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第108話:ドリルツインテールババコ●ガ

「ヒュー、さん……?」


 俺の呼びかけに反応し、膝を抱えてしゃがみ込んでいたレクティは顔を上げる。彼女のアメジスト色の瞳には涙が浮かんでいた。


「ヒューさん……、ヒューさんっ、ヒューさんっ!」


 レクティは俺の名前を何度も叫んで、鉄格子の傍まで駆け寄って来た。


「待ってろ、すぐに助ける!」


 鉄格子の扉には鍵がかけられていたが、〈身体強化〉を使った全力のキックで蹴り破る。


「ヒューさんっ!!」


 牢屋の中に入った俺に、レクティは脇目も振らず抱き着いて来た。俺の胸元に顔を押し付けた彼女は堪え切れず嗚咽を漏らす。


「わた、わたしっ、気づいたらここに居てっ! ヒューさんもリリィちゃんも、どこにも居なくてっ!」


「もう大丈夫だ、レクティ」


 震える彼女の背中に手を回し、優しく抱きしめる。


「助けに来るのが遅くなってごめん」


 レクティは何もわからないまま、気づけばこんな牢獄に閉じ込められていたようだ。短時間だけとは言え彼女が感じた恐怖心は計り知れない。マリシャス枢機卿は、いったい何の目的でレクティを誘拐なんてしたんだ……っ!


 レクティを抱きしめながら、彼女が囚われていた牢屋の内部を見る。すると、床に点々と残された血痕に気が付いた。この牢獄ではもう何度も見たそれに違和感を覚える。


 スキルによって研ぎ澄まされた観察眼が、その血痕から新しさを感じ取ったのだ。


「レクティ、怪我をしてるのか?」


「え、あのっ、えっと……」


 言い淀むレクティの肩を抱いて、少しだけ距離を取る。すると彼女の制服の右腕部分が赤く染まっていた。よくよく観察すれば、ナイフか何かで裂かれたような切れ込みが残されている。


 マリシャス……ッ!!


「だ、大丈夫ですっ! 傷はもうスキルで塞いで、痛みもありませんっ!」


「そういう問題じゃ――……いや、とにかく無事でよかった」


 沸々と湧き上がる怒りを抑え込み、もう一度レクティを抱きしめる。


「……ありがとうございます、ヒューさん」


 俺の胸の中で、レクティは力を抜いて安堵の息を漏らす。彼女を傷つけたマリシャスは絶対に許さない。どんな事をしてでも、後悔させてやる……!


「ヒュー、レクティ嬢は無事か!?」


 戦いを終えたのだろうイディオットとシセリーさんが鉄格子の向こうに現れる。抱き合う俺たちを見てイディオットは少し表情を歪めたが、すぐに頭を振って安堵の表情を浮かべた。


 俺とレクティが牢屋の外へ出ると、イディオットはレクティに向かって頭を下げる。


「すまなかった、レクティ嬢! 僕が不覚を取ったばかりに、君を危険な目にあわせてしまった!」


「い、いえっ! イディオットさんのせいじゃないです! 助けに来てくれて、ありがとうございます」


「レクティ嬢……」


 レクティに頭を下げられ、イディオットは気後れしたように眉尻を下げる。イディオットとしては非難された方が気は楽だっただろうな……。


「あのっ、レクティ様、ロザリィ様をお見かけしませんでしたか!?」


「ロザリィさん、ですか……? いいえ、見てないです……」


 シセリーさんに問われたレクティは首を横に振る。周囲にロザリィの気配はないし、別々の場所に囚われているのは間違いなさそうだ。


「あ、でもさっき……」


「何かご存じなのですか!?」


「は、はいっ。さっき、ロザリィさんと一緒に居た神父のおじいさんが牢屋に来て、私の血が必要だと……」


「レクティ嬢の血だと……!?」


 レクティの右腕が血に濡れている事に気づいたのだろう。イディオットが目を剥いてギュッと拳を握りしめる。


「マリシャス枢機卿ですか……。いったいなぜ、レクティ様の血を……」


「わかりません……。ただ『これで本物の聖女の力を覚醒させられる』と、わたしの血をピンク色の液体に混ぜ込んで」


「なっ!?」


 ピンク色の液体。それって、まさか……っ!


「レクティ、それを飲まされたのか!?」


「い、いえっ。でも、あの人の口ぶりでは、もし誰かに飲ませるんだとしたら……」


「――ロザリィッ!」


 俺は一目散に駆け出した。マリシャスが持っていたという液体がもし俺が知っている物と同一なら、ロザリィがそれを飲まされれば取り返しのつかない事になる……!


