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第156話:子供の頃は、あんなにデカく見えた父さんの背中が……

 ドレフォン大迷宮の攻略が順調に進む中、いよいよ腹を括る時が来た。


 ルクレティアの誕生日前日。ダンジョン攻略へと出発する前のテントの中で、俺は一人リュックサックの奥底に大切にしまったリングケースを取り出していた。


 中身を開くと、紺碧色の小さな宝石があしらわれた指輪が収められている。中身が無事であることにホッとしつつ、運命の瞬間が目前に迫っていることに胸がキュッと痛くなる。


 断られたらどうしよう。


 そんな不安が頭を過って離れない。もちろんルクレティアからの好意はその、俺も自覚している所ではあるんだが……。それでもやっぱり、最悪の想定はしてしまうもので。


 逃げ出したくなる恐怖心を必死に抑え込む。大丈夫だ、しっかりしろ俺……っ!


「ひゅーうー?」


「うわぁっ!?」


 唐突に背後からかけられた声に、自分でも驚くくらいビックリしてしまう。おそるおそる振り返るとルーグが目を丸くしてこちらを見ていた。


「あ、ごめんね。驚かせちゃったかな……?」


「い、いや。すまん、俺が気を抜いていただけだから気にしないでくれ……」


 あぁ、最悪だ。好きな子にめちゃくちゃかっこ悪い姿を見られてしまった……っ!


「えーっと、なにやってたの?」


「そ、その、荷物整理をちょっとな」


「ふぅーん?」


 ルーグは訝しむような眼を俺に向けて来る。べ、別に嘘は言ってない。リュックサックからリングケースを取り出すという整理をしていたんだからな、うん。


「もうみんな待ってるよー?」


「わ、わかった。すぐ行くよ」


 俺はルーグから隠すようにリングケースをズボンの後ろポケットにしまって、彼女の後を追ってテントを出た。


 大迷宮の入り口前には共にダンジョンを攻略する仲間たちが集まっている。……なんて言い方をすれば仰々しいが、要するにほぼほぼいつものメンバーだ。


 ダンジョン攻略はアリッサさんの班分けのもと、実力別という名目で四つの班に分かれて行われている。俺たちが所属するのは最も深層の攻略を目指す第一班。メンバーは俺、ルーグ、リリィ、レクティ、イディオット、監督役としてリューグとティーナの七人だ。


「遅刻よ、ヒュー。いったい何をしていたの?」


「すまん、ちょっと荷物整理に時間がかかってな……」


「ふぅん? まあ、そういうことにしておいてあげるわね」


 そう言ってリリィは訳知り顔でふふっと微笑む。リリィには色々と相談もしていたから、俺がなぜ遅れたのかおおよその検討がついているんだろう。


「またリリィとイチャイチャしてる……!」


 俺とリリィのやり取りを見てルーグがぷくっと頬を膨らませる。焼きもちを焼いてくれるのは可愛いのだが、イチャイチャ具合はたぶん普段の俺たちの方が上だ。リリィとレクティが何とも言えない視線をルーグに向けている。


「えーっと、それじゃメンバーも揃ったのでまずはミーティングを始めましょうか」


 俺たちの様子を苦笑いしながら見ていたリューグが切り出す。


「昨日に引き続き、今日も可能な範囲でダンジョンの奥へ進みたいと思います。ドレフォン大迷宮にある十階層の内、六階層を目標にしましょうか。皆さんの実力なら今日の夕方頃には問題なく到着できるはずです」


「夕方頃に到着ということは、今日はダンジョン内で野営かしら?」


「ええ。五階層にモンスターの寄り付かないセーフゾーンがあります。そこで野営をして、状況次第で明日の到達目標を決めたいと思います」


 リューグの計画に異論はでず、俺たちは荷物の最終確認を行う。今日はこのままダンジョン内で一夜を明かすから、忘れ物があってもベースキャンプに取りに戻れない。先に指輪を取りに行っておいてよかった。


 それぞれに荷物を背負い、いざダンジョン探索へ出発しようとした矢先、


「お待ちくださいませですわぁ~!」


 ベースキャンプの方からロザリィがこちらへ駆け寄って来る。その後ろにはアリッサさんとシセリーさんの姿もあった。


「ふぅ、ギリギリセーフですわ」


 俺たちの目の前で立ち止まったロザリィは両膝に手をついて安堵の息を漏らす。


「皆様と一緒に行けない分、せめてお見送りだけでもさせてくださいませ!」


 今回のダンジョン攻略、いちおう神授教からルーカス王子への人質という立場のロザリィは俺たちとは別の班 (ダンジョンの出入り口付近でモンスターとの戦闘経験を積む班)に配属されていた。


 彼女に万が一のことがあれば神授教との関係が拗れかねないという政治的な判断によるものだ。ロザリィは残念そうにしていたけど仕方がない。


 それに彼女の回復系スキルは、こと怪我の治療に関してはレクティと遜色ないレベルにある。レクティが俺たちとダンジョンの下層へ進む分、ロザリィが残ってくれていたら上の層で怪我人が出ても安心だ。


「レクティ、皆様のことは任せましたわよ!」


「はいっ。ロザリィさんも、クラスの皆さんのことをお願いしますね」


 俺たちが誇る二人の聖女が握手を交わす。その様子を「大げさッスねぇ」と笑いながら見ていたアリッサさんは、こっそりと俺に近づいて声をかけてくる。


「くれぐれも頼むッスよ、少年」


「……もちろんです」


 何を、とは俺もアリッサさんも口にしない。


 ロザリィと同じかそれ以上に万が一のあっちゃいけない人物だけど、正体を隠している以上はロザリィと同じように特別扱いは出来ないのだ。もちろん、アリッサさんに言われるまでもなくもしもの時は命に代えても守るつもりで居る。


 なお、当の本人は俺とアリッサさんを見てぷくっと頬を膨らませていた。


「むぅ……。アリッサさんともイチャイチャしてる」


 してねぇっ!


 焼きもち焼きのお姫様を見てアリッサさんがニタァと邪悪な笑みを浮かべる。次の瞬間には俺の手を引いて、自身の豊満な胸……を覆うチェストアーマーに俺の顔を押し付けた。


「無事に帰って来るんスよ~、ヒュー少年。そしたらお姉さんがいっぱい甘えさせてあげるッスからねぇ~」


「痛い痛い痛いっ! せめて鎧を脱いでからにしてください!」


「ひゅーうーっ!」


「あっ、いや、今のは口が滑っただけで!」


「何の言い訳にもなってないよーっ!」


 怒ったルーグが俺に飛びかかって来る。そこへリリィとレクティも加わってわちゃわちゃと騒ぐ俺たちを、遠巻きにリューグとティーナが複雑そうな表情で見つめていた。


「(こんな父さん見たくなかったな……)」


「(だねぇ……)」


 二人の声は〈忍者〉スキルじゃないから聞こえなかったけど、失望されてるっぽいのは伝わって来る。


 この状況で俺にどうしろと!?

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