第137話:ちがう、そうじゃない
「ちなみにレクティが誕生日に貰って嬉しいプレゼントってどんな物なんだ?」
「えっ? わ、わたしですか? えっと、その……」
レクティは両手の人差し指をツンツンと合わせながら、頬をほのかに赤く染めて俺を上目遣いで見上げる。
「ヒューさんから貰えるプレゼントなら、何でも嬉しい……ですっ」
「お、おう。そうか……」
面と向かって言われるとさすがに気恥ずかしいな……。
「な、何の参考にもならなくてごめんなさいっ。で、でも、たぶんルーグさんも同じ気持ちなんじゃないかなって。ヒューさんのプレゼントなら、何でも喜んでくれると思いますっ」
「……そうだな。そうだと嬉しいよ」
よほど変なプレゼントを贈りでもしない限り、ルクレティアがプレゼントに喜ばない姿は想像できない。ちょっと自意識過剰かもしれないが、それくらい愛されている自覚はあるんだ、うん。
ただ、だからこそ思ってしまう。
「せっかくなら、ルーグが一番喜ぶプレゼントがしたいかな」
「……婚約指輪?」
「それはさすがに気が早い」
ボソッと呟いたレクティに思わずツッコミを入れてしまった。
俺に聞かせるつもりはなくただ思った事を口にしてしまったんだろう。レクティは目を丸くして両手で口を押える。
もちろんいずれはって気持ちはあるけど、お互いに立場があるし、ルーカス王子との約束もある。というか、まずは告白するところからだ。好きだってちゃんと伝えなきゃ何も始まらない。
そう言う意味では指輪も選択肢の一つか……?
前世だと告白と一緒に指輪のプレゼントなんて激重すぎてドン引かれそうだけど、この世界だと選択肢としては意外とアリなのでは? 他のどんなプレゼントよりも、俺の気持ちはハッキリと伝わるだろう。ルクレティアも指輪なら間違いなく喜んでくれるはずだ。
「レクティ、婚約じゃない普通の指輪のプレゼントってどう思う?」
「素敵だと思いますっ。……あっ、けど」
「けど?」
「予算、大丈夫ですか……?」
「あー……」
依頼に協力した報酬としてリューグからそれなりの金額を渡されはしたが、さすがに貴族向けのアクセサリーショップで指輪を買えるほどじゃない。
予算的にアクセサリー類は露店などで安い物を探すしかないけど、露店の品は粗悪品やいわく付きの品、果ては盗品の可能性だってあり得る。そんなものをルクレティアに身に着けさせるわけにはいかない。
使うしかないな、奥の手を。
「レクティ、少しだけここで待っていてくれないか?」
「ふぇ? あの、どうかしたんですか……?」
「あーっと……」
大丈夫だとは思うがいちおう警戒し、立ち止まってレクティの耳元へ顔を持って行く。
「スキルを切り替えて来ようと思うんだ。すぐに戻って来るよ」
「ひゃ、ひゃいっ! 待ってまひゅっ!」
顔を真っ赤にしたレクティが声を裏返らせながら返事をする。少しばかり距離が近すぎたかもしれない。
レクティから離れ、俺はすぐ近くの裏路地に入った。周囲にひと気がなくなったことを確認し制服の胸ポケットから手鏡を取り出して、スキルを〈忍者〉から切り替える。
「洗脳解除。ヒュー・プノシス、お前のスキルは〈鑑定〉だ」
かちり、と脳内でスキルが切り替わった感覚があった。
スキル:鑑定Lv.Max ……あらゆる物品の真贋を見極める。
試しに手に持っていた手鏡にスキルを使うと、視界に手鏡に関する情報が浮かび上がる。品質C、貴重性D、適正価格……は買った額よりやや低いか。なるほど、製作者名や所有者名、素材までわかるみたいだ。
レチェリーの件で〈鑑定〉スキル持ちの貴族が筆跡を判断していたけど、それはおそらく製作者名を見ていたんだろう。これは確かに、偽造をすれば一発でバレる。〈洗脳〉スキルで書かせていなかったらアウトだったな……。
