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第149話:お前をお婿さんにしてやろうか

 ふとした物音に目を覚ますと、視界には見知らぬ天井が映った。簀子を裏から覗いたような形状……ああ、そっか。昨日は二段ベッドの下段で眠ったんだった。あれから夜中まで同室のクラスメイト達と盛り上がったんだっけ……。


 さらに視線を彷徨わせると、ちょうど木剣を片手に部屋から出て行くイディオットの姿が見えた。朝の鍛錬へ向かうんだろう。俺も行かないと……。


 校外演習の移動中はあまり鍛錬に体力を割けなかった。今日は一日オフだから体力を心配する必要はないし、明日から始まるダンジョン攻略に向けて剣の腕も確認しておきたい。


 そのためにはまず、俺の左腕を枕にして眠るルーグを起こさないと……。


 俺と同じ二段ベッドの上段で眠ったはずのルーグは、やっぱりいつの間にか俺のベッドに潜り込んでいた。薄手のシャツにハーフパンツというラフな服装で密着され、彼女の体温と心音がいっそう近くに伝わって来る。


 無防備な寝顔はとても同性には思えない。これはさすがに、同室のクラスメイトたちには見せたくないな……。俺の左腕も痺れて限界が近い。安らかな寝息を立てる彼女には申し訳ないが起きてもらおう。


「ルーグ、起きてくれ」


「んぅ~……ひゅぅ、すきぃ……」


「…………俺も好きだよ」


「はぅっ……!? ふぇ、あれっ?」


 ぱちりと目を開けたルーグは体を起こして周囲を見渡す。それからしばらくパチパチと目を瞬かせていた。


「おはよう、ルーグ」


「あ、うん。おはよ、ヒュー。ねえ、いま、わたしのこと――」


「しー。他の連中が起きる前に着替えなきゃだろ?」


「あ、うん。…………ゆめ?」


 ルーグは首を傾げながら荷物から着替えを取り出して、ベッドの中でいそいそと着替え始める。俺はそんな彼女に背を向けつつ、他のクラスメイトが起きださないか監視する。幸い他の連中はまだぐっすりと眠っているようで、ルーグは無事に着替えることができた。


「ありがと、ヒュー。いつも気を遣わせちゃってごめんね」


「これくらいどうってことないよ。それより、これから朝の鍛錬に行こうと思ってるんだ。もしよかったらルーグも一緒に行かないか?」


「え、いいの? 行きたいっ」


「よし、じゃあ行くか」


 ルーグの返事に思わず安堵の息が漏れてしまう。寮の部屋ならともかく、他の男子と一緒の部屋にルーグを置いて行くのは心配だ。何もないとは思うけど、そわそわして鍛錬に身が入らなくなりそうだしな。


 他のクラスメイトを起こさないようこっそり部屋の中から抜け出して、早朝の静寂に包まれた宿の廊下を並んで歩く。イディオットが向かったのは宿の裏庭だろうか。


「それにしても昨日の夜は楽しかったね。ブラウンくんとアンちゃんの仲があんなに進展してるなんて思わなかったよ」


「一緒に居るところはよく見かけてたけど、まさか婚約するなんてなぁ」


 クラスメイトのブラウンは王都のパン屋の息子で、平民出身の生徒だ。クラスメイト達がスレイ殿下派とブルート殿下派に分かれていがみ合っていた頃は、ブルート殿下派の代表みたいな立ち位置だった。


 一方のアンはトラージ伯爵家の一人娘で、イディオットの取り巻きの一人だった女子生徒だ。彼女の方もクラスの貴族出身者の代表的な立ち位置に居る。


 そんな二人が婚約に至ったのは、スレイ殿下派とブルート殿下派 (あと、俺たちルーカス殿下派)に分かれて戦った模擬集団戦の折に、ブラウンがアンを庇って倒木の下敷きになったことがきっかけらしい。


 アンの両親であるトラージ伯爵と夫人は、ブラウンの勇敢な行動に感銘を受けて直接礼がしたいとブラウンの実家のパン屋を訪れたそうだ。対応したブラウンの両親は随分と慌てたようだが、可能な限りのもてなしをトラージ夫妻にしたらしい。


 それをまたトラージ夫妻が気に入り、ブラウンとアンの知らないところで親同士の交流が生まれた。その後はブラウンの実家のパン屋がトラージ家御用達に指定されたり、定期的にトラージ夫妻が店に訪れたりと交流が続き、自然な流れで二人の婚約が決まったという。


 親同士の口約束。しかも貴族と平民という身分違いの婚約に、当人たちは大困惑したらしい。特にブラウンはパン屋を継ぐつもりが伯爵家に婿入りする事になって頭を抱えたそうだ。


「でも、満更じゃなさそうだったよね」


「俺とイディオットに貴族の礼儀作法を教えてくれなんて頼んで来たもんな」


 ド田舎貧乏貴族の俺に教えられる礼儀作法なんてたかが知れているから、その辺は王国屈指の名門貴族ホートネス家の現当主であるイディオットに丸投げした。


 イディオットは俺にやれやれと溜息を吐きつつ、ブラウンとアンの婚約を祝福し協力を惜しまないことを約束していた。面倒見の良い彼ならブラウンの相談にも親身に乗ってくれるだろう。


「婚約かぁ。いいなぁ……」


 ルーグは期待に満ち満ちた眼差しでチラリと俺を見上げてくる。ノーコメントでやり過ごすのは……違うな。それは彼女から逃げているだけだ。とは言え、今ここで告白するのは場当たり的すぎるから、俺は隣を歩く彼女の手をキュッと握った。


