表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

159/194

第159話:うるせー口だな(ちゅっ)

 体が宙に投げ出されそのまま下へ下へと落ちていく感覚がある。スローモーションのように視界が巡る中、俺は胸ポケットへ手を伸ばした。


 永遠に続くかのようなこの墜落は、おそらく一瞬。穴の底へ叩きつけられれば俺もルクレティアも助からない。躊躇っている暇はない……!


「〈洗脳解除〉! お前のスキルは〈浮遊〉だ!」


 咄嗟に思い浮かんだスキルに切り替え、ルクレティアの体をギュッと抱きしめる。スキルが切り替わった感覚と同時に体が柔らかなクッションに包まれたかのような浮遊感を得た。


 ふわりふわりと、まるでたんぽぽの綿毛のように空中を漂いながらゆっくりと穴の下へ落ちていく。それからほんの数秒で地面に足が付き、スキルの切り替えが一秒でも遅れていたら墜落死していたことにゾッとする。


 これで一安心……ではなかった。


 大量の土砂、そして大小さまざまな石が頭上から降り注ぐ。俺は息つく暇もなくルクレティアの身体を覆いかぶさるように抱えて地面を蹴った。〈浮遊〉のスキルのおかげで、まるで月面を飛ぶように体はふわりと浮かび上がって大きく跳躍する。


 だが、それほど早く移動できるわけじゃない。容赦のない衝撃と激痛が右肩と左足に打ち付ける。飛びそうになる意識を必死に繋ぎ止め、俺はルクレティアと共に地面を転がった。


 直後、俺とルクレティアがさっき着地した場所に巨大な岩が落下する。衝撃に地面が揺れ、飛び散った細かな破片が背中に降り注いだ。足に力が入れられず、せめて彼女だけはと上に覆いかぶさる。


 それからどれだけの時間が経っただろう。大穴の崩落はとりあえず収まったらしく、頭上から何かが落ちて来ることはなくなった。


 何とか生き残れたか……?


 最後の力を振り絞って、ルクレティアの上に落ちないように体をずらす。起き上がろうとしたものの、右肩と左足の痛みが酷くてそのまま地面に崩れ落ちてしまった。


「ヒュー……? しっかりして、ヒューっ!」


 ティアの心配する声が聞こえる。周囲は暗闇に覆われていた。大穴の底には光を放つ苔が生息していなかったようで、上から崩れて来た岩壁に付着していたと思われる少量の苔だけが、星空のように僅かな光を放っている。


「け、怪我してるの……?」


「大丈夫、ちょっとしたかすり傷……」


 にしては痛いなぁ。痛すぎてもう右腕も左足も動かせそうにない。暗いからどれくらい出血しているかわからないが、少なくとも骨は無事じゃなさそうだ。


 これは、すぐに治したほうがいいな……。ひとまず崩落は収まっているけど、またすぐに崩れ始めるかもしれない。モンスターも近くに居るかもしれないし、急いで移動するべきだ。


 ティアに〈洗脳〉スキルのことを知られるのは怖い。だけど、この状況はもう躊躇していられる状態じゃない。スキルを〈聖女〉に切り替えるために胸ポケットへ手を伸ばそうとして、わずかな違和感を覚える。


 あれ……? 左手じゃ上手く取れないな……。


「ティア、俺の胸ポケットから鏡を取ってくれないか……?」


「鏡? う、うん。わかった」


 ティアに頼んで鏡を探してもらう。ティアの細い手が胸ポケットを探る感覚がしばらく続き、返って来たのは困惑した声だった。


「えっと、胸ポケットにあるんだよね……?」


「そのはずなんだが……」


 普段は御守りのように胸ポケットに入れて持ち歩いている折り畳み式の手鏡。当たり前にそこにあるはずのそれが、どうやら無くなっているらしい。


 最後に使ったのはついさっき、落下の衝撃を和らげるためにスキルを〈浮遊〉に切り替えた時のことで、あの時はティアを抱きしめるのに必死でスキルを切り替えた後に手鏡をどうしたのかまるで記憶に残っていない。


 落としたっぽいなぁ、これ……。


 だとしたらほぼ間違いなく、手鏡は後から落ちてきた大岩の下だ。探せば見つかるだろうか。いや、これだけ暗い中じゃどちらにせよ鏡で自分の姿は見えないだろうな……。


 体の中から熱が少しずつ失われて行く感覚がある。右肩と左足の痛みは不思議と和らぎ始めていた。傷が治っているというよりは、麻酔にかかっているように。脳が痛みを遮断し始めたのかもしれない。右腕と左足の感覚が失われてまったく動かせそうにない。