「どこだ、ロザリィ!」


 もはや敵に見つかるかもと慎重に動く余裕すらなかった。声を張り上げてロザリィの名前を呼びながら走り続ける。


 やがて辿り着いた、牢獄の最奥部。他の牢屋よりも二回りほど広い牢屋の向こうに、拘束具で体を椅子に固定されたロザリィの姿を見つける。彼女の隣には、マリシャスの姿もあった。


「ロザリィ!」


 気を失っているのか、ロザリィの反応はなかった。体を小刻みに痙攣させる彼女の半開きになった口からは赤い液体が滴り落ち、マリシャスの手には空になった試験官が握られている。


 おい、嘘だろ……。


「飲ませたのか……?」


「おや、何やら騒がしいと思ったらいつぞやの学生ですか。神聖な儀式の最中です。邪魔をすると神罰が下りますよ」


「答えろ、マリシャスッ!! お前は、ロザリィにモンスター化の薬を飲ませたのか!?」


「モンスター化の薬? いいえ、違います。これは神から賜りし聖なる秘薬。神から授かったスキルを十全に活かせない愚かな我々を、見かねた神が差し伸べた救いの手なのです!」


「なにを、言ってるんだ……」


 聖なる秘薬? 神が差し伸べた救いの手? 本気でそう思っているのなら説明してくれ。


 どうしてロザリィは、人の姿を失って化け物になりかけているんだよっ!!


「なんだ、これは……。人がモンスターに……!?」


「うそ、ロザリィ……さん?」


 俺を追って来たイディオットとレクティが、ロザリィの変わり続ける姿を目撃して絶句する。


「……む? な、なんだ、これは!? 聞いていた話と違う! なぜロザリィの体が化け物に……っ! スキルを覚醒させる秘薬ではなかったのか!?」


 マリシャスはロザリィが化け物になりつつある事に気づいて慌てた様子を見せる。直後、ロザリィを椅子に縛り付けていた拘束具が、巨大化する図体に耐えられず弾け込んだ。


「あ、あり得ない! 人が魔に落ちるなんて! 私は、何を……!? おぉ、神よ……っ! ロザリィよ、私を赦して――」


 桃色の体毛に覆われた腕が振り回され、マリシャスの体を壁に叩きつける。ずるずると崩れ落ち、マリシャスはピクリとも動かなくなった。



『GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOON!!!!』



 獣の咆哮が牢獄に木霊した。レチェリーと同じ、大猿のようなモンスターに変化したロザリィは異常に発達した両腕で鉄格子を掴み、ぐにゃりと歪めて外へ出ようとしている。


「くっ……! 剣を構えるのだ、ヒュー! 戦わなければ殺されるぞ!」


「イディオット……」


 茫然自失としていた俺を見かね、イディオットが叫ぶ。


 戦う……? ロザリィと……?


 異形の怪物に成り果てた彼女には、もう俺たちの声は届かないだろう。牢屋から抜け出せば俺たちを襲ってくるのは間違いない。


 だけど……、


「……いいんだ、イディオット」


「なに……?」


「お前もレチェリーの屋敷で戦ったモンスターがどうなったか見ただろ。……あれと、同じなんだ」


「……っ! 時間経過で自壊するというのか……」


 俺が頷くと、イディオットは苦虫を嚙み潰したような顔で剣の構えを解いた。


 わざわざ戦って、これ以上ロザリィを苦しませる理由はない。俺たちはただ逃げればいい。そしたらロザリィは、もうこれ以上傷つくことなく逝く事が出来るのだから。


「どうする事も、出来ないのか」


「…………」


 好き放題にスキルを変えられる〈洗脳〉スキルの力をもってしても、レチェリーを元の姿に戻す事は出来なかった。対象の時間を巻き戻すスキルなんかがあれば、あるいはロザリィを元の姿に戻せるかもしれないが……。


 問題はスキルの名前がわからないという点だ。試せる時間はどれだけ残されている……? わからないが、やるだけやってみるしか……。


「レクティ嬢、何をしているのだ!?」


 胸ポケットの鏡に手を伸ばそうとして、イディオットの声に顔を上げる。すると、レクティが鉄格子の隙間から外へ出ようと悪戦苦闘する桃色の大猿へ歩み寄ろうとしていた。


「レクティ……?」


「ヒューさん、イディオットさん。ロザリィさんの動きを止めてもらう事って出来ますか……? わたし、ロザリィさんを()()()()()()()んです」


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