺とルーグは、アリッサさんの後に続いて城内の長い廊下を堂々と歩く。
お城に入ったのは国王陛下の快復を祝う夜会の時以来だったか。まさか王城に何度も足を運ぶようになるなんて、プノシス領に居た頃は考えもしなかった。
やがてアリッサさんが立ち止まったのは、前にも来たことがある応接室の一つだ。独特のリズムで扉を叩くと、中からロアンさんが扉を開けて俺たちを招き入れてくれた。
そしてそこでソファに座り俺たちを待ち構えていたのは、リース王国の第三王子ルーカス・フォン・リース。そして第七王女ルクレティア・フォン・リース……に扮したメリィだ。
「やあ、よく来てくれたね」
いつも通りフランクな態度を見せるルーカス王子に、俺とルーグはいちおう胸に手を当てて片膝をつき臣下の礼を執る。密会ならともかく、場所が王城である以上は念には念を入れたほうがいいだろう。
「招集に応じ参上致しました、殿下」
「うん、楽にしてくれて構わないよ。事情を説明するから座ってくれるかい?」
ルーカス王子は満足そうに微笑み、俺とルーグに対面のソファへ座るよう促す。どうやら今のところは気を張る必要がなさそうだ。
そう思ってソファへ歩み寄ろうとした時、壁際に見知った顔を見つけて思わず立ち止まってしまう。
「リューグ? それに、ティーナも……?」
壁際に並んで立っていたのは冒険者をしているはずのリューグとティーナ。二人はなぜか王国騎士団の鎧を身に着けている。
「ご無沙汰しています、ヒューさん。ルーグさん」
「おっひさ~……って言っても一週間ぶりくらいだねぇ」
「ああ、そうだな」
二人とは校外演習の途中で別れて以来だ。
黒竜の件でドレフォン大迷宮の攻略が打ち切りになり、同行していた冒険者たちは一足先に契約終了で現地解散になった。たしか冒険者は全員ルーカス王子の計らいで護衛として再雇用され、俺たちより一足先に王都へ戻ったと聞いている。
もしかして、その雇用が継続しているんだろうか?
「彼らには僕の身辺警備を依頼しているんだ。王国騎士団も何かと人手不足だし、優秀な人材は多く居て困らないからね。実力は君も知っているだろう?」
「ええ、それはもう」
ドレフォン大迷宮での戦いぶりは記憶に新しい。さすがにロアンさんやアリッサさんほどではないにしても、身辺警備を務めるのに十分な実力なのは間違いない。
「にしても、二人とも似合ってるな」
「うん。リューグくんもティーナちゃんもカッコいいよ」
「そ、そうですか……?」
「なんかヒューさんとルーグさんに褒められると照れちゃうなぁ~」
リューグとティーナは揃って赤面して誤魔化すように頭を掻く。腹違いらしいけどさすが兄妹。照れた時の仕草がそっくりだった。
「ふふっ。その仕草ってヒューもたまにするよねー?」
「えっ、そうか?」
「うんっ」
ぜんぜん自覚はなかったけど、ルーグが言うならそうなんだろう。改めて指摘されるのはなんか気恥ずかしいなと思っていたら、無意識に右手を頭に持って行こうとしていた。おぉう、本当にやってるわ。
「……あー、こほんっ。そろそろ本題に入っていいかい?」
立ち話をする俺たちに、ルーカス王子が咳払いをして問いかける。しまった、少し話し過ぎてしまったらしい。隣に座るメリィもどこか気まずそうな表情を浮かべていた。
俺とルーグがソファに座ると、ルーカス王子は「さて」と話を切り出す。
「二人に来てもらったのは他でもない。黒竜ドレフォンの件で父上が話を聞きたいと言っているからなんだ」