第138話:レクティのミニスカメイドみたくないやついる!?いねーよなぁ!?
……いやまあ、ティーナが何かしらの事情を抱えていて、レクティがそれを察したというのは何となくわかる。ティーナの気持ちがわかるとは、きっとそういう意味だろう。
「それにしても偶然だな、街中でばったり出くわすなんて。今日は依頼を受けてるわけじゃないのか?」
「ええ、まあ。実は王立学園からの帰りなんです。明日からの打ち合わせと、担当するダンジョンの確認がありまして。僕とティーナは『ドレフォン大迷宮』に向かうクラスを受け持つことになりました」
「マジか!? それ、俺たちのクラスだ」
「そうみたいですね」
リューグに驚いた様子はなく、俺の言葉をさらりと受け流す。事前にクラス名簿を貰って知っていたんだろう。なんか俺だけテンションが上がってちょっと恥ずかしい。
何にせよ、同行する冒険者が知り合いなのは心強い。
「明日から宜しくお願いします、ヒューさん」
「こちらこそ世話になるよ。ティーナもよろしくな」
「う、うんっ、がんばるっ!」
ティーナはどこか恥ずかしそうにはにかみながら胸の前で両手の拳をギュッと握る。以前出会った時のどこか飄々とした雰囲気はすっかり霧散していた。どことなく緊張しているように見えるのは気のせいだろうか。
「あの、ヒューさん。ヒューさんさえよければ、お二人をランチに誘ってもいいですか?」
「え? ああ、それはもちろん」
レクティに尋ねられ快諾する。俺もちょうど同じことを考えていたし、断る理由もない。ただ、レクティが自分からそういう提案をするのは少し意外だった。
俺とレクティのやり取りは聞こえていただろうから、そのまま「どうだ?」と二人に投げかける。
リューグとティーナは互いに顔を見合わせ、
「すみません、せっかくのお誘いなんですが……」
「さっきお腹いっぱい食べて来ちゃった。ごめんね、ヒューさん、……レクティ、さん」
「そっか。それなら仕方がないな」
満腹の相手をわざわざ付き合わせるのも忍びない。それに二人とも、学生の俺たち以上に校外演習の準備で忙しいだろう。
「明日からはしばらく一緒ですから、次の機会にぜひ」
「ああ、もちろん。その時には他のクラスメイトも紹介するよ」
「楽しみにしています。それでは、僕らはこのあたりで」
失礼します、とリューグはティーナと共に俺たちが来た方角へ去って行く。
「また明日、ティーナちゃん!」
レクティに呼びかけられたティーナは振り返って気恥ずかしそうに手を振った。
二人の姿が王都の雑踏に消えるまで見送り、俺たちも踵を返して歩き出す。
それにしても、まさか王都のど真ん中でリューグたちに会うとは思わなかったな……。ただ、一番驚いたのはやっぱりティーナがレクティに抱き着いていた事だ。可愛かったからついなんて言っていたけど、あれが噓なのはさすがにわかる。
「レクティ、ティーナに抱き着かれていた時なんて言ったんだ?」
ちょうどスキルを〈忍者〉から〈鑑定〉に切り替えたばかりだったから、レクティの声は聞き取れなかった。気になって尋ねると、レクティは少し困った表情を見せる。
「えっと、ティーナちゃんが震えていたので『大丈夫ですよ』、と。状況は飲み込めなかったんですけど、安心させてあげなきゃと思ったので……」
「そうだったのか……」
「ティーナちゃん、もしかしたらわたしにお母さんの姿を重ねたのかもしれません。わたしに抱き着いて来る直前に『お母さん……』と呟くのが聞こえて。もしかしたら、ティーナちゃんのお母さんはもう……」
「…………色々と複雑な事情がありそうだな」
リューグとも腹違いの兄妹だと言っていたし、親元を離れて二人きりで冒険者をしているのにも訳があるんだろう。もしレクティの予想が正しかったなら、両親を失っているレクティには確かにティーナの気持ちがわかるのかもしれない。
それにしても、レクティが『お母さん』か……。あんまり想像は出来ないけど、確かにティーナとレクティは似ていたから、きっとティーナの母親はレクティにそっくりの美人で可愛い人だったんだろう。
それからしばらく歩いて、俺たちは通り沿いにあったカフェに入る事にした。以前、ルーグやリリィたちと四人で立ち寄った事のあるカフェの二号店のようだ。店内のレイアウトは似通っていて、販売されているドリンクやサンドイッチも同じだった。
「レクティ、付き合ってくれたお礼にここは俺が出すよ。好きなものを選んでくれ」
「いいえ、ヒューさんっ。むしろここはわたしが出します! プレゼントの選択肢を狭めるようなことはしちゃダメですっ」
「え、いや、でも……」
レクティって無一文だよな? バイトをしているって話も聞いた覚えがないが……。
「大丈夫です。お金ならここにあります」
そう言ってレクティはスカートのポケットから巾着袋を取り出す。
「リリィに借りて来たのか?」
「前借りですっ。実は夏休みにリリィちゃんのお屋敷でお給仕のアルバイトをする事になっていまして、そのお給金をかなり早いですが貰って来たんです!」
「な、なるほど……」
リリィの奴、さてはレクティにメイド服を着せて自分だけ楽しむつもりだな……?
俺もレクティが働いている間にお邪魔させてもらうか……。いや、決してレクティのメイド服姿が見たいってわけじゃなく、理由はちゃんとある。
王立学園の夏休みは二か月とかなり長い。とは言え、俺の場合は故郷に帰ろうにもプノシス領までは馬車で片道一か月。往復の移動だけで夏休みが潰れてしまう。そうなると学園に残らなくてはいけないわけで、二か月という長期休暇の過ごし方を考える必要があるのだ。
毎日寮の自室でだらだら過ごすのは退屈だし、ルクレティアと二人きりはさすがに不味い。退屈に耐えかねて一線どころか二線三線越えかねない。夏休みを有意義に過ごすためにも、外出は積極的にするべきだ。
と言うわけで、ピュリディ家のお屋敷にお邪魔するのは至って当然の帰結であり、そこでレクティがメイド服姿で働いていたとしてもそれは偶然と言うか何というか以下略。
「わかった、そういう事なら甘えさせてもらうよ」
「はいっ。どうぞ、好きなものを選んでくださいっ!」
レクティに促され、俺はとりあえず前回と同じサンドイッチとドリンクのセット、それから追加でクロワッサンを頼んだ。遠慮するべきかと迷ったけど、注文を聞いたレクティが嬉しそうに微笑んでいたからきっと正解だったんだろう。