「ヒュー、しっかりしてっ! ヒューっ!」


 暗闇にぼんやりと、大好きなあの子の輪郭が浮かぶ。ぽたぽたと頬に水滴が落ちてくるのは、きっとティアが泣いているからだろう。大好きな女の子を泣かせてしまうなんて、自分の情けなさに俺も泣いてしまいそうだ。


 大丈夫、なんて言っても気休めにすらならないよな……。


「ティア、俺を置いて――」


「絶対に嫌っ!」


 逃げてくれと言い切る前に拒否されてしまった。……まあ、逆の立場なら俺もそう言う。


 ティアがたった一人で地上に戻れる保証はない。むしろ道中でモンスターに襲われ命を落とす確率のほうが高いだろう。


 さりとてここに居続ければ、生き埋めになるか、モンスターの餌になるか、それともあの咆哮の主に踏み潰されるか。たとえ一%に満たない確率でも、ティアが俺を置いて地上を目指し生還する可能性に賭けるべきじゃないだろうか。


 ……ごめん、ティア。


 俺は君のことが本当に大好きなんだ。


 だから、頼む。


 俺のことを……嫌ってくれ。


「俺の本当のスキルは、〈洗脳〉なんだ」


 自由にスキルを切り替えられるなんていうのチート性能はあくまで副次的な効果で、その本質は他者を強制的に従わせる忌避されるべき支配のスキル。とてもおぞましくて醜い、存在すら許されるべきじゃない邪悪な力。


 俺はそれをずっと、君に隠し続けていた。君が無防備に抱き着いてきてくれる時も、夜一緒に眠っている時も。俺は悪魔のような力をずっと持ち続けていて、《《君を支配し続けていたんだ》》。


「ティアが俺に抱いてくれている感情は全部、俺が〈洗脳〉スキルで植え付けたもので。だからこんなクズみたいな俺なんて置いて――」


 頼むから逃げてくれ。そう、言いたかったのに。


 金木犀の甘い香りに包まれる。







 ――唇が、柔らかな感触に塞がれた。







「ヒューのばか! これ以上、わたしの大好きな人を侮辱したら許さないもんっ!」


「ティア……。…………ごめん」


「いいよ」


 再度、唇が塞がれる。ティアの温もりが全身に広がって、失われていた感覚がだんだんとに鮮明になって行く。右肩と左足の痛みも復活してしまったが、ちょうどいい痛みだ。まだ自分が生きているんだと実感できる。くっそ痛いけど。


 溢れ出す感情が抑えきれず、ティアに触れたくて動く左腕を持ち上げる。ティアは俺の左手を両手で優しく包み込むと、頬に優しく触れさせてくれた。


「好きだよ、ティア。こうなる前に伝えられなくてごめんな」


「ううん。わたしも、ヒューが大好きっ!」


 ずっと胸に秘め続けていた感情を言葉にして、確認しあって。ティアの頬が緩むのが手に伝わって来て、俺も思わず口元が綻んでしまう。


 ああ、こんなに幸せになれるならどうしてもっと早く言葉にしなかったんだろう。


「一人で逃げる気は、ないんだよな……?」


「むぅ。一緒にお月様に行くって約束してくれたのはヒューなのに。忘れちゃったの?」


「いや、忘れたわけじゃないんだが……」


 まさか俺のほうが先に月へ行きかけるなんて思ってなかったんだよなぁ……。


 このまま二人で、月に居るティアのお母さんへ挨拶に行くのも悪くないかもしれない。


 だけど、諦めるにはまだ早いだろう。


 せっかくティアに気持ちを伝えられたんだ。こんなところでくたばったら勿体ないにも程がある。俺はティアと、もっともっと幸せになりたい。家族になって、子供だって欲しい。


 そのためにも、最後まで足掻いてみなくちゃな。

〈お知らせ〉

第一巻が遂に発売されました!

それもこれもここまで読んでくださっている皆様のおかげです。

いつも本当にありがとうございます!


書籍版はリリィとレクティの入浴シーンや、お風呂上りのルクレティア、入学試験の直前をルーグ視点で描いた番外編など、Web版に無いシーン盛沢山でお届けしております。


イラストレーターのおやずり様の愛らしくて魅力的でちょっぴりえっちなイラストも口絵と挿絵合計で15ページ以上と、もはや画集やんってくらい描いて頂いています!


ぜひぜひ、書店や各種通販サイトでお買い求めいただけますと幸いです!


引き続き「洗脳スキルで異世界無双!?」をよろしくお願いします(*´▽`*)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