第152話:冒険者二人一組のMAV、通称MAV戦術……と教本にあります
昼食会の翌日からいよいよダンジョン攻略が始まった。バルリードの町から北へ十キロのど。半日近く山岳地帯を進んでようやくドレフォン大迷宮の入り口に辿り着く。切り立った崖の中腹に開いた大穴は、まるで腹を空かせた迷宮が大口を開いて俺たちを待ち構えているようだ。
「そんじゃ、まずは設営から始めるッスよー」
アリッサさんの号令で俺たちはベースキャンプの構築を始める。この辺の作業は移動中の野営で何度も繰り返したからスムーズだ。
ダンジョン攻略はベースキャンプを拠点に五日かけて行う。日中はダンジョン攻略を行い、夜にはキャンプに引き返して睡眠。それを五日間繰り返し、一度バルリードに戻って物資の補給と休息を取ってから再び五日間ダンジョン攻略をするという流れだ。
ルクレティアのお母さんの墓参りは、一度目のダンジョン攻略後バルリードに戻ってからすることになった。その頃には長雨で崩れた道も復旧しているだろうとのことだ。
そしてルクレティアの誕生日も、一度目のダンジョン攻略の最中。ダンジョンの中になるかベースキャンプに戻ってからになるかわからないけど、日が変わったらすぐにプレゼントを渡して告白しよう。……よし、やるぞ俺!
ベースキャンプの構築は予定よりも早く、日が傾き始めるより前に完了した。そこでアリッサさんがこんな提案をする。
「今からちょっとだけダンジョンに入ってみるッスか?」
スケジュールでは明日から本格的なダンジョン攻略となっていたが、それまでにダンジョン内部の様子を知れるのはありがたい。生徒からは特に異論は出ず、同行の冒険者は全員がアリッサさんに賛同した。
とりあえず入り口周辺を探索することになり、装備を整えてダンジョンの中へ足を踏み入れる。直後、肌に触れていた空気が冷たくまとわりつくようなものにガラッと変わった。
リリィは思わずといった様子で自身の体を抱きしめる。
「薄ら寒いわね……。まるで氷室に居るみたい」
「マントを持って来ればよかったですね……」
レクティは体を縮こませて両手に息を吐いた。その息はさすがに白くはなかったけれど、確かに夏服だとけっこう肌寒いな……。我慢できない程じゃないが、気を抜けば風邪をひいてしまいそうだ。
「寒さもそうですけれど、ダンジョンの中って意外と明るいんですわね」
ロザリィが周囲を見渡しながら感想を口にする。言われてみれば確かに、洞窟の天井や岩肌は明瞭だった。松明などの光源を持ち込まなくても視界は十分に確保されている。まるでダンジョンそのものが光を放っているかのようだ。
「それはダンジョン内部に生息する苔の影響ですね」
ロザリィの疑問に答えたのはリューグだった。彼は岩肌を人差し指で軽く撫でると、親指と擦って指先をこちらに見せる。リューグの指先は淡い光を放っていた。
「ダンジョンの壁面にはこうして刺激を与えると光を放つ苔が繁殖しているんです。光度はダンジョンによって様々で、ここの苔より明るく光る苔は収穫されて照明魔道具にも使われています」
「あれ苔で光ってたのか」
寮の自室とかで普段何気なく使っていたけど、それがまさか苔だとは思わなかった。てっきり電気的な何かを発生させる鉱石で光っているのかと……。
「ダンジョンで採取できる様々な素材が魔道具に使われていますよ。例えばシャワーは水源石と呼ばれる水を出し続ける鉱石と、蓄熱草を組み合わせてお湯を出しています。どちらもドワーフの王国にあるダンジョンで採取できるものですね。ドワーフの王国で魔道具産業が発達しているのもそう言った素材が現地のダンジョンで多く産出されるからで――」
「はぁ~い、そこまで!」
段々と早口になって捲し立て始めたリューグをティーナが制止する。彼女は腰に手を当ててため息を吐いた。
