第114話:ぱくぱくですっ!(ルーカス三人称視点)
「失礼します」
大聖堂での一件から三日が経った。
謁見の間から退室したルーカスは、ようやく一仕事を終えた解放感に大きく息を吐く。この三日間は後片付けに不眠不休で飛び回り、今しがたの国王への報告でようやく一息つけるようになったのだ。
(これで何とか、事態を治められたかな……)
解決すべき懸案事項は幾つもあった。
まず、第一王子スレイとホートネス侯爵によって計画されたレクティ誘拐事件。結果的に未遂に終わったものの、両名の関与は明らかだった。
ホートネス家長男のイディオットや、拘束したトレイター・インフォーム並びにインフォーム男爵の証言。そしてあまりにも杜撰な誘拐計画に残された多数の証拠。
スレイとホートネス侯爵は早々に罪を認め、現在は王城の地下牢獄に幽閉されている。そう遠くない内に沙汰が下されることだろう。
(ホートネス侯爵は蟄居の上、ホートネス家は侯爵から男爵に降爵。領地を七割没収し、家督は息子のイディオット・ホートネスに継がせる。何とか父上を説得できてよかった)
未遂とは言え、王令に背いた罪は重い。もしイディオットがレクティ救出の功績を挙げていなければ、ホートネス家は断絶していた。ルーカスや、レクティ本人からの嘆願があって何とか国王を説得することが出来たのだ。
ちなみにインフォーム家に関しては奪爵の上、国外追放処分が決まっている。ホートネス家が減刑された分、罰が軽くなった形だ。イディオットの功績がなかった場合、ホートネス家もろとも一族郎党が処刑されていただろう。
(兄上への処罰は、まだ先だろうね)
スレイの王位継承権剥奪は確定している。王令に背いた罪は王族だからと許されるものではなく、本来なら処刑されるのが通例……だが、そうできない事情があった。
スレイの母方の実家はライガ帝国。国力、軍事力ともにリース王国と対をなす大陸西部の大国だ。リース王国には建国以来、何度もライガ帝国と戦火を交えて来た歴史がある。
(兄上を処刑すれば帝国との関係悪化は必然。さりとて生かしておくのも面倒なわけだけど、父上は戦勝記念の式典が終わるまでは兄上を処罰しないだろう)
どういう形であれ、帝国との外交カードの一つとして使うはずだ。国王ライオス・リースがそういう人物だとルーカスは嫌と言うほど知っている。
謁見の間から自室へ戻る道すがら、ルーカスは前から歩いてくる人物に気づいて立ち止まった。青い髪、片耳に揺れる三日月のピアス。精悍な顔つきの偉丈夫は、ルーカスに対して「よっ」と気さくに手を挙げる。
「ブルート兄上、どうしてここに?」
「優秀な弟が不眠不休で働いてるって噂を聞いて、様子を見に来てやったのさ。思ったよりも元気そうじゃねぇか」
「おかげさまでね」
本当は今すぐベッドに倒れ込みたいと思っているが、本心はおくびにも出さないよう意識する。第一王子のスレイが脱落したことで、王位継承権争いはこの場に居る二人に絞られた。王座を争う相手に弱みは見せられない。
「今回は随分と上手く立ち回ったらしいな。兄貴は王位継承権を剥奪。兄貴を支持していた貴族のほとんどがお前の陣営に鞍替えした。その上、神授教にも大きな貸しを作ったんだろう? もう次期国王は決まったようなもんだ」
「そうだと嬉しいんだけどね」
ルーカスは目隠し越しに兄の様子を観察する。ブルートの表情に諦めの色は見えない。むしろ余裕すら感じさせる。王位継承権を諦めたわけではなさそうだ。
「にしても、現金な奴らだよなぁ。七年前はあれだけドレフォン家の呪いだのなんだのって騒いでいたくせしてよ」
「……兄上」
「おっと、そう怖い顔すんなって。俺は呪いなんて信じてないぜ? 不幸な偶然が、たまたま重なった。たったそれだけの話だ。そうだろ?」
ブルートは悪びれた様子もなく、へらへらと笑う。その軽薄な態度すら計算の上で行われている事をルーカスは知っていた。
「悪いけど、立ち話をしていられるほど暇じゃないんだ。まだ片付いていない案件が幾つかあってね。ここらで失礼させてもらうよ」
早々に話を切り上げて立ち去ろうとしたルーカスの背中に、
「親父に毒を盛ったのはテメェか、ルーカス?」
ブルートは言葉を投げかける。
「城内で噂になってるぜ。親父に毒を盛ったのはテメェで、一連の騒動は全てルーカスが裏から糸を引いてたんじゃねぇかってな」
