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第157話:黒竜「おはよーっ!」

 それから何とかアリッサさんの拘束を抜け出し、俺たちはロザリィたちに見送られながらダンジョン攻略へと出発した。


「極力、戦闘は避けながら進みましょう。リリィさん、お願いします」


「ええ、了解よ」


 リリィのスキル〈戦略家ストラテジスト〉は、半径千五百メートル圏内の敵味方を自動的に識別し俯瞰視点で表示してくれるという優れものだが、使用中は通常の視界が塞がれてしまうという欠点がある。


 移動しながらの使用は危険だから誰かが背負う必要があるわけで、


「というわけで頼むわね、ヒュー?」


「任せてくれ」


 リューグやイディオットにさせるくらいなら俺が謹んで拝命しよう。


 リリィを背負うために膝をつく。彼女は俺に覆いかぶさるように体を預けて来た。肩にかかる薄赤茶色の髪から香るのは甘い桃の香り。背中には弾力のある二つの膨らみが、ギュッと押し付けられる。


「柔らかい?」


「ああ……ってはっ!?」


 思わず頷いてしまった俺が顔をあげると、同じくらいの目線になるようにしゃがんでこっちを「じとー……」と口に出しながら見つめているルーグと目があった。


「ヒューのえっち」


 ぷいっとルーグはそっぽを向いて立ち上がり、そのままとてとてとレクティのほうへ駆けて行く。


 何だったんだ……?


「今日はいつになく愛されてるわね?」


「愛想を尽かされてるんじゃなく……?」


「愛想を尽かしたら焼きもちなんて焼かないでしょう。ただまあ、本当に愛想を尽かされるかどうかはこの後の貴方次第かしら」


「……だな」


 ポケットにあるリングケースの感触を確かめつつ、リリィを背負って立ち上がる。


 すると、


「あら?」


「どうかしたのか?」


 立ち上がったと同時に声をあげたリリィに尋ねる。


「いえ、大したことではないのだけど、前よりも高く感じたものだからつい。貴方、また背が伸びたんじゃない?」


「そう言えば、最近少しだけ制服がきつくなったような気がするよ」


 リリィに言われるまで自覚はなかったけど、俺も十五歳になってまだ数カ月。成長期真っ盛りなうえに、父上の身長を考えれば背はもっと伸びるはずだ。


「(肩幅も広くなっているわね。ふふっ、たくましい男性は好きよ?)」


「俺ともどもズッコケたくなかったら耳元で囁くのはやめてくれ」


 リリィのいたずら心に釘を刺しつつ、リューグとイディオットを先頭にダンジョンを進む。リリィの〈戦略家〉のおかげで三層目まではモンスターとほとんど戦闘することなく踏破することができた。


 ただ、四層目からはそうもいかない。と言うのも、三層目までは広々とした地下空洞といった雰囲気だったのが、四層目からは入り組んだ細い通路が続くまさに地下迷宮といった様相になるのだ。


 正解のルートの地図があるから道に迷うことはないのだが、逆に決まったルートを通らないといけないため通路上に居るモンスターとの戦闘は避けられない。


 俺たちの行く手を遮るように、ヴェロキラプトル似のモンスターが現れた。数は四体だが、一体だけ他よりも二回りほどデカい奴が居る。前足の爪は鋭利に伸び、顔にはエリマキトカゲのようなフリルがついている。なかなか強そうだな……。


「俺の〈発火〉で焼き払うか?」


「いえ、ヒューさんの〈発火〉は火力が高すぎるので狭い通路内ではちょっと……」


「あー……、そっか」


 すみません、とリューグは申し訳なさそうな顔をする。いや、別にリューグが謝ることではないんだが、この先も〈発火〉を使う機会は少なそうだ。〈洗脳〉スキルの何でもLv.Maxにする仕様のせいで、高威力になり過ぎるのも考え物だなぁ……。


「ならば奴の相手はこのイディオット・ホートネスに任せてもらおうか。それで構わないな?」


「ええ、イディオットさんにお任せします」


 …………この二人、昨日から少しだけ険悪なんだよな。何があったかわからないけど、喧嘩でもしたんだろうか。後でそれとなく二人に話を聞いてみよう。


 戦闘はイディオットがエリマキの相手を請け負ってくれたこともあり、スムーズに進めることができた。ラプトルも全長二メートルとデカく俊敏だが、狭い通路ではそれがマイナスに働く。


 アリッサさんとの鍛錬を思い出しながら、俺は自力で初めてモンスターを倒すことができた……のだけど、達成感と共に手に残る感触に顔を顰める。剣が肉を切り裂く感触に慣れるには少しばかり時間がかかりそうだ。


 ふぅ、と息を吐いて周囲を確認すれば他のラプトルも倒されていた。イディオットもエリマキを仕留めたようで、巨体が地面に崩れ落ちて足元が僅かに振動する。見た目以上に質量があったらしい。


「ヒューさん、怪我はありませんかっ?」


 棍棒を持ったレクティがこちらに駆け寄って来る。


「ああ。レクティのほうこそ大丈夫だったか?」


 戦ったモンスターの数は四体。イディオットがエリマキの相手をして、残る三体のラプトルの相手は俺とリューグ、そしてレクティが務めた。ティーナは後方でリリィとルーグを守りながらの援護役だ。


