第143話:リリィ「私にもキラキラがみえる」
「ぎも゛ぢわ゛る゛い゛でずわ゛ぁ゛」
船の手すりから身を乗り出し、ロザリィが胃の中身をオロロロと海にぶちまける。
「うぷっ。ろ、ロザリィさま、気をたしかに……!」
そんなロザリィの背中をさするシセリーさんの顔色も青く、時折ロザリィと揃って手すりから身を乗り出していた。
巨大な湖であるリース湖は水上に波が存在する。船が大きく揺れるということはないのだが、小さな揺れでも船酔いを誘発するには十分だったらしい。ロザリィやシセリーさんだけでなく、デッキのそこかしこでクラスメイトたちがグロッキーな状態になっている。
「り、リリィちゃん大丈夫ですか……?」
「ふ、ふふっ。世界がぐるぐる回って、あぁ、ヒューが三人もいるわ。これならみんな一緒にあいてしてもらえるわねふふふ」
「リリィちゃああああんっ!? 〈ヒール〉〈クレンズ〉っ!」
桶を抱えて座り込んだリリィが幻覚を見始めていた。レクティが必死に〈ヒール〉や〈クレンズ〉をかけているが、果たして船酔いに効果あるんだろうか……。
出航してすぐはみんな船のデッキに上がって離れていく港や風景を眺めるなど船旅を楽しんでいたのだが、気づけばこの有様だ。
俺とルーグはデッキの日陰になっている所に腰を下ろしてその惨状を眺めていた。
「ルーグは船酔い大丈夫そうか?」
「うんっ。ヒューも平気そうだね?」
「ああ、これくらいの揺れなら問題ない。実家に居た頃に近所の湖に船を浮かべて一日ずっと釣りをしてたんだ。それで揺れに慣れたのかもな」
「へぇー、楽しそう。ボクも釣りやってみたいなぁ」
「じゃあ今からやるか?」
釣り竿くらいなら王家専用の船でも置いてあるはずだ。船員さんに借りてこようと思って立ち上がろうとしたら、ルーグに袖を引っ張られる。
「ううん、今はいいよ。そうじゃなくて……、ヒューの故郷で一緒に釣りがしてみたいなぁって思ったの。……だめ?」
「ダメなわけあるか。やろう、釣り。絶対に」
ルーグをいつ故郷に連れ帰れるかわからないけど、その願いは絶対に叶えよう。湖に小舟を浮かべて、二人で釣り糸を垂らす。ゆっくりと過ぎていく時間を楽しんで、たとえ魚が一匹も釣れなくてもそれはそれできっと笑いあえるはずだ。
そういうのどかな日々を、君とずっと一緒に過ごしたい。
…………これ、告白の台詞としてめちゃくちゃアリなのでは?
今か、今がそのタイミングなのか!?
「ああ、みえる。光がみえるわ、レクティ。キラキラ、うふふ」
「リリィちゃん!? しっかりしてください、リリィちゃーんっ!」
……うん、今じゃないな。
リリィが本格的にヤバそうだ。さすがにのんびり眺めているわけにはいかず、ルーグと共にリリィの元へ駆け寄る。リリィをお姫様抱っこして、部屋に運ぶことにした。
ベッドに寝かせてレクティが〈ヒール〉と〈クレンズ〉を交互にかけ続けている内に安らかな寝息が聞こえて来る。これでひとまず落ち着いただろうか……。
「あ、ようやく見つけたッス。ちょっといいッスか、ヒュー少年?」
開きっぱなしになっていた扉の向こうからアリッサさんに呼びかけられる。リリィのことはレクティに任せ、俺とルーグはとりあえず部屋の外へ出ることにした。
「何かありましたか?」
「殿下がヒュー少年をお呼びッス。今の内に話しておきたいことがあるとかなんとか」
「ルーカス王子が……? わかりました」
もしかして校外演習に同行した理由を自分から話してくれるんだろうか。だとしたら聞きに行く手間が省けて助かるが、どうだろう。
「あ、あのっ。ボクも一緒に行っていい……ですか?」
ルーグがアリッサさんに尋ねる。アリッサさんは「どうッスかね……」と腕を組んで首をひねった。しばらく悩んだのち、
「まあダメッて言われてないんで良いと思うッスよ」
「ありがとっ、アリッサさん!」
