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第119話:そうだ、冒険者になろう

  ◇


 さっそく次の休みの日、俺はイディオットと共に学園を出て王都にある冒険者ギルドへと向かっていた。


「付き合って貰って悪いな、イディオット」


「気にするな、ヒュー。僕も君と一緒なら心強い」


 学食でリリィと話した日の放課後、アリッサさんに冒険者活動の許可を貰いに行くとそこで偶然イディオットと一緒になった。


 話を聞けばイディオットもアリッサさんを通じて学園に冒険者活動の許可を取ろうとしていたらしく、どうせならと二人で冒険者登録をすることにしたのだ。


 学園前から乗合馬車で移動すること一時間ほど。ちょうど王立学園とは正反対の位置に冒険者ギルドの王都支部の建物があった。三階建てのレンガ造りの建物の頂点には、盾を背景に剣と杖がクロスした冒険者ギルドの旗が掲揚されている。


 遠くから聞こえて来る金属音は周囲に立ち並ぶ鍛冶屋が武器を精錬する音だろうか。冒険者向けの道具屋や、魔道具を扱う店、そして何より酒場が多いのがこの地域の特徴だろうな。王立学園の周辺の静かで落ち着いた雰囲気とは全く違った喧騒に包まれている。


 行きかう人々もザ・冒険者といった風貌だ。大剣を背負った大男や緑色のローブを着て杖を持った女性 (この世界に魔法はないからたぶん杖でモンスターをぶん殴るんだろう)なんかが大勢行きかっている。


 その中に俺たちと同じ王立学園の制服を何人か見かけた。顔に見覚えがないからたぶん二年か三年の先輩だろう。俺が知らなかっただけで、冒険者活動をしている王立学園生は少なくないようだ。


 冒険者ギルドの建物内は想像していたよりずっと清潔で外に比べて静けさがあった。酒場が併設されているわけじゃなさそうだ。窓口のカウンターの向こうで職員が机を向かい合わせて仕事をしている光景には、前世の市役所を想起してしまう。


 登録窓口という看板が掲げられた窓口には五名ほどの列が出来ていた。とりあえず、その最後尾に俺とイディオットは並んで順番を待つことにした。


 窓口の方を見ると、カウンターには入学試験でも見たスキルを判定する水晶の魔道具が置かれている。事前にスキルを〈発火ファイアキネシス〉に切り替えておいてよかった。冒険者として活動する間は、スキルは〈発火〉で固定しておいた方が無難だろう。


「次の方、どうぞ」


 待つこと十分少々。ようやく俺たちの番がやって来た。イディオットに促され、先に俺から冒険者登録を行う。


「こちらの水晶に手を触れてください。水晶の中にお名前とスキルが浮かび上がりますので、ご確認お願いいたします」


「わかりました」


 手順は入学試験と同じ。受付の女性に促されて水晶に触れると、俺の名前と〈発火〉というスキル名が浮かび上がった。よし、〈洗脳〉スキルは問題なく誤魔化せそうだ。


「ヒュー・プノシスさん。スキルは〈発火〉ですね。攻撃系スキルですので、冒険者ランクはEからのスタートになります。ランクについての説明は必要でしょうか?」


「お願いします」


「かしこまりました。冒険者ランクは下から順にG~A、そして最上位ランクのSに分類されます。ランクは我々冒険者ギルドがクエストボードに張り出した依頼を達成する事で上昇していきます。依頼にはそれぞれ難易度が設定されていまして、難易度は冒険者ランクに対応しています。自身の冒険者ランクの前後一つ、例えばEランク冒険者であればF~D難易度の依頼しか受注できませんのでご注意ください。ここまででご質問はありますか?」


「えっと、それじゃあ。依頼の難易度はどのような基準で決まっていますか?」


「依頼内容と、依頼場所によりますね。例えば薬草の採取でも、王都近郊の森であればGもしくはFかEランク。ダンジョン内にしか生息しない薬草の採取であれば、ダンジョンの難易度に対応してD~Sランクが割り振られます。そしてダンジョン内のモンスター討伐は最低でもCランク以上です」


「なるほど……」


 つまり俺のEランクでは、いきなりダンジョンに潜ってモンスターを討伐するような依頼は受けられないって事だな。


「他にご不明点はございますか?」


「いえ、今のところ特には」


「では、こちらを。ヒュー・プノシスさんの冒険者タグになります。冒険者として活動中は見えるように首から下げてくださいね」


 手渡されたのは青色に着色された金属の小さなプレート。表面には俺の名前とスキルが刻印されている。


「タグの色はランクが上がるごとに青から赤、銅、銀、金、そしてSランクになるとエメラルド製の特別なタグが支給されます。ぜひ目指してみてください」


「あ、はい。頑張ります」


 たぶん〈洗脳〉スキルを駆使すればSランク冒険者まで駆け上がるのは難しくないだろうけど、さすがにそんな事をすれば目立ちすぎるからな……。本腰を入れて冒険者活動をするつもりもないし、とりあえずルーグの誕生日プレゼントが買えればそれでいい。


