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第112話:色づく世界は彼方が居たから(レクティ視点)

 わたしの目に映る世界は灰色だった。


 薄暗く、じめっとした裏路地がわたしの居場所で、いつ死ねるんだろうって思いながら日々を過ごす。食事に味なんて感じなくて、ただお腹が痛くならなければ良いなって思いながら、空腹を満たすだけの作業。


 落ちている物はとりあえず食べてみた。裏路地を通りかかる人には何度もご飯を恵んで貰おうとして殴られた。週一回の教会の炊き出しには必ず通った。


 七年前に王都を襲った流行り病。わたしのように両親を失った子供は大勢居て、初めは子供だけで集まって生きていたけど、いつしか周りの子たちはどこかに行ってわたしだけが残った。


 このままずっと、この灰色の世界で生きていくんだろうなって漠然とそう考えていた、十五歳の誕生日。


 わたしは神様から、スキルを授かった。


 スキル〈聖女〉。


 この力が、わたしの人生を一変させた。


 炊き出しでお世話になっていた神父様にスキルを話すと、神父様は急いで王立学園へ向かいなさいと言ってくれて。言われるがまま王立学園の門をくぐったわたしは、イディオットさんたちと出会った。


『おい、そこの薄汚い平民! 貴様、いったい誰の許可を得てここに居る? この崇高な学び舎は貴様のような薄汚い下民の立ち入って良い場所じゃない!』


 わたし自身、自分が場違いな所に居る自覚はあって。ここには居ちゃいけないんだって、逃げだそうとした時――リリィちゃんとヒューさんが、助けてくれた。


 それからの毎日は、目まぐるしくて。わたしにはもったいないくらいに幸せで。


 灰色だったはずの世界は、いつの間にか眩いくらいに鮮やかな色に満たされて。




 そしていつの間にか、わたしはヒューさんに恋をしていた。




 好きになった瞬間は、わからない。


 初めて出会った時や、彼氏の振りをしてくれた時、イディオットさんと決闘してくれた時。印象的な瞬間はあるけれど、たぶんきっとそうじゃなくて。


 ふと見せてくれる柔らかな笑顔が。


 見守ってくれているような優しい瞳が。


 言葉の端々から感じる気遣いが。


 わたしの恋を募らせた。


 ヒューさんはベッドに横たわって、穏やかな表情で目を瞑る。夜空のような黒髪。長いまつ毛。端正な顔立ち。普段の凛々しさと優しさが同居したような表情とは違って、ヒューさんの寝顔は無防備で可愛い。


 思わずその寝顔に手を伸ばそうとして、わたしはハッと気づいてその手を引っ込める。だめだめ、ヒューさんは大怪我を負ってまでわたしとロザリィさんを助けるために頑張ってくれた。休んでいるのを邪魔しちゃ……。


 でも、ちょっとだけ。足に覆いかぶさるくらいならだいじょうぶ……?


 椅子に座ったまま、上半身をベッドに投げ出してみる。


 すると布団越しにヒューさんの足の固さを感じて、


「わぁ……」


 緊張の糸が一気に解れていくのを自覚した。


 思わず声が出てしまうくらい、安心できる。いつぞやルーグさんが「ヒューに抱き着くと安心して眠れるんだよね」とうっかり口を滑らせていたのを思い出してしまう。


 これは確かに、安心できるかも……。


 ただ、ルーグさんみたいに同じベッドに寝転がって抱き着いたりなんかしたら、ドキドキで朝まで眠れなくなっちゃいそうだけど……。


 試しに少しだけ目を閉じてみよう。


 そう思った瞬間には意識が途切れていて、気づいたらヒューさんが目を覚ましちゃっていた!


「あー……。おはよう、レクティ」


 ヒューさんはどこかばつが悪そうな顔でわたしに笑いかける。


「ご、ごめんなさい、ヒューさんっ! わたし、眠るつもりじゃ……っ!」


「いや、いいよ。レクティも疲れていただろうし。左腕も治療してくれてありがとな」


「い、いえ……っ」


 ううぅ、ヒューさんはいつもそう。


 どんな時にも周りを気遣って、些細な事にも感謝の気持ちを伝えてくれる。ヒューさんと話していると、嬉しさと恥ずかしさで気持ちがいっぱいいっぱいになってしまう。


 ロザリィさんが無事だった事とルーカス殿下が来てくださった事を伝えると、ヒューさんは安堵の息を吐いて柔らかく微笑んだ。


 わたしが一番好きなヒューさんの表情。月明りに照らされたヒューさんはいつにも増してかっこよくて、思わず見惚れてしまって。


「レクティ? どうかしたのか?」


 ヒューさんに問われ、ハッとして居住まいを正す。へ、変に思われちゃってたらどうしよう!?


「い、いえっ! なんでもない――」


 と言いかけて、ふと思う。このままでいいの……?