まあとにかく、これなら露店でも安心してプレゼントを探せそうだ。
そう思ってレクティの所へ引き返そうとした矢先、
「きゃぁっ」
通りの方からレクティの短い悲鳴が聞こえて来た。
「レクティ!?」
俺は弾かれるように走り出しレクティの元へ急ぐ。慌てて裏路地から通りへ出た俺の視界に飛び込んできたのは、
――ティーナにぎゅーっと抱き着かれているレクティの姿だった。
「へ?」
予想外の光景に素っ頓狂な声が出てしまう。ティーナはレクティの首元に顔を埋めるような感じでレクティに抱き着いていて、抱き着かれたレクティは両手を空に彷徨わせながらアメジスト色の瞳をパチパチと瞬かせている。その表情に浮かぶ感情は困惑しかない。
「こ、こらっ、何やってるんだティーナ!?」
そして二人の傍には血相を変えたリューグが立っていた。ティーナを強引にレクティから引き離すか否かを迷っている様子だ。
「えーっと、これはどういう状況なんだ……?」
「あっ! と、ヒューさんっ!? えっと、これは……妹がすみませんっ!」
状況を尋ねるとリューグは頭を下げて平謝りに謝る。
「す、すぐに引き剥がしますんで! ティーナ、いい加減にするんだ!」
「ま、待ってくださいっ」
レクティからティーナを引き剥がそうとしたリューグを制止したのは、抱き着かれている当人のレクティだった。彼女は依然として抱き着いているティーナの背中を、優しくさするように手を回す。
それからティーナの耳元で何かを囁き、二人はしばらく互いに抱きしめあい続けた。
状況はまったく飲み込めていないのだが、なぜだか邪魔しない方が良い気がしてくる。
ちらりとリューグの様子を見ると、彼は今にも泣きだしそうな顔で二人の様子を見つめていた。……もしかして、レクティとティーナの容姿が似ている事に何か関係があるんだろうか。
ティーナを初めて見た時に感じた誰かと似ているという感覚。こうして抱き合っている二人を見て、その誰かがレクティの事だったと理解する。背はティーナの方が高いし、髪色もティーナの方が色素は薄く白に近い。ただ、細かな顔立ちや時折見せる表情がどことなくレクティに似ていたのは間違いなかった。
生き別れの姉妹? いやいや、従妹とか、親戚だったりするんだろうか? まさか未来から来たレクティの娘……はさすがに発想が飛躍しすぎだな、うん。前世で子供の頃に見ていた猫型ロボットのアニメじゃあるまいし。
見守ること三十秒くらい。やがて満足したのか、ティーナがゆっくりとレクティから離れる。目尻に浮かんだ涙を拭い、誤魔化すように笑みを浮かべる。
「ごめんなさい、可愛すぎてついつい抱き着いちゃった」
誤魔化すようにてへっと舌を出すティーナに、リューグは呆れた様子で頭を抱える。まったく言い訳になっていないが、深く追求するのも野暮だろうか……。
「えっと、ヒューさん。お知り合いですか?」
「ああ、うん。冒険者のリューグとティーナだ。前にイディオットと冒険者ギルドに行った時に世話になったんだよ。俺たちのクラスかわからないけど、明日からの校外演習にも学園の依頼で参加するらしい」
「そうなんですね。レクティって言います。宜しくお願いします」
ぺこりと頭を下げたレクティに慌てた様子でリューグが頭を下げ返す。
「こ、こちらこそ宜しくお願いします! 先ほどは妹が大変な失礼をしました。なんとお詫びすればいいか……」
「い、いえいえっ! ちょっとびっくりしましたけど、大丈夫です。ティーナ……ちゃんの気持ち、わかるような気がしますから」
「そ、そうですか……?」
「はい」
レクティはふわりと微笑んでティーナに視線を向ける。当のティーナは頬を赤くしてスッと視線を逸らした。
……レクティ、街中で可愛い女の子を見つけて思わず抱き着いてしまう気持ちがわかっちゃうのか。ちょっと意外だった。