「その……。もう少しだけ、待っててくれ」


「期待していいの?」


 俺が無言で頷くと、ルーグはふふっと笑って繋いだ手に力を込める。


「わかった。けど、あんまり待たされたらわたしがヒューを貰っちゃうからね?」


「それは…………絶妙に面倒くさそうだなぁ」


「でしょー?」


 そのままルーグと手を繋ぎながら中庭に向かっていると、やがて少し先から木剣を打ち合う音が聞こえて来た。どうやらもう鍛錬は始まっているようだ。


 イディオットがアリッサさんと打ち合っている。そう思っていたのだが、中庭に出るとアリッサさんの姿はどこにもなかった。イディオットと相対しているのはリューグだ。


「はぁあああああっ!」


 一気呵成に攻めるリューグに対し、イディオットは冷静に剣筋を見極めて受け流していた。スキル〈守護者シュバリエ〉を持つイディオットは防戦にめっぽう強く、守りだけならその剣才はアリッサさんや王国最強の騎士〈剣聖ソードマスター〉のスキルを持つロアンさんに比肩する。


 そんなイディオットを攻め立てるリューグもまた、Bランクの優秀な冒険者だ。実戦で鍛え抜かれたであろう剣筋は鋭く、型にはまらない自由な剣捌きでイディオットに反撃の糸口を与えていない。


 俺の今のスキルが〈発火〉だからハッキリとはわからないけど……。たぶんリューグはスキルを使っていない。〈剣術〉系や〈身体強化〉系のスキルを持たないのか、あえて使っていないのか。どちらにせよ、スキル無しであそこまでイディオットと渡り合えるのはさすがとしか言いようがない。


「凄いね、ヒューっ」


「ああ…………あれっ?」


 気のせいか? 今一瞬、リューグの姿がブレたような……?


 疑問に感じた直後、リューグの木剣がイディオットのカウンターで弾き飛ばされた。リューグは両手を広げて降参のポーズをする。その表情はどこか満ち足りたものだった。


「さすがイディオットさんですね。僕の剣術じゃ何十年経ってもかないそうにありません」


「君が初めから本気を出していたら結果は変わっていた。アンフェアな戦いに勝って称賛されても不愉快だ」


「すみません。けど俺は、貴方と戦えて嬉しかったです。ありがとうございました」


 リューグはイディオットに深々と頭を下げてから、俺たちの横を会釈して通り過ぎ、宿の中へと去って行った。


 その背中を見送るイディオットは腕を組んで「ふんっ」と鼻を鳴らしている。珍しく不機嫌そうだ。リューグに手加減されたのが悔しかったんだろうか……?


「おはよう、ヒュー。今日はルーグも来たのだな」


 俺たちに気づいたイディオットは気持ちを切り替えるように一度息を吐いて、普段通りの様子でこちらに歩み寄って来た。


「うんっ。たまには体を動かそうと思って」


 ルーグはシュッシュッと口で言いながらシャドーボクシングのようにパンチを繰り出す。てっきり見学するのかと思っていたんだが、どうやらそうじゃなかったらしい。


「構わないか、イディオット?」


「もちろんだ」


 それから俺たちは三人で剣術の鍛錬を行った。


 やはりイディオットは人に教えるのがかなり上手い。初めてちゃんと剣術を習ったというルーグが、見る見るうちに上達していく。


 学園の剣術の授業ではただ木剣を振り回しているだけだったのが、ものの三十分程度でそれなりに剣を扱えるようになっていた。


「もしかしたらヒューより筋が良いかもしれん」


「事実を陳列しないでくれ……」


 ルーグの運動神経の良さにはよく驚かされるんだよなぁ。レクティのように〈身体強化〉を持っているわけではなく素の状態でこれだからな……。運動がまるでダメなリリィとは大違いだ。


 やっぱり体形がスレンダーな方が体を動かしやすいんだろうか……?


「ヒュー、今とっても失礼なこと考えなかったかなぁ?」


「いやいや。まさかそんなハハハ」


 ……これ以上余計なことを考えるのはやめておこう。下手に刺激すると木剣でそのまま斬りかかってきそうだ。


 しばらく剣を振っていると、中庭にアリッサさんがやって来た。普段の鍛錬の時のラフな姿ではなく、王国騎士団の鎧を身に着け腰には本物の剣を携えている。


 何かあったのか……?


「ヒュー少年もイディオット少年も、旅先で鍛錬なんて真面目ッスねぇ。しかも今日はルーグ少年も一緒ッスか」


「おはよ、アリッサさんっ! ヒューとイディオットくんに剣を教えて貰ってるの!」


「怪我しないようにほどほどで頼むッスよー……?」


「うんっ!」


 基本的にスパルタなアリッサさんも、さすがにルーグに怪我をされるのはマズいと思っているんだろう。もしものことがあったら物理的に首になりかねないもんな。


「ところでアリッサ女史。随分と物々しい格好をしているが何か問題でも?」


「いやぁ、別に問題って程でもないんスけどね。ただ、ちょっとばかしスケジュールの変更があったんで、それを伝えに部屋を回ってたところッス」


 なるほど。どうやらアリッサさんは部屋を留守にしていた俺たちを探しに来てくれたらしい。スケジュールの変更っていったいなんだろうか?


 疑問に思っていると、どこか面倒くさそうなため息を吐いてアリッサさんが教えてくれた。


この町の領主様(ドレフォン子爵)がルーカス殿下と王立学園の生徒を昼食会に招待してくれるらしいッスよ」


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