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第134話:おじい様、夕飯は一昨日食べましたわよ

 校外演習を翌日に控えたその日、俺は校門の前でとある少女たちの到着を待っていた。少し早く部屋を出てしまったから、約束の時間までまだ少しある。どう時間を潰そうかと考えていたところ、女子寮の方角から相手の少女たちがこちらに歩いて来る。


「お待たせ致しましたわ、ヒュー様っ!」


「お待たせしてしまい申し訳ございません」


「いいえ、俺も今さっき来たところですからお気になさらず」


 ピンク色のドリルツインテールを揺らして頭を下げるロザリィと、追随するシセリーさんに慌てて首を振る。俺が約束の時間より早く来てしまっただけで、二人も十分以上早く到着していた。逆に気を遣わせてしまって申し訳ない。


「おはようございます、ヒューさんっ」


「おはよう、レクティ」


 ロザリーとシセリーさんにはレクティも一緒だった。メンバーが揃った事もあり、俺たちはさっそく王国騎士団が手配した馬車に乗り込む。


 向かう先は王国騎士団の訓練場に隣接した病院だ。


「学園を出る許可が出て良かったですね、ロザリィさん」


 動き出した馬車の車内。俺の隣に座ったレクティが、対面のロザリィに話しかける。ロザリィは柔らかく微笑んで「ええ」と頷いた。


「校外演習に出る前にどうしても会っておきたいと、前々からアリッサ先生に頼んでいたのですわ。つい昨日、ルーカス殿下の許可を頂けたのでようやく会いに行けますの。お二人とも、今日は付き添いに感謝いたしますわ。シセリーが居てくれるとは言え、ほんの少し緊張していたものですから……」


 そう言って苦笑するロザリィの目元には薄っすらとクマが出来ていた。どうやらまたあまり眠れていないらしいな……。


 本人はほんの少しと言っていたが、緊張は相当なものだろう。なんせ、これから会いに行く人物はロザリィにとって様々な意味で特別な人だからだ。


「……おじい様、元気にしていると良いのですけれど」


 神授教の元枢機卿マリシャス。ロザリィの育ての親でもある彼は今、騎士団管理の病院で身柄を拘束されている。モンスター化したロザリィに壁へ叩きつけられた彼は、レクティの治療によって奇跡的に一命を取り留めていた。


「改めて感謝しますわ、レクティ。大怪我を負ったおじい様を助けてくれて。わたしが気を失っている間に階段から転がり落ちてしまうなんて、寄る年波には逆らえませんわね」


 まったくもぅ、とロザリィは冗談めかして呆れたように溜息を吐く。事情を知る俺とレクティは愛想笑いを浮かべる事しか出来なかった。


 大聖堂での事件の真相は、当事者であるロザリィには伝わっていない。ルーカス王子とも相談し、自身がモンスターになってしまった事を知らない方が良いだろうと言う結論に至ったからだ。


 それもあってロザリィは未だにマリシャスを『おじい様』と慕い続けている。マリシャスがロザリィに与えた仕打ちは決して許されるべきものじゃない。真実を知る身としては複雑な気分だが、とは言え自分がモンスターになってしまった事なんて知らない方がロザリィにとっては幸せだろうからな……。


 馬車は三十分ほどで目的の病院に辿り着いた。事前に手続きは済んでいたようで、俺たちはスムーズにマリシャスが居る病室に案内される。


「えっと……」


 病室の扉の前で立ち止まり体を硬直させたロザリィの左手を、レクティが励ますように優しく両手で包み込む。


「大丈夫です、ロザリィさん」


「……ええ。ありがとうですわ、レクティ」


 それで緊張も解けたのだろう。ロザリィは三度、扉をノックした。


「おじい様、ロザリィですわ。入りますわよ」


 ロザリィは返事も待たず扉を開いた。六畳ほどの小さな個室。窓際に設置されたベッドの上に座っていた老人は目を丸くしてこちらを見ている。


 マリシャス……だよな? 一瞬わからなくなってしまうほどに、ベッドに座るマリシャスはやせ細って老けていた。大聖堂での事件からまだひと月と経っていないはずだが、その相貌は様変わりしている。


「お元気そうで何よりですわ、おじい様。随分とやつれていますけれど、ちゃんと食事は摂っていますの? 好き嫌いしちゃメッですわよ?」


「ろざりぃ……? わた、わたしは、お、お前に取り返しのつかないことをっ!」


「おじい様っ!」


 ロザリィに手を伸ばそうとしてバランスを崩し、ベッドから落ちそうになったマリシャスを慌ててロザリィが抱き支える。


「んもぅ、しっかりしてくださいまし!」


「ロザリィ、お前は、本当にロザリィなのかい……?」


「何を言ってるんですの、おじい様ったら。どこからどう見てもロザリィ・セイントですわ。ボケるにはまだ早いですわよー?」


「ああ、本物のロザリィだ。よかった、本当に、よかった……っ!」


 マリシャスはまるで心の底から出たかのような、大きな安堵の息を吐く。それから視線を俺とレクティに向け、


「君たちが、ロザリィを救ってくれたのだね……? ありがとう、本当にっ、ありがとう……っ!」


 深々と頭を下げられ、俺とレクティは顔を見合わせて困惑する。どうやらロザリィの安否を今に至るまで知らなかったらしいが、重要なのはそこじゃない。


 マリシャスから感じるのはロザリィへ対する確かな愛情で、聖女に妄執するあまり彼女を化け物にした奴と同一人物だとは思えなかった。まるで憑き物が落ちたかのような変わりようだ。


「よくわかりませんけれど、そんなことより見てくださいまし! あの王立学園の制服ですわよ! わたくし、念願の王立学園の生徒になれましたの!」


「ああ、そうか……。よかったねぇ、ロザリィ」


 まるで孫を慈しむように、目尻に涙を浮かべたマリシャスはロザリィに微笑みかける。


 ふと気になってシセリーさんに視線を向けると、彼女も困惑した様子でただただマリシャスとロザリィの孫と祖父のようなやり取りを見つめていた。


「私がロザリィ様付きの聖騎士になったのは、ロザリィ様が聖女に叙任されてからの事です。それ以前の、マリシャスと暮らしていた頃のロザリィ様を見たことは無かったので……」


「たぶん、これが本来のお二人の関係なんだと思います」


「……だな」


 レクティの言葉に同意する。


 マリシャスからどれだけ酷い仕打ちを受けても、ロザリィは決してマリシャスを非難しなかった。それは幼い頃に慈愛をもってマリシャスに育てられた事実が確かにあったからで、マリシャスの異変に気付いていたから……。


「ヒュー、ちょっといいか?」


 コンコンというノックの音と共に背後から名前を呼ばれる。振り返ると、廊下から一人の騎士が顔を覗かせていた。


 焦げ茶色のぼさぼさの髪に無精ひげを生やした、瘦せ型の壮年男性。一見、猫背でだらしなく見えるその人は、スキル〈剣聖ソードマスター〉を持つリース王国最強の騎士だ。


 王国騎士団副団長ロアン・アッシュブレード。彼は俺に向かってちょいちょいと手招きしている。


「あー……、レクティ、シセリーさん、ちょっと席を外します。何かあれば呼んでください」


 俺は近くに居た二人に断りを入れて病室を後にした。


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