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第111話:彼女は大変なものを盗んでいきました

 目を覚ますと視界に映ったのは見知らぬ天井だった。窓から差し込む月明りが唯一の光源になった室内。足の辺りに少しの重みを感じながら、ゆっくりと体を起こす。


 ……ここは、どこだろう。


 どうやら俺は、どこかの部屋のベッドに寝かされていたらしい。見知らぬ場所ではあるけど、不安や心細さはない。なぜなら俺の足に覆いかぶさるように、レクティが椅子に座りながらうつ伏せで眠っているからだ。


 俺が気を失っているあいだ、ずっと傍に居続けてくれたんだろう。月光を浴びてレクティの淡い水色の髪がキラキラと輝いている。そのあまりの美しさに思わず手を伸ばしかけて、


「……んぅ、ひゅー、さん……?」


 レクティが身動ぎをして瞼を開いたため、俺はその手を引っ込めた。


「あー……。おはよう、レクティ」


 もうすっかり外は夜だが、いちおう寝起きなのでおはようと声をかける。レクティはパチパチと目を瞬かせ、俺の足の上から飛び退いた。


「ご、ごめんなさい、ヒューさんっ! わたし、眠るつもりじゃ……っ!」


「いや、いいよ。レクティも疲れていただろうし。左腕も治療してくれてありがとな」


「い、いえ……っ」


 レクティは気恥ずかしそうに頬を染めて顔をうつむかせる。


 俺の左腕には歯形一つ残っていなかった。痛みや違和感もない。出血も綺麗に拭き取られていて、まるで初めから怪我なんて無かったかのようだ。


「そうだ、ロザリィは……?」


 俺とレクティの〈浄化〉で元の姿に戻す事は出来たけど、それから先がどうなったかわからない。大丈夫だといいんだが……。


「えっと、さっきシセリーさんが知らせに来てくれまして。ロザリィさん、意識を取り戻したそうです」


「本当か!?」


「はいっ。受け応えもちゃんと出来ているそうです!」


 よかった……! 一度はモンスターになってしまったわけだからな……。肉体は元に戻せても、意識が戻る保証はなかった。最悪、中身だけはモンスターのままって可能性もあっただろう。


「ロザリィさん、今はルーカス殿下とお話されています」


「ルーカス王子と? って事は、ここって王城の中なのか?」


「いいえ、大聖堂です。シセリーさんが部屋を用意してくださいまして。ルーカス殿下は、王国騎士団の方々と私たちを助けに来てくれて。さっきこちらにいらしたんですけど、ヒューさんが眠っていたので、先にロザリィさんに話を聞いて来るとおっしゃっていました」


「そうだったのか……」


 王国騎士団が大聖堂に踏み込むのは、アリッサさんとの事前の打ち合わせ通りだ。でもまさか、ルーカス王子が騎士団を率いて来るとは思っていなかった。神授教との関係や情勢を鑑みて、政治的にその方が良いって判断だろうか。


 とにかく、ルーカス王子が来てくれたのなら安心だな……。


 思わず安堵の息が漏れてしまい、自嘲気味な笑みで誤魔化す。


 胡散臭い義兄上あにうえだけど、肝心なところでいつも頼りになるんだよなぁ。尻拭いをしてもらってばっかりだ。しかも向こうからは俺に無茶な指示をして来ないし、相談にはいつも親身になって解決に導いてくれる。


 ……あれ、今のところ理想の上司では?


 衝撃の事実に気づいてしまいふと顔を上げると、レクティがボーっと俺のことを見つめていた。月明りに照らされた頬はほのかに赤く染まり、アメジスト色の瞳は俺の姿を映し続けている。


「レクティ? どうかしたのか?」


 俺が問いかけると、レクティはハッとした様子で居住まいを正す。


「い、いえっ! なんでもない……くは、ないかも、ですっ!」


「お、おう。そうか」


 どうやら俺を見つめていた理由が何かあるらしい。レクティは薄暗い室内でもわかるほどに頬を紅潮させ、何度か深呼吸を繰り返す。


「えっと、その……。ありがとうございました、ヒューさん。ヒューさんが来てくれなかったら、わたしもロザリィさんも死んじゃっていたと思います」


「そうだな……。無事でよかったよ、本当に」


 タイミングは紙一重だった。特にロザリィは、少しでも駆け付けるのが遅れていたら助ける事が出来なかっただろう。


 結果論ではあるが、アリッサさんに制止された事でロザリィの危機を知る事ができた。もしあのままテントを飛び出してレクティを助けに向かっていたら、地下通路の手前で追いついていた。その場合、ロザリィを救えたかどうかは怪しいだろう。