「さあ、何のことかサッパリわからないね」
ルーカスは振り返り、肩をすくめて答えた。そのような噂が昨日から不自然に流れ出した事はルーカスも把握していた。そして、その噂の発生源が誰であるのかも。
「だろうな。噂を流したのは俺だ。可愛がってやっているメイドや使用人が嬉々として広めてくれているぜ」
「スレイ兄上の時と同じように、かな?」
ルーカスが問うと、ブルートはニヤリと笑みを零す。明言こそしなかったが、間違いない。スレイが国王の血を持たないという噂を流したのはブルートだ。
「噂を流しただけかい?」
「あ? どういう意味だ?」
「いいや、何でもないよ」
国王の体調不良が病でなく何者かに毒を盛られた事によるものだと発表した時点で、噂が流れるのは織り込み済みだった。
(客観的に見て一番怪しいのは僕だからね)
一連の事件で最も得をした人物が誰かと言えば、ルーカスを置いて他に居ない。
王位継承権争いのライバルだった第一王子スレイは脱落し、スレイ陣営に属していた貴族の大部分がルーカス陣営に鞍替え。
王位継承権争いで一躍優位な立場になっただけでなく、神授教との交渉を国王から一任され教皇庁との間に大きなパイプを作る事も出来た。
客観的に見ればルーカスの一人勝ちだ。当事者でなければルーカスも噂通りに暗躍を疑っただろう。それほどまでに、都合よく行き過ぎている。
「馬鹿兄貴は噂を流しただけで焦って自滅しやがったが、テメェはそんな玉じゃねぇな」
(本来のスレイ兄上もそんな玉じゃなかったよ)
ルーカスが知るスレイは思慮深く、何より狡賢い男だった。敵国から嫁いできた母を守りながら第一王子としての役目を務めるだけの実力を持ち合わせていたはずだ。
(ヒューには言わなかったけれど、様子がおかしかったのはマリシャスだけじゃない。スレイ兄上とホートネス侯爵、あるいはグリード・レチェリーも……)
だとすれば最も怪しいのがブルートだったわけだが、反応を見るにその線は薄そうだ。そもそも人の意思を操れるならば自分を利するようにすればいい。わざわざルーカスにとって都合が良くなるように操る意味がない。
(結果的に僕を利する事になっただけ……? いいや、違うな。僕自身が、ブルート兄上が怪しいと思い込みたいだけだ)
ブルートの仕業だったなら話は早かった。それはそれで面倒ではあるが、敵の正体が判明している分、対策も立てやすかっただろう。
「ルーカス。テメェが何を目論んでいるか知らねぇが、王になるのはこの俺だ」
(別に何も目論んでないんだけどね)
心の中で苦笑し、ブルートに向き合う。
「悪いけど、王になるのは僕だ。兄上にこの国は任せられないよ」
「言うようになったじゃねぇか」
ブルートは獰猛な野獣を思わせる笑みを浮かべ、踵を返して去って行く。
その背中をしばらく見送ったルーカスも自室へ向かって歩き出した。
(兄上が本格的に動き始めるまでまだ猶予があるはずだ。それまでに――)
今後の算段を立てながら歩いている内に自室の前に辿り着いた。
扉を開き、中へ入ると、
「このクッキー美味しすぎです! こっそりつまみ食いするつもりだったのに手が止まらないですよ!?」
メイド服姿でソファに座り、ルーカスのために用意されたクッキーを口いっぱいに頬張っているメリィが居た。
おそらく掃除のために入室してクッキーを発見したのだろう。ローテーブルには紅茶まで用意されている。掃除が進んだ様子はない。
(……まったく)
入室の直前に目隠しを外していたルーカスはパクパクとクッキーを口に運ぶメリィを視て、やれやれと溜息を吐いたのだった。
〈作者コメント〉
第二部完っ! お付き合いいただきありがとうございました!
感想、ブックマーク、いいねいつもたくさん励みになってます。
ありがとうございます('ω')ノ
第三部はルーグをメインに展開予定!
なのですが、更新頻度を落とさせて頂ければと……。
仕事がちょっと忙しくなってましてなかなか執筆時間が確保できず、申し訳ありません。
次回更新は三日後の2/8予定です。
その後も三日に一度くらいのペースを維持できればと考えております。
何卒宜しくお願いします。
今後も引き続きお付き合い頂けますと幸いですm(__)m
あともしよければなのですが、皆さんの好きなキャラクターを教えてください(定期)。
よろしくお願いします(*'▽')