ルーカス王子なら俺の傍にルーグが居ることは想定しているだろうし、ルーグに聞かせられない話ならあらかじめアリッサさんに連れて来ないよう指示をしているはずだ。その指示がなかったということは、ルーグが同席しても構わないということなんだろう。
俺とルーグはアリッサさんの案内で船の後方へ向かった。ルーカス王子が居る王族専用の船室までの通路は学園で見かけた王国騎士団が厳重に警備している。そこを素通りし、通路の突き当りにある他とは違う豪奢な作りの扉をアリッサさんがノックした。
「殿下、ヒュー少年とルーグ少年を連れて来たッス」
『入ってくれ』
返事を確認してアリッサさんは扉を開いた。
王族専用だけあって俺たちにあてがわれた船室とは比べ物にならない程広々とした室内。内装も豪華で壁にはいくつもの絵画が飾られ、床にはふかふかの赤い絨毯が敷かれている。
船の最後方に位置するこの部屋の大きな窓からは、船が進んだ後に残る航跡波がよく見えた。
そんな船室のソファにルーカス王子はリラックスした様子で座っている。その隣にはメイド服姿のメリィがもりもりとクッキーを頬張りながら座っている。……リスみたいな子だな。
「やあ、来たね。二人とも、とりあえず座りなよ。クッキーは……まだ少しだけ残っているから」
「このクッキー、とっても甘くてサクサクでおすすめなのですっ!」
「う、うん。ありがと、メリィちゃん」
メリィからクッキーをすすめられたルーグは困ったような笑みを浮かべてお礼を言う。皿の上で山積みになっていただろうクッキーは、既に残り六個となっていた。
とりあえず小皿に三個ずつとりわけてもらい、俺とルーグは二人の対面のソファに腰を下ろす。
本題に入る前にアリッサさんが淹れてくれた紅茶で喉を潤し、クッキーを口に運ぶ。うん、確かに甘くてサクサクだ。
「美味しいね、メリィちゃん」
「メリィのお気に入りですっ!」
メリィはどやぁと胸を張り、手に持っていた最後のクッキーをもぐもぐと頬張る。ルーグも同じようにクッキーを口に入れてもぐもぐしていた。
似てるよなぁ、やっぱり。
初めて会った時、一緒に居たリリィがルクレティアと見間違えただけのことはある。髪型と化粧で似せていたとは言え、幼馴染のリリィですら判別できなかったんだからよっぽどだ。今はことさら髪色も銀髪と灰色髪で近いから、まるで姉妹のように見えてしまう。
どれくらい似ているかで言えば、レクティとティーナくらい似ているんじゃないか?
「あぅ……。なくなっちゃったです、クッキー」
クッキーを食べ終えたメリィがしょぼんと肩を落とした。右手の人差し指を唇に当てながら視線を彷徨わせて、俺の目の前に置かれた小皿を物欲しそうに見つめる。クッキーは俺の小皿の上に二個だけ残っていた。
「あー……、食べるか?」
「い、いいのです?」
「うん、いいよ」
俺がクッキーを差し出すとメリィはぱぁっと満面の笑みを浮かべた。
「ありがとですっ」
メリィはクッキーをまたもぐもぐと食べ始める。その表情はとっても幸せそうだ。
……ホントは食べたかったんだが、あんな顔で見られちゃ仕方がない。この幸せそうな表情が見られただけで良しとしておこう。
ふと、視線を感じて隣を見るとルーグがふわりと微笑んでいた。
「ヒューって子供が出来たらものすごく甘やかしそうだよね」
「そ、そうか?」
「うん。いいお父さんになると思うよ?」
ルーグがどんな意図でそう言ったのかはわからない。
気になるけど、聞くのはやめておこう。
……お義兄様がめちゃくちゃ複雑そうな表情を浮かべているのに気づいてあげてくれ。
【書籍化情報】
オーバーラップ文庫様より6/25第一巻発売です!
カクヨムの近況ノートの方でヒューやルーグのキャラクターデザインを許可頂いて公開してますので、もしよかったら見に来てください(*´ω`)
https://kakuyomu.jp/users/KT02/news/16818622174195186071
引き続き「洗脳スキルで異世界無双!?」を宜しくお願いします!