第148話:13cmや(他キャラ三人称視点)
ヒューとルーグが友人たちとの語らいを楽しんでいる頃、バルリードの町から二キロほど離れた所にある屋敷では、とある男がソファに腰を落として苛立たし気に膝を揺すっていた。
男の名はビクティム・ドレフォン。現ドレフォン家の当主であり、ルーカスやルクレティアからすれば血の繋がらない伯父に当たる人物だ。
彼は地方の男爵家の次男に生まれた。王立学園に入学できるほどのスキルに恵まれ、そこそこ優秀な成績で卒業できるだけの優秀さも兼ね備えていた。それを見込まれ、竜殺しという王国で最も華々しい栄誉を持つドレフォン家に婿養子として招かれた。
ドレフォン家は歴史が浅い新興貴族でありながら、その勢力を着々と伸ばし続けていた。
その最たる例が、白銀の美女と謳われた次女の側室入りだろう。長女の夫であるビクティムから見ても彼女は非常に美しく、何より頭が切れる優秀な女性だった。王が手元に置きたがるのも頷けるほどに。
次女が側室入りを果たし、そして男児を生んだことでドレフォン家はまさに飛ぶ鳥を落とす勢いを得た。その男児は生まれつき視力にハンディキャップを抱えていたが、後継者候補には違いない。
領内はドレフォン大迷宮の攻略のために集まった冒険者で賑わい、経済も右肩上がり。バルリードを始めとする領内の町の拡張も順調に進み、全てが上手く行っていた。やがてドレフォン領は他貴族の領地とは比べ物にならないほど発展することだろう。
ドレフォン家の次期当主として額に汗を流しながら働いたビクティムは、そう信じ切っていた。
ドレフォン領内で原因不明の死者が出始めたのはその頃だ。
初めの報告を目にしたのは、バルリードから少し離れた村からの報告だった。養鶏が盛んなその村では、鶏の大量死に加えて村民が次々に高熱を出して倒れているという。
ビクティムはそれを当主である義父に報告し、すぐさま医師と衛兵が派遣されることになった。鶏の大量死はそう珍しいことではない。産業的な痛手ではあるが、数年に一回は領内のどこかの村であることだ。
そしてもし、村人の高熱が何らかの伝染病であったとしても、村を封鎖すれば問題ない。医師と、人の往来を監視する衛兵は派遣したのだから。
初めは当主もビクティムも、それほど深刻に考えてはいなかった。けれど、風向きが変わり始めたのはその二週間後のことだ。
今度は別の村で鶏の大量死と、村民に高熱が確認された。しかも、ほぼ同時に三つの村と、そして領内最大の町バルリードでも、原因不明の発熱で住民が次々に診療所を訪れているという知らせがもたらされた。
何かがおかしい。ビクティムがそう感じ始めた頃には全てが手遅れだった。初めに異変が起こった村に派遣した医師が高熱で死んだ。領民が次々に高熱で倒れ、冒険者たちが我先にと領内から逃げ出している。
そんな報告が次々に舞い込む中、領主と妻までもが高熱を出して倒れてしまった。
ビクティムは二人を看病しながら必死に事態の収拾にあたった。だが、看病の甲斐なく当主と妻は死んでしまい、病はドレフォン領の隣の領地や王都で確認されるまでになってしまった。
ドレフォン領から逃げ出した冒険者たちが広めてしまったのだろう。
ビクティムは病の封じ込めのため街道を封鎖するよう指示をしていたが、衛兵もまた病に倒れて人手が足らず、何より冒険者たちは強引にその封鎖を突破しようとして小競り合いから死者まで出ていた。
もはや事態の収拾は不可能。ビクティムは国王に書状で救援を求めた。しかしいつまで経っても書状で求めた救援はやって来なかった。既に病は王国中で猛威を振るい始めており、もはや国王にも救援を送る余裕がなかったのだ。
病が収束したのは、それから一年が経った頃だ。ビクティムもまた高熱と咳の症状で一時は生死を彷徨ったが奇跡的に回復し、たった一人残ったドレフォン家の代表としての責務を果たし続けていた。
その結果が、病を国中に蔓延させた責任を問われての降爵。かつての栄誉は呪いに置き換えられ、栄華を誇ったドレフォン領は住民が半減したバルリードとドレフォン大迷宮を残して全て没収されることとなった。
