第150話:節約!節約!節約!節約!節約!節約!婿養子☆(キュー!)
ドレフォン子爵が手配したという五台の馬車が宿に到着し、俺たち王立学園の生徒は六人ずつに分かれて馬車に乗り込んだ。同乗するのはいつものメンバーだ。
「わたくしたちまで昼食会に呼んでくださるのは光栄ですけれど、とてもそんな余裕があるようには見えませんわね」
窓の外に流れていく寂れた町並みを見ながら、ロザリィがポツリと呟いた。
七年前の流行病によって大部分がゴーストタウンと化したバルリードの町。そこから得られる収入は雀の涙ほどだろう。ルーカス王子を歓待するだけでもそれなりの費用がかかるはずだ。それに加えて俺たちまでってなると、確かに心配にはなるなぁ……。
「余裕がなくとも見栄を張るのが貴族なのだ。貴族の性と言うべきか」
イディオットはどこか共感した様子で頷く。前世風に言えば『武士は食わねど高楊枝』だな……。子爵家になってしまったとは言え、元は王国有数の大貴族。その誇りとプライドはそう簡単に捨てられるものじゃないだろう。
「それに、多少の無理をしても歓待するだけの理由はあるわ。王立学園の生徒、それも成績優秀者で選抜されたAクラスには、大貴族の親類縁者が集まりやすいのよ」
「なるほど、人脈作りに利用できるのか」
言われてみればこの場だけでもピュリディ家とホートネス家という二つの名門貴族の子息と、それに加えて神授教の聖女まで居るもんな。クラス全体で見ればトラージ伯爵家の娘も居るし、他にも俺は詳しくないけど名高い貴族の親類縁者は何人も居るんだろう。
「貴族だけではなく平民でも、王立学園を卒業すれば箔がつく。将来的に国の要職に就く生徒も居るかもしれん。そういった意味でも、僕らを招待する価値はあるのだ」
言ってしまえば未来への先行投資だな……。貴族にとって人脈は力だ。単体ではどうにもならない問題でも、他の貴族の助力を得られれば解決できることはある。流行病の件で孤立しているドレフォン家は、それを何よりも欲しているのかもしれない。
「理屈はわかりますけれど、町には生活に苦しんでいる方が……あら? 居ませんわね?」
窓の外を見ていたロザリィが首を傾げる。たしかにバルリードの町に入ってから、俺は一度も浮浪者を見かけた憶えがない。廃墟だらけで寂れた町並みから人々が生活に苦しんでいると感じていたけど、目に見える範囲に貧困者はどこにも居なかった。
「どうやらドレフォン子爵は中々のやり手みたいね」
「やり手、ですか?」
リリィの言葉にレクティが首を傾げる。リリィは「おそらくだけど」と前置きをして、ドレフォン子爵が執っただろう政策を教えてくれた。
「人口が激減したバルリードの町は、残った人々にはあまりに広すぎるわ。だからドレフォン子爵は、住民を町の一区画に集めたんじゃないかしら。人々が薄く広範囲に住んでいると町全体が衰退してしまうから、一カ所に縮小して厚みを持たせたの。そうすることで、経済活動の効率化を図ったのね」
「そっか。だから宿の周りは活気があったんだな」
「ええ。浮浪者を見かけないのも町の経済活動が健全だからだと思うわ。人はむしろ足りないくらいじゃないかしら」
「なるほどなぁ」
リリィの推測には納得しか浮かばない。ドレフォン家の婿養子で迎え入れられるだけあって、ドレフォン子爵は優秀な人物のようだ。
それにしても領内の限られた人口を分散させず一極集中して経済を効率化する、か。もしかしたらプノシス領でも応用できるんじゃないか?
俺の立場的に、いずれ嫌でも領地は継ぐことになる。領地経営を放棄してスローライフを満喫するわけにもいかないし、それまでに経済学なんかも少しは学んでおいた方が良いかもしれない。
なんて考えていると、リリィがこちらを見てニコリと微笑む。その笑みはまるで「領地経営なら私に任せてちょうだい?」と言っているかのようだった。リリィに領地経営を丸投げしたら、プノシス領はとんでもない発展を遂げるに違いない。
……うん、まあ、それはおいおい考えるとして。
馬車はバルリードの町の外に出て、丘陵地帯を十分ほど進む。やがて小高い丘の上に建てられた小さな城のような屋敷が見えて来た。おそらくあれが、ドレフォン家の屋敷だろう。
「あそこがお母さまの……」
屋敷を見上げたルーグがポツリと呟く。事情を知らないイディオットとロザリィに聞こえていないかとヒヤッとしたが、幸い耳には届かなかったようだ。
それにしても、そうか。ルーグにとってこれは母方の実家への里帰りでもあるのか……。
出迎えてくれるのが血のつながらない伯父一人だけで、さらにルクレティアとしてじゃなくてルーグとしてなのが何とも言えない。心境は複雑だろうな……。
バルリードの町からはだいたい二キロくらいだろうか。馬車は宿を出て二十分とかからずドレフォン家の屋敷に到着した。俺たちの馬車は最後尾だったこともあり、既に他のクラスメイトたちは馬車を降りて屋敷の庭園に案内されている。
どうやら昼食会は庭園で立食式にて行われるようだ。奥にテーブルと椅子が用意されているが、あれはルーカス王子のためだろう。
テーブルマナーとかいろいろ難しいから、堅苦しい食事会じゃなくて助かった。そう思っているのは俺だけじゃなかったようで、平民出身のクラスメイトたちもホッとした様子を見せている。
「考えたわね、ドレフォン子爵。立食式なら費用が節約できるし、平民出身の生徒を慮ったと言い訳も立つわ。庭園を利用することで屋敷を飾り立てなくて済むから、出費を必要最低限で抑えられる」
「本当に優秀な人なんだな……」
俺たちの視線の先では三十代後半くらいの物腰が柔らかな印象の男性がルーカス王子を出迎えているところだった。そしてそのルーカス王子の隣には、
「ほぅ、妹君も同行されていたのか。ルクレティア王女殿下が人前に姿をお見せになるとは珍しい。リリィ・ピュリディ、君も久しくお会いしていないんじゃないか?」
「え、ええ。そうね……」
イディオットに尋ねられ、リリィは少しばかり顔を引きつらせながら頷く。
ルーカス王子の隣にはルクレティア……の変装をしたメリィがにっこりと笑顔を浮かべて寄り添っていた。
イディオットが偽物のルクレティアを怪しむ様子はまったくない。どうやら影武者としてちゃんと機能しているようだ。