「……くは、ないかも、ですっ!」


「お、おう。そうか」


 ヒューさんの表情には困惑が浮かんでいる。ううぅ、絶対に変な子だと思われた……! わたしのばかばかばかっ。


 とりあえず、落ち着こう。何度か深呼吸を繰り返す。ヒューさんには、ちゃんと感謝を伝えなくちゃいけない。


「えっと、その……。ありがとうございました、ヒューさん。ヒューさんが来てくれなかったら、わたしもロザリィさんも死んじゃっていたと思います」


「そうだな……。無事でよかったよ、本当に」


 ヒューさんは心の底からホッとしたようにまた微笑む。うぅぅ、またドキドキしちゃう。


「レクティ、無理してないか?」


「無理、ですか?」


 唐突に尋ねられ、わたしは思わず首を傾げてしまった。


「もしかしたら、俺の看病で休めてないかと思ったんだ。俺はもう平気だから、レクティも無理せず休んでくれ」


「あ、えっと……」


 そっか。ヒューさんはわたしがずっと看病していたと勘違いしているんだ。本当はそうじゃなくて、


「シセリーさんにもそう言われて、実は少しだけ休もうとしたんですけど、どうしても寝付けなくて……。それで、ヒューさんの所に来まして」


「そうなのか? あれ、でもさっき……」


 ヒューさんは何かを思い出したかのように口をつぐむ。あ、そう言えばわたし、ヒューさんに寝顔を見られてっ!


「ご、ごめんなさいっ。ヒューさんの傍だと安心してしまって、つい転寝を……」


「いや、別に謝ることじゃないと思うぞ。むしろ、俺の傍で安心できるくらい、レクティが気を許してくれているなら嬉しいよ」


 そう言ってヒューさんはまたまた笑みを見せる。も、もぉーっ。


「…………ヒューさんはずるいです」


 思わず本音が漏れ出てしまうくらい、ずるい。わたしをこれ以上好きにさせてこの人はいったいどうするつもりなんだろう。


 口下手なわたしは、自分の気持ちを言葉にすることが苦手で。想いだけが募って積もって重なっていくばかり。


「レクティ、俺のスキルの事なんだが……」


「あ、はい」


 俯いてしまっていたわたしは、ヒューさんの言葉に顔を上げた。すると、そこに笑顔のヒューさんは居ない。


「えっと……、せんのう? スキルのことですよね。ごめんなさい、ロザリィさんの治療に夢中でほとんど聞けてなくて……」


「あー、やっぱりそうか」


 ヒューさんは後頭部の辺りを掻いて苦笑いを浮かべる。それからどこか悲壮な覚悟を決めたような表情になって、ヒューさんはずっと抱え続けていた秘密を打ち明けてくれた。


「……端的に言うと、俺のスキルは目が合った相手を自由に操る力なんだ」


「自由に、ですか?」


「ああ。……だから、その。俺が怖かったら、目を合わせなければ大丈夫だ。そしたらスキルは使えない。もしそれでも不安なら、これからは下を向いて目を瞑ってるから安心してくれ……って無理だよな」


 瞳をギュッと閉じながら、ヒューさんは笑う。


 今にも崩れてしまいそうな、泣き出してしまいそうな表情で。


 人を自由に操るスキル……。


 もしそれを、見ず知らずの男の人が持って居たらわたしは恐怖を感じただろう。


 けど、ヒューさんはそのスキルを悪い事に使ったりなんかしないって自信を持って言い切れる。


 だって……。


 布団の上で握りしめられた手が震えてる。


 きっとヒューさんは、わたしには想像もできないほど大きな恐怖を抱えていて。神様から与えられたスキルに藻掻き苦しんでいて。


 わたしに打ち明けるために、どれだけの勇気を振り絞ったんだろう。どれだけの恐怖心を乗り越えたんだろう。


 自分のスキルと向き合って、こんなにも苦悩しているヒューさんが、スキルを悪用するなんて絶対に無い。


 ヒューさんだから、わたしはそう言い切れる。


 この気持ちをヒューさんに伝えたい。安心してくださいって、言いたい。


 だけど、口下手なわたしじゃ言葉をヒューさんの心まで届けられそうになくて。


 言葉で届けられないなら、行動で示すしかない。


「……ヒューさん、そのまま目を瞑っていてくれますか?」


「お、おう……」


 ……ごめんなさい、ルーグさん。ごめんなさい、リリィちゃん。


 わたしは、ずるいです。ヒューさんを安心させる方法が、こんなことくらいしか思い浮かびませんでした。


 これでヒューさんが安心してくれるか、わからないけど……。


 それでも、わたしの気持ちを。怖がらなくても大丈夫ですよって、伝えたくて。




 ――好きです、ヒューさん。




 わたしは唇を、ヒューさんの唇に押し付けた。


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