ビクティムは当時を回顧し、自身は為すべきことを為したと思う。妻を失い、父のように慕っていた当主を失い、外様の身でそれでもドレフォン家を背負って最善を尽くした。
その報いが子爵家への格下げと領地の没収だと言うのなら、納得できるはずがない。
陰鬱とした感情を抱えながら、ビクティムはドレフォン家の再興と領地復興のために汗水を垂らして働いた。下げたくない頭を下げ、心無い罵倒と中傷に耐え続けた。
いつか再び、ドレフォン家に栄誉を取り戻すために。
「――そんなら、君が英雄になったらええやん?」
そんな声を聴いたのは、ビクティムの心が折れそうになっていた時だ。旅の商人と名乗る濃緑色のローブに身を包んだ長身の男が屋敷を訪れた。彼には人を引き付ける不思議な魅力があり、ビクティムはすっかり身の上話に花を咲かせてしまった。
そしてビクティムの半生を聞き終えたローブの男はそう言ったのだ。
「ドレフォン家の栄誉は初代当主が竜殺しをして得たものなんやろ? それなら、君がもう一回黒竜ドレフォンを殺せばええねん。君が黒竜を殺して呪いを断ち切り、新たな英雄としてドレフォン家を再興する。新たな英雄譚の誕生や」
男の提案を、ビクティムは荒唐無稽だと思った。
自身の才覚の限界は知っている。スキルはとても黒竜を倒せるほど強力ではなく、剣の腕も王国騎士団からオファーを受けるほどの技量ではない。
そして何より、黒竜ドレフォンはとうの昔に討伐されている。
「ちゃうちゃう。討伐されてへんされてへん。ただちょっとボコされて眠っとるだけや。あれは心臓をすり潰されでもせん限り何度でも蘇る。そういうふうにできてるねん」
まるで見て来たかのように語る男は、ローブの懐からどす黒い球体を取り出した。水晶玉のような鈍い輝きを放つ球体は、その内部でぶよぶよとした肉塊がまるで鼓動を刻むように脈打っている。
「そんでこれが、黒竜ドレフォンの心臓や。こいつに人間の生き血を吸わせ続ければ黒竜ドレフォンは復活する。そんでもって君が黒竜ドレフォンと戦うフリしてる内に僕がこいつを壊してしまえば、黒竜は死んで君は英雄になるって寸法や。どう? ええアイデアやと思わへん?」
男に問われたビクティムは即座に頷いていた。まさに起死回生の妙案に思えて仕方がなかったのだ。黒竜ドレフォンを殺して自身が英雄になる。そうすれば失われたドレフォン家の栄誉は回復し、謂れのない呪いを断ち切ることができる。
その日からビクティムは、フードの男と協力関係を結んだ。黒竜ドレフォンの復活に必要な生き血はフードの男が王都で集めてくれた。ビクティムは計画が外部に漏れないよう細心の注意を払いながら、心臓に生き血を吸わせ続けた。
計画は完璧に進んでいるはずだった。
なのにどうしてこのタイミングで、ルーカスが現れるのか。聡明で頭の切れる義妹の影が脳裏を過る。彼女と王の息子であれば、あるいは何らかの方法で計画を察知するのではないか。そう思えて仕方がない。
事前連絡なしに乗り込んできたのは、証拠隠滅を恐れてのことか。それとも他の目的があってのことか。
「王都での生き血集めも邪魔されてしもたし、厄介な王子やなぁホンマに」
ソファの対面に座るローブの男が肩をすくめる。
「少し予定より早いけど、ちょうどええんちゃう?」
男は真っ赤な目を細めてニヤリと笑みを浮かべた。
「英雄譚には悲劇と語り部が必要や。そうやろ?」
ビクティムもまた、釣られたように笑みを浮かべてフードの男に同意する。
悪意の発芽は目前に迫っていた。
〈お知らせ〉
本業の多忙に特典小説6本の執筆が重なってメンタル死にそうなので一週間ちょっとお休みいただきます! 次回更新は2回飛ばして5/27(火)の予定です!
そして、各所で続々と第一巻の予約がスタートしております。各店舗で上記の書下ろし特典小説や、メロンブックス様ではルクレティアのお着替えイラストのA3タペストリー付き限定版が予約受付中です!