 レクティは俺の問いに「はいっ」と血痕のついた棍棒を見せながら笑顔で答える。その頬にはラプトルのものと思われる返り血が付着していた。う、うん。可愛い笑顔なんだけどちょっと猟奇的だ。


 レクティの後ろで頭を潰されて死んでいるラプトルからは、そっと目を逸らしつつ……。とりあえず服の裾でレクティの頬に付着した血を拭うと、レクティは「あ、ありがとうございます……」と頬を赤らめる。


 レクティの〈聖女〉スキルには〈身体強化〉と〈棒術〉が内包されている。単純な戦闘力は今の俺より遥かに上だ。モンスター相手にはレクティも遠慮する必要がないし、持ち前の思い切りの良さを発揮できるんだろう。


 ……俺も負けないように頑張ろう。告白前に良い所を見せたいしな。


 その後のダンジョン攻略も順調だった。行く手に現れるモンスターを適切に排除しながら進み、目標の六階層目に到達する。そこを少しだけ探索してから五層目に引き返し、モンスターが寄り付かないというセーフゾーンで野営をすることになった。


 モンスターが寄り付かないセーフゾーンがどんな場所なのかと言えば、意外と広々とした空間だ。と言うのも、そこにはダンジョンの遥か上まで続く大穴が空いている。セーフゾーンはその大穴に沿った崖の上にあるのだ。


 そこから大穴を見上げれば夕暮れ時の朱色に染まった空が見え、下はどこまで続くかわからない闇が広がっている。


「黒竜ドレフォンの巣穴ね……。ドレフォンはこの穴を通ってダンジョンを出入りしていたそうよ」


「竜の通り道か……」


 穴の大きさは直径で百メートル以上ありそうだ。もし大穴いっぱいに翼を広げて飛んでいたんだとしたら、黒竜ドレフォンは相当なデカさになる。ルーグの先祖はそんな怪物をいったいどんな方法で討伐したんだろうか。


 大穴の見学もそこそこに、俺たちは野営の準備に取り掛かった。持って来た簡易テントを組み立て、手分けして食事の準備をする。ベースキャンプほどしっかりした設営ではないけど、ダンジョン内で一晩を過ごすには十分すぎる環境だ。


 やがて大穴から見える空も暗く染まり、夕食を終えて各々が思い思いの時間を過ごす。そんな中で俺は意を決し、リリィやレクティと話していたルーグ……いいや、ルクレティアに声をかけた。


「ティア、ちょっといいか……? その、二人きりで話したいことがあるんだ」


「う、うん」


 ティアはどことなく緊張した様子で頷き、傍に居たリリィやレクティに何やら声をかけられながら立ち上がる。俺たちは連れたって、テントから離れた崖の淵の方へ移動した。


 テントの陰からリリィたちに様子を見られている気もするが、五十メートルは離れたから盗み聞きはされないだろう。


 大穴から差し込む月明りがティアの銀髪をキラキラと輝かせる。彼女の頬がほのかに赤らんで見えるのは、きっと俺の気のせいじゃないはずだ。


「えっと、話って……?」


「あ、ああ。そのことなんだが……」


 やばい、緊張で心臓が口から飛び出そうになる……! お、落ち着け俺! テンパって頭が真っ白になったら最悪だ。


 胸に手を置いて大きく深呼吸を繰り返し、視線を彷徨わせる。すると大穴の上空に浮かぶ真ん丸な月が見えた。


「つ、月が綺麗だな」


「えっ? あ、うん」


 ルクレティアは困惑した様子で頷く。そりゃ異世界で夏目漱石の逸話が通じるわけがないだろバカ! そもそも前世でも十五歳相手に通じるか微妙だ。


 頭を抱える俺の隣で、ルクレティアは月へと手を伸ばす。その姿はまるで絵画か彫刻のように綺麗で、美しくて、神秘的で。同時に何にも代えがたい愛おしさが溢れ出す。


 あぁ……。俺は、やっぱりこの子が大好きなんだ。


 この感情を素直に言葉にすればいい。


 それに気づけたおかげで、俺はようやく平静を取り戻せた。


「ティア、俺は」


 君のことが好きだと言いかけたと同時だった。





 ――ぐらりと、足元が大きく揺れる。





「きゃっ!?」


「ティアっ!」


 よろめいたルーグの手を掴み抱き寄せる。揺れはゴゴゴゴゴゴゴゴゴという地鳴りの音と共に次第に大きくなっていき、周囲にコツコツと小石が落ち始める。


 地震……っ!?


 こっちの世界でもたまに揺れることはあるが、これほど大きな揺れを体験するのは初めてだった。ここは切り立った崖の上。いつ足場が崩れるかわからないし、上から岩が降り注ぐことだってある。とにかくこの場を離れないと……っ!


 そう思ってティアを抱えて走り出そうとした刹那、





『――GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!!!!』





 耳をつんざくような咆哮が大穴に響き、ビシビシッと壁や地面に大きな亀裂が走った。


 あ、まずっ……。


 認識したと同時に感じたのは抗いようのない浮遊感。足場が崩れたと気づいた時には、俺はティアを抱きしめたまま底の見えない大穴へと引きずり込まれてしまっていた。

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