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第146話:きゃーっ!ヒューさんのえっち!

 その後、俺の知識とレクティの経験を頼りに野草と木の実を集めて野営地へ戻った。湖に向かった面々の釣果はなかなかだったようで、夕食は焼き魚に野草と木の実のスープとそれなりのものが出来上がる。


 焚き木を囲みながら夕食を済ませ、翌朝の出発に備えて眠りにつく。火の番はクラスを五つのグループに分けて持ち回りですることになった。


 俺のグループのメンバーはルーグやリリィたちいつもの六人。順番は最後だから、他のクラスメイトたちより二時間ほど早く起きるだけでいい。睡眠時間は十分に確保できそうだ。


 テントは男女別に二つずつ。一つのテントに七人か八人が並んで眠ることになった。俺とルーグは当然同じテントで、ルーグを入り口に一番近い所で寝かせてその隣を俺が陣取る。他の男をルーグの隣で眠らせるわけにはいかないからな。


 慣れないテントで眠れるのかと少し不安だったけど、横になっていたら少しずつ意識が微睡に落ちていった。〈身体強化〉があるとはいえ、さすがに一日歩き続ければ疲労がたまっていたようだ。


 それからどれくらい夢と現実の狭間を揺蕩っていただろう。ふと意識がハッキリした時、隣に居るはずのルーグの姿がどこにもなかった。


 慌てて飛び起きてテントの中を確認するが、ルーグの姿はどこにもない。


 まさか外に行ったのか……?


 テントを出て焚火の方を見るも、そこにもルーグの姿はなかった。ちょうど火の番をしていたブラウンとアンに聞けば、ルーグは一人で湖の方へ散歩に行ったらしい。


 野営地の近くには街道も通っているし、ルーカス王子の護衛で展開している王国騎士団が見張りをしているから野盗やモンスターの心配も少ないとは思うが……。それでも夜中に一人で出歩くのが危険なことに変わりはない。探しに行こう。


 ルーグが向かった方角をブラウンたちに聞いてその後を追う。散歩なら起こしてくれたらいくらでも付き合ったんだけどな……。


 俺はすぐに眠れたけど、ルーグには難しかったんだろう。テントにはイディオットや他のクラスメイトも居たから、普段のように俺に抱き着いて眠ることもできなかったのかもしれない。


 先にとっとと寝てしまったことを悔いつつ、湖沿いに歩くこと数分。少し先の岩陰の向こうから、水が跳ねる音が聞こえて来た。水音はぱちゃぱちゃと連続している。魚が跳ねているわけではなさそうだ。


 ミスったな……。寝る前にスキルを〈忍者〉から〈発火〉に切り替えてそのまま出てきてしまった。手鏡は荷物の中だ。スキルが〈忍者〉だったら岩陰の向こうに居るのが人かそうでないかがこの距離からでも判別できるんだが……。


 クマやイノシシ、モンスターだったらヤバいよな……? 今から引き返してスキルを切り替えるか? ……いいや、ルーグがこの辺りで散歩してるんだ。引き返している間に襲われでもしたらどうする。とりあえず、正体だけでも確かめるべきだ。


 息を殺して岩陰に近づき、そしてこっそり岩の向こう側を覗き込む。





 ――そこに居たのは、月光に照らされた妖精だった。





 水面に静かに波紋が広がる。月光は鏡のような水面を照らして、水滴を含んだ金色の髪がその光の中で星のようにキラキラと輝いていた。淡い光に照らされた白磁色の肌に浮かんだ水滴は、鎖骨から胸の間を通っておへその方へ流れ落ちて行く。


 湖にたたずみ月明りのスポットライトに照らされた一糸まとわぬ姿のルクレティアは、まさに幻想の世界から抜け出て来た妖精のように美しさで、思わず呼吸すら忘れて見惚れていた俺は、彼女の紺碧色の瞳がこちらに向けられていることに気づかなかった。


「きゃあっ!?」


 ルクレティアは短い悲鳴を上げると、両手で胸元を隠して湖の中にうずくまる。それから怯えた様子で声を震わせて、「だ、だれ……?」とこちらに問いかけて来た。どうやら彼女の位置からは俺の姿がハッキリ見えないらしい。


 ど、どうする……? まさかルクレティアが水浴びをしているなんて考えもしなかった。今立ち去れば俺だとバレないかもしれないが……。


 それはあまりに不誠実すぎる。何より、ルクレティアからしたら正体不明の誰かに水浴びを見られて立ち去られたという事実だけが残るのだ。正体がバレたかもしれない。そんな不安を抱えながら校外演習をずっと過ごすことになる。


「す、すまん、ティア。俺だ……」


「ひゅ、ヒュー!? え、あの、どうして……?」


 正体を明かした俺に驚きと困惑が入り混じった声が返って来る。そりゃまあそんなリアクションにもなるよなぁ……。


「いや、その……。起きたら隣にルーグが居なくて、心配で探しに来たんだよ。そしたら水の音が聞こえて、動物かモンスターだったらルーグが危ないと思って確認しようとしたんだが…………ごめん、覗くつもりはなかったんだ」


 常習犯の言い訳みたいな言葉しか声に出せず頭を抱えてしまう。事実しか言ってないけど信じて貰えるだろうか……。


「そ、そうだったんだ。えっと、こっちこそごめんね。黙ってテントを抜け出したりして……。その、ヒューが嫌がるかと思っちゃって……」


「嫌がる……?」


 いったい何のことだろう。


「その、抱き着いたら、汗臭いかなって……」


「あ、あー……」


 なるほど、だから水浴びをしていたのか……。実は夕食前に希望者は男女別で時間を分けて水浴びをしていた。だけどルーグは事情が事情だけに男子とも女子とも水浴びをするわけにもいかず、俺と一緒に夕食作りを担当していたのだ。


 夏の日差しを浴びながら一日歩き続ければ当然汗をかく。臭いはそこまで気にならなかったけど、まあ抱き着かれたらさすがに少しは臭いを感じるかもしれないな……。


 ただ、それはお互い様だしむしろ男の俺の方が汗臭かったりしそうだが……。


「だからその、ヒューに抱き着いて眠る前に水浴びをしておこうかと思って」


「そういうことか……」


 眠る=俺に抱き着くなのはとりあえず横に置いておいて、テントを抜け出した理由はわかった。ただ、それならそうと言ってほしかったなぁ。


「言ってくれたら見張りくらいしたぞ。夜中に一人で出歩くのはさすがに不用心すぎないか?」


「えっ? 見張りならアリッサさんに頼んだよ……?」


「へっ?」


 咄嗟に後ろを振り返る。すると森の中、木々の隙間にたたずむサイドテールの女性がこちらを見てニタァと口元に弧を描いていた。


 アリッサさんは気持ちの悪い笑顔のまま後ろに下がっていき、夜の森の闇の中へと溶け消えていく。


 怖いわっ! どうやら接近してきたのが俺だと気づいてスルーしたらしい。いや、止めろよっ! 何を考えてるんだ、あの人!


 まだ暗闇からこっちを見ているのか、それとも野営地に戻ったのか……。とりあえずルクレティアが一人で夜に出歩いていたわけじゃないと知れてホッとする。


「ところで、ヒュー?」


「ん?」


「……見た?」


 何を、とまでルクレティアは言わない。俺も言われずとも察せてしまうくらいには、見てしまっている。


「申し訳ありませんでした」


「……ヒューのばか。えっち!」

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