 受け取った冒険者タグを首から下げて、窓口から離れる。次はイディオットの番だ。


「お名前はイディオット……ホートネスさんですね」


 水晶に浮かんだ名前を見て、受付の女性が言い淀む。その声が聞こえたのだろう、周囲の冒険者たちの間でざわめきが起こった。……どうやらホートネス家の悪評は冒険者の間にも広がっているらしい。貴族出身者も少なくないって話だから当然か。


 周囲の喧騒にイディオットは特段気にした様子もなく、「申し訳ありません」と頭を下げた受付の女性に気にするなとジェスチャーで示す。その後は特に何事もなく、俺と同じ青色の冒険者タグを首から下げてこちらに歩み寄って来た。


「騒がせて済まなかった」


「いや、俺は別に大丈夫だけど……平気か?」


「心配不要だ、ヒュー。この程度でいちいち気にしていては切りがないだろう」


 出会った当初、入学試験の時のイディオットなら周囲の反応に苛立ちを募らせていたかもしれない。今も内心まで推し量る事は出来ないが、少なくとも表面上は平静を保てるだけの余裕がある。


「それよりも、さっそくクエストボードを見に行こうじゃないか。ルーグに誕生日プレゼントを渡すのだろう? 校外演習までの期間を考えると、可能な限り高い報酬の依頼を受けなければな」


「そうだな。都合よく依頼があると良いんだが……」


 再来週に迫った校外演習。それまでに冒険者として活動できるのは今日含めて二日だけだ。王立学園の生徒の冒険者活動は休みの日のみと決められていて、違反すれば最悪退学もあり得るとアリッサさんから忠告を受けていた。


 プレゼントを買いに行く時間も加味すれば、来週の休みの午後までに稼げるだけ稼いでおきたい。そうすれば選べるプレゼントの幅も増やせる。


 居合わせた冒険者たちの嫌な注目を浴びつつクエストボードに張り出された依頼を見に向かう。もし今のスキルが〈忍者〉だったら、強化された聴覚が嫌でも陰口を拾ってしまっただろうな。


 そうでなくても、どこからともなく「貴族の道楽か」と蔑むような声は聞こえて来る。貴族出身者も多い冒険者界隈も、大多数は平民出身。貴族への風当たりは強いらしい。


 この程度でいちいち気にしていては切りがないのはイディオットの言う通りだ。聞こえなかった事にして、クエストボードに張り出された依頼を見る。


 ランクごとに区切られて張り出された依頼は、予想に反してかなり少ない。


 俺たちが受注できるF~Dランクの依頼の内、Eランクに至っては一つもなかった。残されたFとDランクの依頼だが、Fの方は報酬が少なくドブ掃除や迷い猫の捜索など冒険者というより何でも屋のような依頼ばかり。Dの方は今日一日じゃ終わりそうもない遠方での依頼しかない。


「噂には聞いていたが、これほどとは……」


「噂?」


「うむ。以前から王都の冒険者人口が、依頼の数に対して増えすぎているという話があったのだ。王都の周辺にはダンジョンが少なく希少な薬草の群生地からも遠い。一日に張り出される依頼の数は、地方の冒険者ギルドに比べると半分程度しかないらしい。それにも関わらず、王都の人口は多い。冒険者を本気で目指す者も、副業にする者も、地方とは比較にならない」


「あー……、なるほど。依頼が足りないから、低ランクの冒険者が依頼をなかなか受注できなくて渋滞が起こってるのか」


「どうやらそのようだ」


 イディオットは周囲を見渡し、遠巻きに俺たちの様子を見ている冒険者たちを見て溜息を吐く。


「彼らは新しい依頼が張り出されるのを待ち構えているのだろう」


「今ある依頼、面倒くさそうだもんなぁ」


 Fランクの依頼は時間がかかりそうなわりに報酬が少ないし、Dランクの依頼はそこそこ報酬が良いものの遠征になるため拘束時間が長すぎる。Eランクの依頼がたぶん一番ちょうど良いんだろう。だからこそ争奪戦になって一つも残っていなかったわけだ。


「どうする、イディオット? とりあえず迷い猫探しでもしておくか? たぶんすぐに終わると思うぞ」


 スキルを〈追跡者〉に切り替えれば一時間もかからないだろう。これくらいなら、偶然見つけられたと言い訳もできる。ドブ掃除は、スキルを〈掃除屋〉にでも変更してみるか? なんか暗殺系のスキルになっちゃいそうだが……。


「そうするしかあるまい」


 Eランクの依頼がいつ張り出されるかもわからないし、周囲の冒険者と争奪戦になって余計なトラブルに巻き込まれても面倒だ。


 イディオットと頷きあい、とりあえず迷い猫探しの依頼を受けようとクエストボードに手を伸ばそうとした、その時だった。






「あの、もしよければ僕らと同じ依頼を受けませんか?」






 俺たちに声をかけて来たのは、同年代の少年と少女の二人組だった。


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― 新着の感想 ―
需要過多で依頼が足りてない=冒険者が儲けれてない状況なのに王都に居続ける冒険者が減らない理由についての説明はあるんかな? 東京に行けば何とかなるやろ!的な単純な理由か、もしくは呼び集めてる存在が・・・
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