第129話:校外演習に楽しみを求めるのは間違っているだろうか
俺が神様から授かった〈洗脳〉のスキル。この力がどこまでを可能とし、何を成せるか。
ずっと目を背けて来たそれに向き合わなければいけないと強く感じたのは、この前の大聖堂での事件の時だ。俺がもっと〈洗脳〉スキルを使いこなせていれば、レクティの誘拐を阻止する事も、ロザリィが怪物と化す前に助ける事も出来たかもしれない。
これまで〈洗脳〉スキルに対する忌避感から可能な限り使わないようにしてきたが、それでいざという時に大切な誰かを守れないのはあまりにも本末転倒だ。
「俺は自分に出来る事を知りたい。いざって時に、大切な人を守れるように。だから、そのための手助けを頼みたいんだ」
この場に居る三人は俺の本当のスキルを知った上で受け入れてくれた。甘えてばかりになってしまうが、俺一人じゃ思いつかない発想や、もし俺が道を踏み外しそうになった時のストッパーになって欲しい。そして最悪の場合は……。
「なるほど、ね」
リリィは腕を組み、拳を口に当てて頷く。
「確かに、私も今の内に出来る事を知っておくべきだと思うわ。貴方のスキルは加減が難しそうだし、応用方法はたぶん無限に等しい。だからこそ、一つ一つ出来る事を増やす必要があるのね」
リリィは俺の悩みを正確に理解してくれていた。〈洗脳〉スキルを自身に使う事によって、俺は自分のスキルをどんなスキルにも変える事が出来る。それは一見便利そうに思えて、実際はそうじゃない。
スキルにはおそらく全て名称がある。空を飛びたい時に〈空を飛ぶスキル〉ではスキルを切り替える事はできず、例えば〈飛翔〉や〈飛空〉〈浮遊〉などと言った名称を用いる必要がある。そして、それらのスキルは実際に切り替えてみなければどのような力を持つか定かじゃない。
例えば室内で浮かびたい時に〈飛翔〉を使ったら天井に頭がめり込む勢いで飛び上がってしまう可能性があるだろう。逆に何かを避けるために思い切り飛び上がる必要がある場面で〈浮遊〉を使ったら、ふわりと数十センチ浮き上がるだけで迫りくる何かを避けられないかもしれない。
無限にスキルを切り替えられるからこそ、場面に適したスキルの選択が難しい面がある。咄嗟のアドリブで最適なスキルに切り替えられるほど俺は頭の回転が速くないから、事前に様々なパターンを想定して適切なスキルに切り替えられるよう準備が必要だ。
入学試験の日。誘拐されたルーグを救い出した時のように、何度も上手く事が運ぶとも限らない。実際、あの時は洗脳スキルの対象人数を増やそうとして大変な目に遭った。隠れていたから激痛だけで済んだが、もしあのタイミングで見つかっていたらどうなっていたかと考えると肝が冷える。
「もちろん協力させてもらうわ、ヒュー」
「ヒューさんっ、わたしに協力できる事なら何でも言ってくださいね」
「他ならぬ君の頼みだ。このイディオット・ホートネスが一肌脱ごうではないか」
「ありがとう、リリィ、レクティ、イディオット」
協力を快諾してくれた三人には感謝の念が尽きない。いずれ何らかの形で恩を返そう。
「さっそく具体的な話は……こんな所じゃ出来そうにないわね」
周囲に視線を向け、リリィは声を抑える。この時間の学食は一番混むから、どこの誰が耳をそばだてているかわからない。とりあえず話の続きは昼休みにと区切りをつけた。
朝食を終え、ルーグとロザリィも合流し (シセリーさんは一足先に職員室へ向かった)六人で教室へ向かう。
「楽しみですわ、校外演習!」
道すがら、ロザリィがパチンと手を叩いて思いを馳せるように言う。ルーグが「また言ってる……」と苦笑するあたり、朝食の時からこの話をしていたらしい。
「今日はそのお話があるのですわよねっ!?」
「ええ、そう聞いているわ」
来週に迫った校外演習。今日はそれについて朝から事前説明が行われる予定になっていた。前世で学生の頃にあった修学旅行前の班決めの時間を思い出すなぁ。
「遊びに行くのではないのだぞ、ロザリィ嬢。これはあくまで演習であり、訓練なのだ」
浮ついた様子のロザリィをイディオットがたしなめる。確かに、王立学園における演習は軍事演習的な意味合いが強いんだよな。修学旅行感覚だと痛い目に遭いそうだ。
「それくらいわかっていますわよ。それでも楽しみなものは楽しみなのですわ。レクティもそう思いますわよねっ?」
「へっ? わたしですか?」
いきなり話を振られてレクティが目を丸くする。ただ、彼女はすぐに「そうですね」とロザリィに同意を示した。
「真面目な演習なのはわかっていますけど、わたしもちょっぴり楽しみです。王都の外に出るのも初めてですし、皆さんと一緒に遠くへ旅が出来るのは嬉しいなって思います」
「うむ、レクティ嬢の言う通りだな!」
「一貫性のない殿方は嫌われますわよ?」
レクティの意見を聞いてあっさり考えを翻したイディオットにロザリィが冷めた目を向ける。まあイディオットはともかく、俺もレクティと同じ考えだ。修学旅行を連想してしまうくらいにはわくわく感が込み上げてきている。
「そう言えば行き先ってまだわからないんだったか?」
「うん。演習はクラスの実力に応じたダンジョンで行うから、毎年各クラスぜんぜん違うダンジョンになるらしいよ。去年のAクラスの先輩たちがどこのダンジョンへ行ったのかわからないけど、たぶん今年は違うダンジョンになるんじゃないかな」
「実力に応じて、か……」
俺たちの一年Aクラスはクラス対抗戦でも上級生を差し置いて優勝候補になるほど実力者揃いだ。その上、クラス担任のアリッサさんは王国騎士団所属の叩き上げの騎士。イディオットも何となく察していたんだろう。これは気を引き締めておいた方が良さそうだと。
「そのあたりの話も、このあとアリッサ先生から説明があるんじゃないかしら」
「変な所に連れていかれなきゃいいけどな」
昨日アリッサさんがルーカス王子に呼ばれて王城に戻ったという話も気になる。無関係であってくれたら嬉しいんだが……。
一抹の不安を抱えつつ教室に辿り着く。席に座ってしばらく話していると、授業開始を知らせる鐘の音が聞こえて来た。それから少しして、教室に副担任のシセリーさんを伴ったアリッサさんが現れる。
「揃ってるッスね、ひよっこたちー。さっそくッスけど、君らの校外演習で向かうダンジョンを発表するッスよー」
そう言ってアリッサさんはチョークを持ち、黒板にそのダンジョンの名前を書き記す。
『ドレフォン大迷宮』
どうやら不安は的中したらしい。