第145話:君、生き物系ユーチューバーにならない?
二泊三日の船旅は船内作業の手伝いや清掃作業の体験などをしている内に、あっという間に過ぎて行った。当初予定されていた輸送船での移動では体験できなかっただろう豪華な食事と十分な居住空間を満喫し、予定通りに到着した港町で下船する。
ここからドレフォン大迷宮があるスペン地方までは徒歩移動だ。クラスメイトたちは期待の眼差しをルーカス王子に向けるが、王子は柔和な笑みで首を横に振る。さすがにこれ以上は甘やかして貰えないらしい。
「さあひよっこども! ここからが本当の演習の始まりッスよ! せっかくルーカス殿下がいらっしゃるんで、設定を付け加えるッス! 君たちは今から、政争に敗れて王都から逃げる殿下の護衛ッス!」
設定が縁起じゃなさすぎる……。これにはルーカス王子もその他一同も苦笑いだった。
とは言え、漠然とスペン地方を目指すよりは身が入るのも確かだ。俺たちはルーカス王子が乗る馬車を中心に隊列を組んで、スペン地方を目指して街道を歩き出した。
徒歩での移動予定は四日間。道中はずっと歩きっぱなしになるわけだが、歩き始めて三時間ほどで既に限界を迎えつつある少女が居た。
「だいじょうぶ、リリィ?」
「え、えぇ。これくらい、なんてことないわ……!」
ルーグが心配気に尋ねると、リリィは切れた息の隙間から声を絞り出すように答える。汗が頬を伝って滴り落ち、歯を食いしばっているのが表情からも伝わってきた。
途中で休憩時間が設けられているとは言え、この調子じゃもたなさそうだな……。
アリッサさんに言えば資材運搬用の馬車に傷病者扱いで乗ることは出来る。だけどそれはリリィのプライドが許さないだろう。本当にぶっ倒れるまで意地でも歩き続けてしまいそうだ。
「リリィ、せめて荷物だけでも俺が持つよ。貸してくれないか?」
「ありが、とう、ヒュー……。けど、結構……よっ」
意固地になってるなぁ、これは。荷物さえなければ少しは楽になるだろうと思ったんだが……仕方がない。
「リリィ」
「なに、よ……?」
「リュックにでかい虫がついてるぞ?」
「きゃぁああああああっ!?」
リリィは悲鳴を上げて背負っていたリュックを放り出した。何事かと前を歩いていたクラスメイト達が振り返る中、俺は何食わぬ顔でリリィのリュックを拾いあげて歩き続ける。
俺の態度を見て察したんだろう。リリィが血相を変えて俺を追いかけて来た。
「だ、騙したわね!? 虫なんてどこにも居ないじゃないっ」
「リュックを落とした時に飛んで行ったんだよ。それより、荷物はこのまま俺が持って行くからな?」
「……もぅ、強引なんだから」
リリィは拗ねたように唇を尖らせ、肘で優しく小突いて来る。それを甘んじて受けつつ、何度かの休憩を挟んで歩き続けること数時間後。夕暮れ前には野営予定地に辿り着いた。
「お疲れ様です、リリィちゃんっ」
「ありがとう、レクティ。肩を貸してもらって悪かったわね」
「いえいえっ。これくらいどうって事ないですっ!」
途中からリリィを支えながら歩いていたレクティは笑顔でリリィを労う。彼女の〈聖女〉スキルは〈身体強化〉を内包している。スタミナや運動能力はクラスでもトップレベルだ。
「ヒューもありがとう。最後まで荷物を持ってもらえて助かったわ」
「困った時はお互い様だ。リリィにはいつも助けて貰ってるからな」
「ふふっ、これ以上私を好きにさせてどうするつもりかしら?」
リリィは微笑みながら荷物を受け取る。目的地に着いてようやく調子を取り戻したようだ。隣でルーグがムスッとしているから、リリィの発言はとりあえずスルーしておこう。
「休んでる暇はないッスよ、ひよっこどもーっ! さっさと野営の準備に取り掛からないと夜になっちゃうッスからね! 設営班と食料調達班に分かれるッス!」
アリッサさんの呼びかけに応じ、俺たちはそれぞれ野営の準備をする設営班と食料調達班に分かれることになった。班分けはアリッサさんによって行われ、俺はレクティと共に食料調達班に振り分けられる。
「頑張ろうな、レクティ」
「はいっ!」
レクティは気合が入った様子で胸の前でギュッと両手を握りしめた。
野営地は街道から少し離れた小さな丘の上で、近くには森と湖がある。同じく食料調達班に振り分けられたイディオットやロザリィたちが湖へ釣りに出掛けて行ったので、俺とレクティは人手の少ない森に入ることにした。
プノシス領のド田舎で育ったおかげで食べられる野草や木の実、キノコ類には覚えがある。ざっと見た感じ、自生している植物はプノシス領とほとんど変わらなさそうだ。
とりあえず湖で魚が釣れるのを期待して、ノビルのような臭み消しに使える野草を探そうか……なんて考えていると、
「ヒューさん、さっそく食料を見つけました!」
なんてレクティの声が聞こえて来たので振り返る。どこか得意げなレクティが手に掴んでいるのは、ちょっと大きめのセミだった。
えーっと……。
「食べるのか、セミ……?」
「はいっ。苦くて美味しくないですけど、お腹は壊さないです!」
「そ、そっか」
レクティにとっての食料って、お腹を壊すかどうかなんだろうな……。過酷な環境で育った彼女の半生が垣間見えた気がする。
セミ……セミかぁ。子供の頃は野山を駆け回って虫取りに明け暮れていたけど、さすがに食べようとしたことは一度もなかったなぁ。
他に食べるものが何もないような極限状態ならともかく、森の中に食べられそうな物はいくらでもある。セミなんて持ち帰ったらクラスメイトからレクティが白い目で見られてしまいそうだ。
「あー……、イディオットたちが魚を取って来てくれるはずだから、俺たちは付け合わせの野草を探さないか? セミは好き嫌いが分かれると思うから今回はやめとこう。リリィも虫は苦手そうだしな」
「あ、そうですねっ」
レクティがパッと手を離すと、セミは逃げるようにどこかへ飛んで行った。ふぅ、なんとか張り切っているレクティのやる気を削がずに軌道修正できたな。
「ヒューさん、この草は食べられる草ですよ! ちゃんと甘くて美味しいです!」
「へぇ、甘い草なんてあるのか」
「はいっ。食べたら半日くらい手足が痺れて動けなくなりますけど」
「……うん、食べて無事だったやつだけ教えてくれ」