第169話:将来のヒューとかけまして、座布団とときます。その心は?
気を取り直して、俺たちは揃って寮の部屋を出た。いつも鍛錬をしている職員宿舎裏の空き地まで並んで歩く。
互いに手が触れそうになる距離で、だけど手を繋ぐのは自重した。朝の静寂に包まれている寮内でも、誰かとばったり出くわすことが無いとも言い切れない。
周囲を気にしながら歩いていると、ルーグが俺のシャツの袖をつんつんと引っ張る。
「ねえ、ヒュー」
「ん? どうしたんだ?」
「リリィとレクティにはいつ告白するの?」
「ぶっ……!?」
予想外の質問に思わず何もないところで躓きそうになった。
「え、えーっと、ルーグさん……? それはどういう意味の質問ですか……?」
「ふふっ。ヒューったらなんで敬語なの?」
「いや、だって……」
まさか彼女から他の女の子にいつ告白するのかなんて聞かれるとは思わなかった。そりゃ気が動転して敬語にもなっちゃうって。
それに何より、ルーグの意図が読めないのが一番怖い。これってあれか。浮気性な彼氏への牽制ってやつか……?
「ヒューはリリィとレクティのことも好きなんでしょ?」
「あ、ああ。それは、まあ……」
好きか嫌いかで言えば当然好きだ。
リリィは〈洗脳〉スキルの重圧に押し潰されそうになった俺を情熱的に求めてくれた。レクティは俺を受け入れて精いっぱい支えようとしてくれた。
俺が二人へ抱く感情を言葉にするとしたら、それは恋愛感情に他ならない。
「リリィもレクティも、ヒューが大好きって気持ちを打ち明けてくれたの。その上でヒューと上手く行くように応援してくれたから、今度はボクが二人を応援する番かなって」
「応援って……」
まさかティアが俺とリリィとレクティをくっつけようとするなんて想像すらしていなかった。ヤキモチ焼きというか、独占欲強めな女の子だと思っていたから、むしろ俺とリリィたちを引き離そうとするんじゃないかとすら考えていたけど……。
そう言えば、そこに関してはリリィがまったく心配してなかったな……。幼馴染だけあって、ティアの性格を理解していたのかもしれない。
「その……、気にならないのか? 俺が他の女の子とも付き合い始めても」
「他の女の子? リリィとレクティ以外にも居るの? もしかしてロザリィ!?」
「ち、違う違う。二人の他には居ないから、そこは安心してくれ」
がるるると番犬のように警戒感を露わにするルーグを宥めて落ち着かせる。当初予想していた通りの反応だ。どうやらリリィとレクティだけが、ティアの中で例外中の例外になるらしい。
「むぅ……。許すのはリリィとレクティだけだからねっ。他の女の子に浮気なんてしたら許さないもんっ」
「わ、わかった。肝に銘じる。心配しないでくれ」
せっかく大好きな女の子と付き合い始めたのにそもそも他の女の子に浮気なんてするわけがない。…………なんてかっこよく言えたら良かったんだけど、正直ティアのお許しが出てホッとした自分が居る。
リリィもレクティも、ティアに負けず劣らず魅力的な女の子たちで、何より俺のことを好きで居てくれている。二人の想いには、ちゃんと向き合って応えたい。
ただ、俺の心には少しばかり引っかかるものがある。
「でも、本当にいいのか? 俺がリリィやレクティとも付き合い始めても」
「……いいよ、リリィとレクティなら。ボクの秘密のことを知ってくれてるし、第一夫人としてちゃんと立ててくれるから。それに、二人のことはボクも大好きだもん。どうせお嫁さんが増えるなら、リリィとレクティが良いかなって」
「俺が複数人お嫁さんを増やす前提なのか……」
俺、そこまで女ったらしだと自分で思ったことないんだけどなぁ……。いやまあ、三人の女の子から好意を寄せられている時点でそうなのかもしれないが。
「ヒューがって言うより、貴族ならそれが普通だよ? どこの家も第三夫人くらいまでなら当たり前に居るんじゃないかな」
あー……。そうか、そこで認識が食い違ってるんだな。
リース王家で生まれ育ったティアにとって、王侯貴族の当主は複数人の妻を持つのが常識なのだろう。実際、ティアはたしか国王陛下の第四王妃の娘にあたるんだよな。
一方、俺の父上は母上以外の女性を妻として迎えていない。辺境のド田舎貴族とは言え、その気になればあと一人か二人くらいは妻を迎えられたはずだ。それをしなかったのは、やはり父上が母上にぞっこんだからだろう。
後はまあ、俺が順調に成長したのも大きいか。もし俺が女の子として生まれるか、夭折してしまっていたら跡継ぎを確保するために第二夫人を迎えたかもしれない。
そんな家庭環境で幼少期から過ごしていたから、俺の中には少しだけ一夫多妻への抵抗と言うか、「いいのかな……」という不安がある。
そのことをルーグに説明すると、彼女はどこかいたずらっ子のような笑みを浮かべて俺に疑問を投げかけてくる。
「じゃあ、ヒューはリリィとレクティが別の男性と結婚しても良いってこと?」
「それは絶対に嫌だ」
考えただけで血反吐を吐きそうだった。
「ふふっ。じゃあヒューが幸せにしてあげるしかないんじゃないかな?」
「……だな」
俺はお前たちの気持ちに応えないけど、他の男と結婚するところは見たくないなんて筋が通るわけがない。リリィも、レクティも。何が何でも俺が責任を持って幸せにしてみせる……!
「もちろん、ボクのことも幸せにしてくれないとダメなんだからね?」
「精いっぱい頑張らせていただきます」
近い将来、お嫁さんたちに頭が上がらなくなりそうなのは気のせいだろうか……?