第142話:出航~っ!
ルーカス王子の同行という特大のイレギュラーは発生したものの、校外演習は予定通りの行程で実行される事になった。
まずは用意された馬車に乗り込み、学園から王都の港湾地区へ向かう。スペン地方は王都からリース湖を挟んで対岸にあるため、今日から三日間は船での移動だ。
「それにしてもビックリしましたわ。まさかルーカス殿下がお越しになるだなんて!」
動き出した馬車の車内でロザリィが驚きの声を上げる。
馬車には俺とルーグとリリィ、レクティ、イディオット、ロザリィのいつもの六人が乗っていた。座り順は俺を挟んで左にルーグ、右にイディオット。対面に俺から見て左からリリィ、レクティ、ロザリィの順だ。ちょうど男女で半々に別れて座っている。
「皆様もご存知ではなかったのですわよね?」
「……ええ、一言も聞かされていなかったわ」
ロザリィの問いに答えたリリィは窓枠に右肘を置いて頬杖を突きながら答える。そして左手は隣に座ったレクティの右手をキュッと握りしめていた。レクティは首を傾げつつも、少しばかり嬉しそうに口元が緩んでいる。
「ヒューも何も聞かされていなかったのよね?」
「ああ、まったく」
ロアンさんから匂わせはされていたものの、さすがにこんな展開になるなんて予想できるわけがない。
「しかし、大丈夫なのだろうか。スレイ殿下が脱落し、王位継承権争いはもはやルーカス殿下とブルート殿下の一騎打ちだ。そのような状況とタイミングで一か月近く王都を留守にするのはいささか不用意ではないか?」
「いささかどころではないでしょうね。王都にはお父様と、さっき姿が見えなかったからロアン副団長も残っているのかもしれないけれど……。それでも、ブルート殿下に対して隙を見せる事になるのは間違いないわ」
「そうだよな……」
ルーカス王子にしては行動が迂闊と言うか、それすらも何かの計略なんだろうか。あえて隙を見せる事でブルート殿下を策に嵌めようとしている……とか?
「何より問題なのは、向かう先がスペン地方という事だ。これではせっかく支持を取り付けた貴族たちが再び離れかねないだろう」
「スペン地方に何かありますの?」
「ルーカス殿下の母君はドレフォン家の生まれなのだ」
「……っ」
イディオットの言葉に、隣に座るルーグが息を呑んだのを感じる。
「ドレフォン家……、なるほどですわ」
ロザリィもドレフォン家と黒竜ドレフォン、それにまつわる呪いについては知っているんだろう。
「未だにドレフォンの呪いを理由にルーカス殿下を支持しない貴族は少なくないと聞く。彼らが一斉にブルート殿下の支持に回れば、王位継承権争いはブルート殿下側に傾きかねん。ブルート殿下にとっては格好の攻撃材料だろう。それがわからないルーカス殿下ではないと思いたいが……」
「真意は本人に聞いてみない事にはわからないだろうな」
素直に教えてくれるかはともかくとして、ここで話し合っていても答えが出る事は無さそうだ。そう思っての発言だったのだが、
「そうね。じゃあ頼んだわよ、ヒュー」
「へっ? 俺が聞きに行くのか?」
「当たり前でしょう。他に誰が居るのよ」
「うむ。君にならルーカス殿下も真意を話してくださるかもしれないな」
「いや、まあ、別にいいけど……。あまり期待はしないでくれよ」
この中で一番ルーカス王子に質問しやすいのが俺なのは確かだろう。話せるタイミングがあればダメもとで聞いてみるか……。
そんな話をしている内に、馬車は王都の港湾地区に差し掛かった。早朝の時間帯でもこの辺りは随分と活気がある。リース湖で漁業を営む漁師たちや、魚のセリに参加する商人たち、そして湖上輸送に従事する物流関係者などなど。静かだった学園周辺とはまるで違う光景が広がっている。
馬車はやがて港に停泊している一隻の船の近くで停車する。
「でっけぇ船ですわぁーっ!」
馬車から降りてすぐ、船を見上げたロザリィが感嘆の声を上げた。
おお、これは確かに……! ロザリィが叫んでしまうのも頷ける。俺たちの前に停泊していたのは、全長が百メートルくらいある大型帆船だ。船体には白と水色と随所に金色があしらわれている。
「これ、王家が所有するプリンスオブリース号よね……?」
「噂に聞く王族専用の大型船か……。僕も初めて見た」
「俺たちってこれに乗って移動するのか……?」
周囲を探してみるが、港に停泊しているのはこの一隻だけだ。と言うかこの港自体が、もしかするとこの船専用だったりするのかもしれない。
馬車が続々と到着し、降りて来た他のクラスメイトたちも呆気に取られている。今回の校外演習に同行する冒険者たちも似たような反応だった。
やがて最後に到着した馬車からルーカス王子とアリッサさんが降りて来る。
「みんな揃っているかい? 演習に同行させてもらうにあたって、僕の方で船を用意させもらった。リース王家の名に懸けて君たちに快適な船の旅を約束しよう」
「本来なら劣悪な輸送船の環境を楽しく体験するはずだったんスけどねー……。これじゃ演習にならないッスよぅ」
肩を落として溜息を吐くアリッサさんをしり目に、クラスメイト達からはルーカス王子に対して大きな歓声が上がる。そりゃまあ、劣悪な輸送船の環境を体験するか王家専用帆船で快適な船旅を体験するかを天秤にかければ結果は明らかだ。
ルーカス王子を先頭に、さっそく俺たちはプリンスオブリース号に乗り込む。まず案内されたのは客室だった。
船員用のベッドが二つ置かれただけの簡素な部屋ではあったが、個室というだけでありがたい。寮の部屋割りを元に二人一組で部屋が割り当てられて行き、俺とルーグは当然のように同じ部屋になった。
もしかしてルーグの正体が露見しないように、わざわざ同行したのか? いや、それにしてもさすがに大袈裟すぎる。
それに、王家専用の船を使うってことは、ルーカス王子は大手を振って堂々と王都から出て行くつもりのようだ。ブルート殿下に隠れて行動しているわけじゃなさそうだな……。
部屋に荷物を置いてしばらく経った頃、船室の窓の外の景色がゆっくりと動き始める。
それから一時間後。
まさか船内が、こんな地獄絵図になるなんて……。