 とは言え、全てが丸く収まったわけじゃない。レクティはマリシャスに腕を斬られ、牢屋に閉じ込められていた。彼女が味わった恐怖は相当なものだったはずだ。


「レクティ、無理してないか?」


「無理、ですか?」


 レクティはこてんと首を傾げる。ちょっと言葉が足りなかったかもしれない。


「もしかしたら、俺の看病で休めてないかと思ったんだ。俺はもう平気だから、レクティも無理せず休んでくれ」


 ルーカス王子との話し合いやらなにやらで寮に帰れるのは少し先になってしまうだろう。もしかしたら朝方になってしまうかもしれないし、休める内に休んだ方が良い。


「あ、えっと……。シセリーさんにもそう言われて、実は少しだけ休もうとしたんですけど、どうしても寝付けなくて……。それで、ヒューさんの所に来まして」


「そうなのか? あれ、でもさっき……」


 レクティ、俺の足に覆いかぶさるように寝てたよな……?


 そう指摘しようとして、レクティがかぁーっと薄暗い室内でもわかるほどに頬を紅潮させている事に気づいて自重する。


 うん、まあ、抱き枕として定評がある俺だ。きっと俺には安眠効果を周囲に与えるパッシブスキルがあるんだろう、知らんけど。


「ご、ごめんなさいっ。ヒューさんの傍だと安心してしまって、つい転寝を……」


「いや、別に謝ることじゃないと思うぞ。むしろ、俺の傍で安心できるくらい、レクティが気を許してくれているなら嬉しいよ」


「…………ヒューさんはズルいです」


 レクティは頬を赤らめたままぷすっと唇を尖らせて拗ねたように言う。……確かに気取ったセリフだったかもしれない。なんかちょっと恥ずかしくなってきたな……。


 やや強引だが、これ以上墓穴を掘らない内に話題を変えてしまおう。


 ……ちょうど、レクティに話しておきたいこともある。


「レクティ、俺のスキルの事なんだが……」


「あ、はい。えっと……、せんのう? スキルのことですよね。ごめんなさい、ロザリィさんの治療に夢中でほとんど聞けてなくて……」


「あー、やっぱりそうか」


 洗脳って言葉がそもそも、レクティには聞き馴染みがない言葉のようだ。日常使いする言葉ではないし、当然と言えば当然か。


 説明するのは怖い。だけど、レクティの目の前で使ってしまった以上、誤魔化したり黙ったりしたままには出来ないだろう。


「……端的に言うと、俺のスキルは目が合った相手を自由に操る力なんだ」


「自由に、ですか?」


「ああ。……だから、その。俺が怖かったら、目を合わせなければ大丈夫だ。そしたらスキルは使えない。もしそれでも不安なら、これからは下を向いて目を瞑ってるから安心してくれ……って無理だよな」


 結局のところ、目を潰すかくり抜きでもしない限り俺の危険性は何一つ変わらないだろう。さすがにそれをする度胸は持ち合わせていないから、せめて目を瞑って見せるしか俺に示せる誠意はない。


 レクティは、どんな顔をしているだろうか。スキルは〈聖女〉のままだから、気配でレクティの動きを察することはできない。


 俺のスキルを恐れて、こっそり逃げていても不思議じゃないだろう。仮にそうされても仕方がない。リリィやイディオットのように、受け入れてくれるほうがおかしいのだ。


「……ヒューさん、そのまま目を瞑っていてくれますか?」


「お、おう……」


 レクティに言われた通り瞼を閉じてじっとする。いったいレクティは何をするつもりなのか。……わからないけど、何をされても甘んじて受け入れよう。


 そう思っていたら、




 ――カモミールのような優しくて甘い香りと共に、柔らかな感触が唇に押し付けられた。

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