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第110話:腕の一本や二本や三本くらいくれてやる……!

 俺とイディオットが話をしている間も、レクティは懸命にロザリィの治療を続けていた。額に浮かんだ大粒の汗が、頬を伝って顎から滴り落ちる。ロザリィの姿はだいぶ人に戻りつつあるが、未だに異形の怪物の方に寄っている。


 時間をかければ元の姿に戻れそうな感じはする。だけど、それまでレクティの体力と精神力が持つかどうか……。


「……向こうが騒がしいな」


 イディオットが後ろを振り返って呟くように言う。確かに、普通の状態の俺の耳にも曲がり角の向こうからかすかに剣戟の音が届いてきていた。もしかしたらシセリーさんが敵と戦っているのかもしれない。


「僕が様子を見てくる。ヒューはレクティ嬢を頼む」


「ああ、任せてくれ」


 頷きを交し合い、イディオットは剣戟の聞こえる方へ駆けていった。


 残された俺はと言えば、レクティの治療をただ見守り続ける事しかできない。もどかしいな……。せめて洗脳の対象数が2なら、俺もスキルを〈聖女〉に切り替えて手伝えるのに。


「くぅうううっ」


 限界が近いのだろう。レクティは歯を食いしばって必死にスキルを使い続けている。ロザリィの姿はようやく人だった頃の面影を感じられるほどになっていた。サイズ感も人の範疇に戻りつつある。


 あと少し……だが、


「くっ……――ぁ」


 次の瞬間、ふらりとレクティの体がよろめいた。


「レクティ!」


 俺は慌てて駆け寄り、倒れそうになったレクティの体を抱きかかえる。レクティは双眸から大粒の涙を流し、悔し気に唇を噛み締めていた。


「ごめっ……なさいっ! わたし、ロザリィさんを……っ! あと、少しなのにっ! もう、これ以上は……っ!」


「……っ。そう、か。限界まで頑張ってくれてありがとう、レクティ」


 声を上げて泣き出したレクティを、俺は抱きかかえたまま少し離れた場所まで歩いて床におろす。彼女が再び〈浄化〉を使えるようになる頃にはもう、ロザリィの肉体の崩壊が始まってしまっている事だろう。


 ロザリィを救うには、一つの賭けに出るしかない。


 洗脳を解除し、俺がスキルを〈聖女〉に切り替えて治療を引き継ぐ。そうすれば今度こそ完全に、ロザリィを人間に戻せるはずだ。


 問題があるとすれば、洗脳を解除した瞬間にロザリィが襲ってくるかもしれない点だ。こればかりは、実際に洗脳を解除してみなければどうなるかわからない。そこが賭けになる。


 さっきまで鉄格子に引っかかっていた体も、これだけ小さくなれば鉄格子は簡単に通り抜けられるだろうからな……。


 レクティは遠ざけた。襲われるとしたら俺だろう。


 ……痛いのは嫌だが、覚悟を決めよう。


「洗脳解除」


 ロザリィの洗脳を解除した――直後、



『ガァアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!』



 ロザリィは獣のような叫び声をあげて、捻じ曲がった鉄格子の隙間を抜け俺に飛びかかってきた。


「――ぐっ! ぁああああああああああああっ!?」


 咄嗟に左腕を差し出し、衝撃に押し倒される。


 激痛に視線を向ければ、ロザリィは鋭い歯で俺の左腕に噛みついていた。歯はいとも簡単にブレザーの裾を貫通して俺の左腕の肉を引き裂いている。ともすれば骨にまで達しているかもしれない。


 あまりの痛さに視界が消えそうになる。それでも何とか歯を食いしばって、右手に持っていた手鏡を覗き込む。


「ヒュー・プノシス……! お前のっ、スキルは……〈聖女〉だっ!」


 かちりと脳内でスキルが切り替わる感覚があった。


「〈浄化クレンズ〉ッ! 戻って来い、ロザリィ!」


 俺の左腕に噛みついたままのロザリィの頭を右手で掴み、スキルを発動させる。ロザリィの全身が淡い青色の光に包まれ、光の粒子が溢れだした。


 ロザリィは光を嫌がるように暴れだす。〈聖女〉スキルの〈身体強化〉を使って押さえ込もうとするが、左腕が使い物にならないので思うように拘束できない。


「ヒューさんっ!」


 レクティが悲鳴交じりに俺の名を叫ぶ声が聞こえた。


「レクティ、ロザリィを押さえてくれ!」


「は、はいっ!」


 レクティは俺とロザリィの上に覆いかぶさるように飛び乗って、暴れるロザリィの両腕を羽交い絞めにする。二人がかりで何とかロザリィを押さえ込んで、〈浄化〉をかけ続けた。


『アアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!』


「あと少しだ! 頑張れロザリィ!」


「戻ってくださいっ! ロザリィさんっ!」


 無我夢中で〈浄化〉を使い続け、どれだけの時間が経っただろうか。拘束から脱出しようとするロザリィの力が急激に弱まり、やがてぐったりと脱力した。


 視線を向けると、ロザリィは元の姿を完全に取り戻していた。さっきまで湧き上がっていた光の粒子も消えている。


 肉体が膨張したため身に着けていた衣服がすべて破け生まれたままの姿になってしまっているが、目に見える範囲で怪我もモンスターだった名残も残っていない。


 ひとまず、もう〈浄化〉は必要なさそうだ。


 レクティと協力して、ロザリィを床に寝転がらせる。俺は極力ロザリィの裸体を見ないようにしながら起き上がった。左腕からは絶えず血が流れ続けている。


 すぐに〈治癒〉を使いたかったが、……ダメだ。〈浄化〉を使い続けたのと、出血が多すぎて意識が朦朧とする。


 これじゃスキルは使えそうにない。


「無事か、ヒュー! レクティ嬢!」


「ロザリィ様っ!」


 遠くからイディオットとシセリーさんの声が聞こえてくる。


 もう、大丈夫そうだな……。


「レクティ、俺のブレザーを脱がしてロザリィにかけてやってくれ……。俺は、ちょっと休むから……」


 右腕だけで脱げるところまでブレザーを脱ぎ、意識を手放そうとした時。


 誰かが後ろから、優しく俺の体を抱きとめた。


「〈治癒ヒール〉」


 優しくて温かい、淡い緑色の光が、ゆりかごのような安心感とともに俺の全身を包み込む。


「ゆっくり休んでください、ヒューさんっ」


 微笑むレクティに見守られながら、俺は意識を手放した。

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