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第172話:いちゃらぶ3000%

 男子寮に戻ってシャワーを浴び、制服に着替えて食堂へ向かう。その間、ルーグはずっと膨れっ面のままだった。


「えーっと、ルーグさん……?」


「なんですか、ヒューさん」


 ……敬語っ!? 


 敬語なんて初めてルクレティアとして出会った時以来、聞いた覚えがない。ジー……とジト目を向けられ、思わず言葉に窮してしまう。あ、謝りたいのに言葉が頭に浮かばない。


 このまま口を開けば、言い訳ばかり並べてしまいそうだ。それはあまりに不誠実すぎる。できれば穏便に、スマートに謝りたい。だけど言葉が見つからず、気づけば食堂に着いてしまっていた。


 カウンターで朝食を受け取り、空いている座席を探す。すると、リリィとレクティがこちらへ手を振ってくれているのが見えた。俺たちの席を確保してくれていたようだ。


 互いに「おはよう」と挨拶を交わしながら席に座ると、ルーグの様子を見て何かを察したのだろう。リリィはくすりと微笑みながら俺たちに尋ねて来る。


「もしかして、夫婦喧嘩の真っ最中かしら?」


「いや、俺たちは夫婦ってわけじゃ――」


 ない、と言いかけた所でぐりんっとルーグがこちらに顔を向けて来る。そこにはニッコリと、威圧的な笑みが張り付いていた。


「なくもないけど、今のところは、まだ違う」


「ふふっ。とにかく喧嘩中なのは間違いないのね」


「……まあ」


 厳密に言うと喧嘩っていうより、俺が詰められているだけのような気もするが……。そこを否定したところで俺の保身にすらならないだろう。


 リリィは俺の反応を見て「ふーん」と呟き、視線をルーグへと向けた。


「それで、ヒューはいったい何をやらかしたの?」


「ボクの目の前でシセリーさんと浮気したの」


 してないしてないっ!


「へえ、それは詳しく話を聞く必要がありそうね?」


 リリィはすっと目を細め、翡翠色の瞳をこちらへ向けて来る。その隣ではレクティもこくこくと頷いていた。ぐっ……三人になるとさすがに圧が強いな。


「いや、その……」


 助けを求めるために視線を彷徨わせると、遠くの席にイディオットの姿を見つけた。ここは戦術的撤退を選択してイディオットの元へ逃げ込むべきか。


 そんな考えすら頭を過ったのだが、


「ほら、イディオット様。このパンすごく美味しいですわ。ぜひ食べてみてくださいませ! あーん、ですわっ!」


「や、やめないかロザリィ嬢! 僕の皿にも同じパンが置いてあることくらい見ればわかるだろう!?」


 頬を赤らめたイディオットが、ロザリィにパンを口元へ押し付けられていた。……なんか、邪魔しちゃ悪そうな雰囲気だ。


 さらに視線を彷徨わせると、別のテーブルにブラウンとアンが座っていた。こちらも互いに照れながらパンやスープを食べさせあっていて、完全に二人きりの世界だ。


 俺が逃げ込めそうな場所はどこにもない。そもそも逃げた所でどうなるわけでもないよなぁ……。誠実に頭を下げるしか、俺に選択肢は残されていないのだ。


 思い直して視線を元へ戻すと、三人の少女たちが俺……ではなくイディオットとロザリィのほうをジーっと見ていた。


「えーっと、シセリーさんとのことなんだけど……」


「それはもういいわ」


 えっ、いいのっ!?


「貴方に浮気なんてできる度胸も器用さもあるとは思えないもの」


「信用されているのか馬鹿にされているのか……」


「それに、こんなにも可愛い女の子に囲まれて満足できていないとは言わせないわよ?」


 妖艶な笑みを浮かべたリリィ。そしてルーグとレクティが俺の顔を覗き込む。三人とも俺には勿体ないくらい可憐で美しい少女たちで、しかもみんな、俺に好意を抱いてくれているのだ。不満なんて感じるはずがない。むしろ満たされ過ぎて溺れそうなくらいだ。


「滅相もございません、お嬢様方。俺はとても幸せ者です」


「ふふっ、当然ね。ルーグも、そろそろ許してあげたら?」


「むぅ……」


 リリィに促され、ルーグはぷくーっと膨らませていた頬を萎ませる。


「イジワルしてごめんね、ヒュー」


「い、いや。俺も悪かった、ごめん。次からはシセリーさんに離れて指導してもらうように言うから、安心してくれ」


 ルーグを不安にさせてしまったのも事実だ。そこはしっかりと頭を下げて謝る。ルーグは「いいよ」と微笑んで俺の頭をよしよしと撫でてくれた。ホッとしたような、恥ずかしいような……。


「朝から見せつけてくれるんだから、もう……。私たちも負けていられないわ、レクティ」


「そ、そうですねっ。ヒューさんっ」


 レクティに名前を呼ばれてそちらに視線を向けると、レクティは小さく千切ったパンを細い指で掴んで俺のほうへ差し出してくれていた。


「あ、あーん、ですっ」


 頬を赤らめたレクティは恥ずかしそうに、俺に口を開けるように促す。さ、さすがにそれは……と二の足を踏みそうになったが、レクティが勇気を振り絞っているのは彼女の表情を見れば一目瞭然だ。拒絶できるわけがない。


「あ、あーん……」


 口を開けて受け入れる。レクティの細い指先が唇に触れ、パンが口の中に転がった。ほのかに感じる甘みは、パンが焼きたてだからだろうか……。


「ど、どう、ですか……?」


「あ、ああ。美味しいよ、レクティ。ありがとう」


「い、いえっ!」


 レクティはかぁーっと顔を赤くして恥ずかしそうに口元を両手で覆う。嬉しそうに体を揺らしている姿がめちゃくちゃ可愛かった。


「むぅーっ。レクティだけずるいっ! ボクもヒューにあーんってするーっ!」


「ちょっ、落ち着けルーグっ! パン丸ごと一個はあーんで食べられる大きさじゃねぇっ!」


 俺の口にパンを押し込もうとするルーグとの攻防を繰り広げながらなんとか朝食を終えた頃には、一限目の授業にギリギリ間に合うかどうかという時間になっていた。


 慌てて朝食のトレイを片付けみんなで調理師のおばちゃんにお礼を伝え、早足で教室へと向かう。そんな折、隣を歩くリリィにちょんちょんと制服の袖を引っ張られる。


 どうかしたのかと視線を向けると、リリィは周囲に目を配りながら囁くように言う。


「その、お父様との食事会の件って憶えているかしら?」


「ああ、うん。日程が決まったのか?」


「お父様から、三日後の夜にどうかとお手紙が届いていたの。週明けには期末試験もあるし、あまり良いタイミングではないけれど……」


「俺はぜんぜん構わないぞ」


 期末試験と言っても、昨日まで一か月ほど校外演習に出ていたおかげでテスト範囲はそれほど広くない。一晩くらい食事をする余裕は十分にあるだろう。


「そう、わかったわ。お父様に返事しておくわね」


 リリィはホッとしたように微笑んで頷く。もしかして緊張していたんだろうか。俺が緊張するならわかるけど、リリィが緊張するなんて珍しい気がする。


「えっと、食事をするだけだよな……?」


 なんとなく嫌な予感がして俺が尋ねると、リリィはいたずらっ子のように笑って「さあ?」と肩をすくめた。


 どうやら、腹をくくる必要がありそうだ。


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― 新着の感想 ―
3000%って食堂がって意味だったんですね。どこも青春で良いですなぁ。
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