「リューにぃったら魔道具の話になるとすぐに語りだしちゃうんだから。みんなドン引きしちゃってるよ~?」
「えぇっ!? す、すみません皆さん……」
「いや、別にドン引きはしてないよ」
ルーグやロザリィはちょっと退屈そうにしてたけど……。
ただ、俺としてはむしろもうちょっと詳しく話を聞いてみたいくらいだった。リース王国があるアルミラ大陸の北方地域。そこにあるドワーフの王国では最先端の魔道具研究と開発が進められているらしいとは俺も聞いたことがある。
そこではいったいどんな魔道具が作られているんだろうか。もしかしたら前世の日本にあったような家電製品に似た魔道具があるかもしれないし、スキルを〈発明家〉に変えたりしたら魔道具開発で一財産を築くことも可能かもしれない。
一生に一度くらいは訪れてみたい場所だ。
「魔道具が好きなのね」
「ええ、まあ。昔から父の影響で……」
リリィに話しかけられたリューグは照れたように笑みを浮かべる。こいつもしかしてリリィに気があるんじゃないだろうな……? なんて思わず訝しんでしまう俺の視線に気づいたか、リューグは首をぶんぶんと横に振った。
「そ、そんなことより! もうどこからモンスターが現れても不思議じゃありません。気を引き締めていきましょう!」
「リューにぃそんな大声出したらモンスターが寄ってきちゃうんじゃないかなー?」
ティーナがやれやれと肩をすくめ、リューグはばつが悪そうな顔で押し黙る。
ダンジョンに入ってからしばらく歩き、俺たちは細い通路を抜けて広い空間に出ていた。扇のような形で段々と下へ広がっていくような大空洞だ。おそらくこの大空洞がドレフォン大迷宮の奥へと続いているんだろう。
大空洞に入ってすぐ、どこからともなく生物の鳴き声が聞こえてくる。ダンジョン内に生息している生物はことごとく人間に敵対的で獰猛なモンスターだ。
「生徒の皆さんは下がってください。今回は僕らが対処します」
同行の冒険者たち五人が俺たちを庇うように前に出る。現れたのは頭の先から尻尾までが二メートルはありそうなトカゲ……前世の図鑑で見たヴェロキラプトルのような見た目のモンスターだった。
数はざっと数えて十数体。イディオットは腰に携えていた剣を抜き、他のクラスメイトたちも各々の武器を構える。ただ、アリッサさんは腕を組んで武器を構えることすらせずに傍観に徹していた。ルーグも居る状況で見てるだけってことは、それほどの脅威じゃないという判断だろうか。
俺も念のため剣を構えていつでも〈発火〉を使えるよう意識を集中させつつ、冒険者たちの戦いぶりを見学する。
さすがと言うべきか、冒険者の戦いぶりは安定していた。数の不利をものともせず、各々がスキルや武器を用いて確実にモンスターを仕留めて行く。そんな中で際立っていたのは、やはりリューグとティーナだった。
他の冒険者が岩の槍や炎の弾で華々しく戦う中、二人はスキルを使わず剣と弓だけで着実にモンスターを倒していく。
「ティーナ!」
「はいよっ!」
その連携は凄まじく、リューグの死角をカバーするようにティーナが弓を射て、時にはリューグがおとりになってティーナの射線上にモンスターを誘う。終わってみれば二人だけで他三人の冒険者の倍以上はモンスターを屠っていた。
さすがBランク冒険者。スキルを温存してこれか……。でも、だからこそ二人の立ち回りはすごく参考になる。特にリューグは〈身体強化〉を使っている様子がなかった。まったく素の状態で、剣一本で戦っていたのだ。それなら俺にも真似できる……はず。
「デモンストレーションとしては十分ッスね。引き返すッスよー」
モンスターが居なくなったのを確認しアリッサさんの号令で来た道を戻る。
ダンジョンの中に居たのはだいたい三十分くらいだろうか。入ってすぐにモンスターと遭遇したあたり、エンカウント率は高そうだ。明日からの本格的なダンジョン攻略、気を抜く余裕はなさそうだな……。