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第135話:暇ですが、なにか?

 廊下に出ると、ロアンさんはついて来いと手で合図をして歩き出した。俺は駆け足でその後を追い、彼の隣に並び歩く。


「邪魔して悪かったな、ヒュー」


「いえ。それよりも、ロアンさんがどうしてここに? 騎士団の訓練中ですか?」


「いんや、今日は殿下の使いだ。いつもならアリッサに行かせるんだが、忙しいって断られちまってな」


「なるほど……」


 アリッサさんはここ数日、校外演習の準備で何かと忙しそうにしていた。その上、今はルクレティアの護衛としてピュリディ家の屋敷に居るはずだ。とてもじゃないがこっちに顔を出す余裕はなかっただろう。


 ちなみにルクレティアがなぜピュリディ家の屋敷に居るかというと、リリィが色々と俺に気を利かせてくれた結果だった。ルクレティアの誕生日プレゼントを買いに行きたいと相談したところ「それならティアの事は私に任せてちょうだい」と引き受けてくれたのだ。


 今頃、校外演習の準備という名目でピュリディ家お抱えの商人から色々と品物を見せて貰っている頃だろう。夕方頃までは時間を作ると言ってくれていたから、俺はこの後レクティに付き合ってもらいプレゼント探しをする予定だ。


「この辺でいいか」


 ロアンさんが立ち止まったのは同じ階にある談話スペースだった。周囲に人の気配はなく、シンと静まり返っている。かすかに聞こえてくるのは、隣接した訓練場で発せられる王国騎士団の掛け声だけだ。


「殿下からマリシャスの尋問結果を伝えてやれって言われてな」


「何かわかったんですか……?」


「ああ。得られた情報は少ねぇが、それすらも一つの手がかりだ。まず、マリシャスが示していた聖女への異様なまでの執着。これは()()()()()()()()()ものだろうよ」


「……やっぱり」


「マリシャスは昔から、神授教の教えに疑念を抱いていたらしい。神は人にスキルを与えるばかりで、他は試練や災厄ばかり。聖典で人を本当の意味で救おうしたのは聖女だけだ。聖女こそ信奉するに相応しいってな感じでな」


「まあ、言いたいことはわからないでもないですが、思いっきり異端思想ですよね」


「ああ。だから考えはするものの、実際に何か行動に移したり誰かに話したりした事は一度もなかったんだとよ」


「……それがいつの間にか、そうじゃなくなった?」


「きっかけは大聖堂に一人の男が訪ねてきた事だったらしい。その男は真っ黒なフード付きのローブを着ていて、顔はほとんど見えなかった。ただ、赤い瞳だけはハッキリと覚えているようだ」


「……レチェリー公爵邸に出入りしていた商人と同じか」


「今となっちゃ商人かどうかも怪しいが、殿下も同一人物と見ている。モンスター化の薬もその男から渡されたらしい。マリシャスはそれを、スキルを覚醒させる薬だと信じ込まされていたようだな」


「信じ込ませる……」


 確かにマリシャスはロザリィがモンスター化するその瞬間まで、モンスター化の薬がスキルを覚醒させるものと信じて疑っていなかった。それが何らかのスキルによって信じ込まされた結果なのだとしたら、そのスキルはいったい何なんだ……?


 リリィとイディオットに協力してもらい試したスキルや、ルーグ達にも協力してもらって図書館で調べたスキルの中にそれを可能にできそうなスキルはない。まったく未知の、人を操るスキルか……。


「男の行方は騎士団でも追っちゃ居るが、今のところ大した情報は得られてねぇ。事が事だけに大っぴらな捜索も出来ねぇから発見は期待薄だな」


「俺は変わらず待機ですか?」


「お前さんのスキルが何なのかは知られねぇが、自分から仕事を増やす必要はねぇさ。王位継承権争いもここからが本番だ。仮にお前さんのスキルで男を見つけたとして、本腰を入れて対応できるほど殿下も余裕があるわけじゃねぇしな。……それに」


「それに?」


 ロアンさんは一度言葉を区切ると、いかにも面倒くさそうに溜息を吐く。窓ガラスにはロアンさんの苦虫を嚙み潰したような表情が反射して映っていた。


「どうも気持ちわりぃんだよな。理解が出来ねぇって言うか、目的が分かんねぇって言うかよ。奴はマリシャスを操って何がしたかったんだ……?」


「……ロザリィをモンスター化させるのが目的……じゃなさそうですよね」


 だとしたら余りにも回りくどすぎる。人を操るようなスキルを持っているんだ。わざわざマリシャスを経由せずとも、自分でロザリィを操って薬を飲むように仕向ければいい。


 それが出来ない制約がスキルにあるのか……? いいや、だとしてももっと簡単な方法はいくらでもありそうだ。ロアンさんが感じる気持ち悪さはここにあるんだろう。


 思考に理解が及ばない危険人物ほど恐ろしい奴は居ないな……。


「まあなんにせよ、関わらずに済むならその方が良いさ。殿下の妨害を主目的にしているってわけでもなさそうだしな」


「そうですね……」


 今のところ、レチェリーの件もマリシャスの件も、ルーカス王子にとってはプラスに事が動いている。王位継承権争いにおいてルーカス王子の妨げになっていないのは確かだ。


 だけど、もしマリシャスの件でレクティを誘拐した犯人がその男と同一人物ないし共犯者なんだとしたら、俺はそいつを許すつもりはない。……自分から探しはしないが、もし目の前に現れたら。その時は〈洗脳〉スキルを使ってでも捕まえてやるつもりだ。


「そうそう、殿下から伝言を預かってたんだった。すっかり忘れてたぜ」


「伝言ですか?」


 もしかしてそれを伝えるためにわざわざロアンさんを派遣してくれたのか? この病院が王城や騎士団の訓練場から近いとは言え、仰々しいな……。


「明日から宜しく頼む、だとよ」


「へ? あ、はい、もちろんです。校外演習中のルーグの事なら任せてください」


 今さら過ぎる伝言にキョトンとしてしまう。ロアンさんはそんな俺の顔を見て肩を揺らして笑いながら「帰るわ。じゃあな」と軽く手を上げながら去って行く。


 本当にこれを伝えるためだけに来たのか……?


 王国騎士団の副団長って、実は暇なのかもしれない。


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