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第171話:わがまま☆聖女ロザリィでポン!

 それから一時間後、


「今日はここまでにしましょうか」


 シセリーさんの言葉に、俺はへなへなとその場に座り込んでしまう。つ、疲れた……。何ならアリッサさんにボコボコにされる普段の鍛錬のほうがマシに思えるくらいの疲労感だ。


「お疲れ様でした、ヒュー様」


「ど、どうも……」


 笑顔のシセリーさんに労われるも、苦笑いを返すことしかできない。何とか粗相をせずに済んでホッと胸を撫で下ろす。正直めちゃくちゃ危なかった。


「ご自身で比較してみてどうでしょうか? 剣の振りやすさなど、違いを感じますか?」


「そうですね……」


 ぶっちゃけ雑念を振り払うのに無我夢中で、シセリーさんの指導に身が入っていたかと言えば少し怪しい。ただ、得られたものは確かにある。


「シセリーさんが懇切丁寧に体の動きを指導してくれたおかげで、何となく剣に体重を乗せるコツは掴めたような気がします」


 この技はたぶん、剣術と言うよりは体術に近いものなんだろう。


 アリッサさんやシセリーさんが卓越した実力を持っているから忘れそうになるけれど、本来剣術においては女性のほうが男性に比べて格段に不利だ。そもそもの体構造の違いや、身長、筋肉の付き方など要因は様々で、その差を埋めるのは並大抵の努力では難しい。


 アリッサさんもシセリーさんも、〈剣聖ソードマスター〉や〈剣術〉のような、剣に関連するスキルを神から授かったわけじゃない。だけどそれぞれに違うアプローチから剣術を極めて、性差を覆す実力を身に着けている。


 アリッサさんは徹底した型の反復練習と、実戦を想定した訓練の中で磨き上げたセンスと自由自在な対応力によって。シセリーさんは人体構造への理解を深め、自身の身体能力を最大限に発揮することによって。


「ヒュー様は体格にも恵まれていますので、このまま鍛錬を続ければ優秀な剣士になれると思いますよ。卒業後はぜひ神授教聖騎士団へお越しください」


「あー、えっと。実家を継がないといけないので、ごめんなさい」


「そうですか……」


 シセリーさんは残念そうに肩を落とす。もしティアやリリィたちよりも先にシセリーさんと出会っていたらそんな未来も…………いや、ないな。


 俺の目標はやっぱりスローライフだ。王国騎士団も神授教の聖騎士団もどっちもブラックっぽいし、入団はちょっとなぁ。


 なんて考えていると、ふと木剣同士が打ち合う音がしてそちらへ視線を向ける。そこではイディオットがひたすらアリッサさんの猛攻を受け続けていた。


 イディオットの〈守護者シュバリエ〉は防御に特化した剣術系のスキル。その鉄壁の守りは、〈洗脳〉スキルでLV.Maxにした〈剣術〉でも突破することができなかった。


 ……はず、なのだけど。


「はい、死亡ッス」


 アリッサさんの木剣が、イディオットの右脇に添えられる。本当の戦場ならばおそらく、イディオットの右腕は肩口から切り飛ばされていただろう。


「ば、馬鹿な……!?」


 愕然とした表情を見せるイディオット。驚かされたのは俺も同じだ。あの〈守護者〉を突破するなんて、アリッサさんどれだけ強いんだ……!?


「今日はここまでッスかねー」


「ま、待て! もう一度だ! 次こそは勝ってみせるっ!」


「いやいや、これ以上やったら朝食の時間が無くなっちゃうじゃないッスかー。続きはまた明日ッスよー」


 アリッサさんはやれやれと肩をすくめて教員宿舎のほうへ踵を返した。イディオットは悔しそうに地面へ拳を打ち付ける。


 何か声をかけてやりたいけど、今はそっとしておいたほうがいいだろうか……。


 とりあえず、俺たちもアリッサさんに倣って今日の鍛錬はあがりにしよう。そう思ったのだが、立ち上がったイディオットは木剣で素振りを始めた。


「イディオット、食べに行かないのか?」


「悪いが君たちだけで行きたまえ。僕は授業が始まるまで剣を振っていく」


 どうやらアリッサさんに負けたのがそうとう悔しかったらしいな……。気持ちは理解できる。こういう時は自分が納得するまで剣を振りたいものだろう。


「わかった。それじゃあ――」


「朝食に行きますわよ、イディオット様!」


 無理するなよと立ち去ろうとした俺を遮って、ロザリィがイディオットに声をかける。イディオットは剣の素振りをやめて呆気にとられた表情をロザリィへ向けた。


「僕らの会話を聞いていなかったのか、ロザリィ嬢」


「もちろん聞こえていましたわ。殿方同士の簡素でありながら友情を感じさせるやり取りでしたわね! で・す・が、わたくしは殿方ではありませんのであしからず、ですわ」


「ロザリィ嬢、頼むから邪魔をしないでくれないか」


「ごめんあそばせ。わたくしこれでもシスターの端くれなもので、お節介を焼かずには居られない性格ですの。朝食は一日の元気の源、それを疎かにするなど言語道断ですわ」


「一日くらい朝食を抜いたところで死にはしないだろう」


「一日素振りをしたくらいでアリッサ様に勝てますの?」


「それは……っ」


 イディオットが言葉を詰まらせる。


 ……まあ、ロザリィの言う通りだ。朝食を抜いて素振りをし続けたところで、イディオットがアリッサさんに勝てるようになるとは限らない。もちろん無駄な努力ではないが、負けた悔しさを発散する以上の意味には乏しいだろう。


「わたくし、剣についてはまったくのド素人ですけれど、これでも大勢の方の悩みを聞いて来ましたのよ? その中には剣術を嗜む方も多くいらっしゃいました。その経験から言わせてもらうならば、焦っては視野を狭めてしまいますわ」


「視野を狭める……?」


「ええ。人間、常に心の余裕を持ち続けることが理想ですけれど、それはなかなか出来ません。けれど、焦った時こそ意識して力を抜くのです。そうすれば自ずと、狭まった視野が広がって物事を少し違った角度から見ることができますわ。わたくしが思うに、今のイディオット様に必要なのは力を抜くことですわね」


 滔々と語るロザリィの言葉を静かに聞いていたイディオットは、やがてため息を吐いて肩の力を抜く。


「わかった。今日のところは君に従うとしよう、ロザリィ嬢。素振りの間、ずっと横で説教を垂れ流されても面倒だ」


「そうと決まればさっそく食堂へ行きますわよ! もうお腹ぺっこぺこですわ!」


「ま、待ちたまえロザリィ嬢! せめて着替えとシャワーだけは済まさせてくれないか!?」


 ロザリィはイディオットを引きずるようにして寮のほうへと戻っていく。その後をシセリーさんも追いかけて行った。


「俺たちも戻ろうか、ルーグ」


「……ぷいっ」


 俺が声をかけると、ぷくーっと頬を膨らませたルーグはそっぽを向いてしまう。


 彼氏のカッコいいところを見に来たら、彼氏が延々と別の女と密着する姿を一時間ずっと見せられ続けたのだ。


 そりゃまあ、ご機嫌斜めにもなるよなぁ……。


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