第121話:女子王立学園生の日常(リリィ視点)
◇◇◇
朝食を終えた私とレクティは、学園の校舎にある談話室へ向かっていた。なぜかと言えば朝食前、食堂から出てきたルーグに「大事な話があるの」と呼び出されたからだ。
休みの日の校舎は人通りがほとんどなく、静寂に包まれた廊下には私とレクティの足音だけが響いている。これから向かう先の談話室は防音性に優れていて、外に漏らせない重要な話をする場として生徒からも学園関係者からも重宝される場所だ。
「ルーグさん、大事な話があるって言ってましたよね……? いったいどんな話なんでしょうか……」
「そうね……」
学園の談話室でしか話せないような内容。そして何より重要なのはその場にヒューが居ないこと。
彼は今、イディオットと一緒に冒険者ギルドへ行っている。私もヒューもてっきりルーグは「ボクも一緒に行く!」なんて言い出すと思っていたのだけど、予想に反してルーグはあっさりヒューを送り出した。
それはたぶん、私たちと話をするためよね……?
ヒューが居ない場で、なおかつ私たちにしか話せないような内容。思い当たる節は幾つかあるけれど、ポイントは私もレクティもルーグの正体を知っていることだろう。
リース王国第七王女ルクレティア・フォン・リース。この国の王族で、実兄の第三王子ルーカス殿下の王位継承権争いに伴い、身分と性別を偽って王立学園に通っている王女様。
それが彼の……いいえ、彼女の正体。
レクティには先日の大聖堂での事件の折に、ルーカス王子から直々に説明がなされている。この学園の生徒でルクレティアの秘密を知っているのは、ヒューを除けば私たちだけだ。
その私たちを呼んだということは、ルーグではなくルクレティアとして話があると考えて間違いないはず。ヒューが居ない場を選び、かつ同性で、秘密を知る私たちだから話せる内容という事を踏まえて考えればおのずと答えは見えてくる。
「……妊娠したんだわ」
「ええええええっ!!!???」
「シーっ! 声が大きいわよ、レクティ」
「ご、ごめんなさ……そりゃ大きな声も出ちゃいますよぅっ……!」
謝りかけたレクティは頭を振って非難の目を向けてくる。最近ようやく私に対して遠慮しなくなってきたというか、対等な立場で接してくれるようになってきた。本当は敬語も辞めて欲しいのだけど、そっちはまだまだ時間がかかりそうね。
「に、妊娠ってことは、お相手はヒューさんですよね……?」
「間違いないわ。あの子がヒュー以外の男に身体を許すなんてあり得ないもの」
「で、でも、ヒューさんに限ってそんな事は……」
「考えてみて、レクティ。ヒューはあの子のことが大好きなのよ?」
合格発表の時に忠告はしたけれど、ヒューだって男の子だもの。あれから二か月。意中の相手と寮の狭い一室での共同生活をそれだけ続けていれば、どこかで理性が衝動を抑えきれなくなったって不思議じゃない。
「むしろよく我慢したと褒めてあげたいくらいだわ。私なら一週間以内に押し倒しちゃっているもの」
「それはリリィちゃんが欲望に忠実なだけなんじゃ……?」
「とにかく、犯してしまった過ちは取り消せない。考えるべきは、これからどうするかね……」
子供を身ごもったと発覚すれば、とんでもない騒ぎに発展するのは避けられないだろう。王位継承権争いにも影響するし、何よりヒューとルクレティアの身が危ない。
逃げるとしたらプノシス領……いいえ、いずれ追手は差し向けられるわ。他国に亡命するか、死を偽装するのが理想かしら。ルーカス殿下やお父さまを頼る事は出来ないから協力者も限られる。イディオットやロザリィの伝手がどこまで通用するかが重要ね。
後は何とか説得してアリッサ先生を味方に出来れば理想だけれど……、いっそヒューの〈洗脳〉スキルをフル活用してプノシス領を国として独立させれば良いんじゃないかしら。
プノシス王国。うん、悪くない響きだわ。
「あのー、リリィちゃん。談話室につきましたよ……?」
「あらいつの間に」
国家運営について考えを巡らせている内にいつの間にか談話室に到着していた。扉を三度ノックすると、内側から扉が開かれる。姿を見せたのはアリッサ先生だった。
「お、いらっしゃいッス、リリィ嬢にレクティ嬢」
「おはようございます、アリッサ先生。ルーグは中に?」
「お待ちかねッス。そんじゃ、自分はこの辺で。近くには居るんで、何かあったら大声で叫ぶんスよ? すぐ駆けつけるッスから」
「ええ、わかりました」
アリッサ先生は私たちと入れ替わりで退室する。談話室に入った私たちを、ソファに座ったルクレティアが出迎えた。
「急に呼び出してごめんね、リリィ、レクティ。とりあえず座って?」
ルクレティアに促され、私とレクティは対面のソファに腰掛ける。
「来てくれてありがと、二人とも」
「いいえ。それより、大事な話があると言っていたけれど」
「もしかしてヒューさんと何かあったんですか……?」
「う、うん。えっと、ね……」
ルクレティアは思い詰めた様子で、どこか不安そうに瞳を揺らしていた。
やっぱり妊娠したんだわ……っ!
思わずごくりと喉を鳴らしてギュッと拳を握りしめてしまう。言い出しづらそうなルクレティアに対し、友人として、幼馴染として、かけるべき言葉を探す。真っ先に思い浮かんだのは祝福の言葉だった。
そうよね、せっかく授かった命だもの。この先どれだけの苦難が待ち構えていたとしても、まずは祝ってあげるべきだわ。
「おめでとう、ティア」
私はあえて幼い頃の呼び名で、彼女に祝意を示した。
「ふぇっ?」
ルクレティアは間の抜けた声を出して不思議そうに首を傾げる。
「えーっとぉ……。リリィ、わたしの誕生日は来月だよ……?」
「ええ、知っているわ。誤魔化さなくても大丈夫よ、ティア。私たちは何があってもずっとあなたたちの味方だから」
「う、うん。ありがとう……? ちなみにリリィはどんな勘違いをしているの?」
「ヒューとの間に子供が出来たのよね?」
「出来てないよ!?」
どうやら妊娠じゃなかったみたい。うん、まあ、でしょうね。あのヒューだもの。ホッとしたような、それはそれで将来設計に一抹の不安がよぎるような……?
まったくもぅ、と頬を赤く染めたルクレティアは呆れたように溜息を吐く。
「リリィはわたしを何だと思ってるの? それくらいの分別は持ってるもん」
「ごめんなさい、半分冗談よ」
「半分は本気で思ってたんだ……!」
「それより、妊娠じゃないなら大事な話っていったい何なの?」
まさか世間話をするためだけにわざわざ私とレクティを談話室に呼び寄せたわけではないでしょう。ルクレティアの表情がその深刻さを物語っているもの。
「えっと、ね……」
ルクレティアは不安を押し殺すようにギュッと胸の前で両手を握りしめ、やがて意を決した様子で身を乗り出して尋ねて来る。
「ヒューに魅力的に思ってもらうにはどうすればいいのかなっ!?」
「「……………………はい?」」