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第106話:どうせ間に合うのがお約束

「しっかりしろ、イディオット!」


 慌てて駆け寄りイディオットを抱え起こすと、イディオットは小さな呻き声と共に目を開いた。よかった……! 目立った外傷もない。薬か何かで意識を奪われていたんだろう。


「すま、ない……。レクティ嬢を、連れ去られた……」


「犯人は保健医か……?」


 イディオットは悔し気に表情を歪めながら首肯する。


 くそっ……。俺たちもルーカス王子も、学園内部に教会勢力と繋がりのある人物が居る可能性は想定していた。だからリリィはスレイ殿下とホートネス侯爵の誘拐計画を阻止した後でも、念のためレクティにイディオットを同行させたんだ。


 イディオットの実力は、こと守りにおいてはロアンさんやアリッサさんに比肩するレベルだろう。俺の代りにルクレティアとリリィの護衛をしてくれていたアリッサさんが離れられない以上、人選としてはベストな選択だった。


 想定外だったのは、相手がイディオットを無力化できるだけの手練れだった事だ。アリッサさんのさっきの発言はあくまで自分と同レベルの実力者ならという話であって、誰でも不意を突けばイディオットを無力化できるってわけじゃない。


 少なくとも俺には、〈忍者〉スキルを使っても不可能だ。


「ヒュー、レクティは!?」


 俺の後に続いて、ルーグとリリィ、アリッサさんがテントの中に飛び込んで来る。俺が首を横に振ると、リリィは即座にしゃがみ込んで〈戦術家ストラテジスト〉を発動した。


 だが、


「ダメ、レクティの反応がない……!」


「くそ、早すぎる……!」


 俺が離れていたのはせいぜい十五分程度だ。その間にレクティをこのテントに連れ込んで誘拐したのだとしたら、あまりにも手際が良すぎる。


 リリィの〈戦術家〉の有効範囲は1500メートル。レクティを抱えてこの短時間で範囲外に移動するとしたら、事前に馬を用意していたとしか思えない。


 計画された犯行。それも、明らかにモンスターの襲撃が織り込まれている。嫌でも思い出されるのは、レチェリー公爵邸での一件だ。


 またあの時のようにローブの人物が絡んでいるのだとしたら、人をモンスターに変えるあの液体も……。


 とにかく、考えていても仕方がない。今はレクティを取り戻すのが最優先だ。誘拐した人物も、行き先にも見当は付いている。


 無事で居てくれ、レクティ。今助けに――


「はーい、ストップ。そんな怖い顔してどこ行くつもりッスか、ヒュー少年?」


 イディオットを床に寝かしテントから出ようとした俺の前にアリッサさんが立ち塞がる。


「どこって、レクティを助けに行くに決まってるじゃないですか」


「いやいや、冷静になるッスよ。まさか一人で大聖堂に乗り込むなんて言い出さないッスよね?」


「……」


 まさかも何もそのつもりだった。俺のスキルなら誰にも気づかれることなく大聖堂に潜入し、レクティを救出するのは不可能じゃない。むしろ〈洗脳〉スキルをフルに使えば簡単な部類だろう。


「確かに君なら簡単にレクティ嬢を助けられるかもしれないッス。それが問題なんッスよ」


「何が問題なんですか」


「端的に言うと、レクティ嬢の誘拐が無かった事になりかねないッス。自分たちの証言だけじゃ証拠に乏しいッスからね。上手く行きすぎれば、マリシャス枢機卿にすっとぼけられて終わりになりかねないッスよ」


「……つまり、騒ぎを大きくしろって事ですか?」


 俺がこのままレクティを救出したとして、その後でレクティ誘拐の件をマリシャス枢機卿に問い詰めても、マリシャス枢機卿の元にはレクティを誘拐した証拠は一つもない。逆にどうやってレクティを救出したのかと尋ねられれば、俺は答えに窮してしまう。


 そして、レクティを助けてもマリシャス枢機卿が健在な限り、繰り返し誘拐が計画されかねない。


 アリッサさんは一足飛びにレクティを助けるのではなく、マリシャス枢機卿の罪を糾弾するために段階を踏めと言っているのだ。


「レクティ嬢を殺すのが目的ならこの場で殺してるはずッス。イディオット少年も殺されていない。まあ、殺す気で襲ったら殺気で気づかれるから、ってのもあったとは思うッスけどね。何かしらの目的があって誘拐した以上、時間は残されているはずッスよ」


「そうかも、しれませんが……」


「まずは事情を知る人物に話を聞いてからでも遅くないんじゃないッスかね?」


 そう言ってアリッサさんが振り返った先、テントの入り口からシセリーさんが様子を伺うように顔を覗かせていた。マリシャス枢機卿によるレクティ誘拐計画を知らせに来てくれた彼女なら、確かに有益な情報を持っているかもしれない。


 リリィに視線を向けると、彼女はしゃがみ込んだまま泣きそうな顔でこくりと頷く。


「……わかりました」


 俺が頷くと、アリッサさんはシセリーさんを手招きしてテントの中へ呼び寄せた。


「……申し訳ありません。私が無事に到着していれば……」


 シセリーさんは自責の念に唇を噛みしめながら、俺たちに対して頭を下げる。今にして思えばレクティの治療を受けている最中にシセリーさんが譫言のように呟いた『聖女』という言葉は、ロザリィではなくレクティを指していたのだろう。


 シセリーさんはボロボロになりながら気を失う直前までレクティの危機を伝えようとしてくれていた。感謝こそすれ非難なんて出来るはずがない。


「シセリーちゃんの傷、モンスターにやられたわけじゃないッスよね?」


「……はい。あれは、マリシャス枢機卿から逃げる際に追手に負わされた傷です。彼は極秘裏に異端者を集め自身の親衛隊とも言える武装集団を組織していました。ロザリィ様の護衛として派遣されていた私たち聖騎士は、彼らに襲われ私だけが……」


「教会の内輪揉めッスか」


「そんな生易しいものじゃありません! これは、マリシャス枢機卿による反乱です。彼は邪悪な思想に取り憑かれ異端者に成り果てました。ロザリィ様を大聖堂の地下に幽閉し、救出に向かった我々を攻撃したのです!」


「ロザリィが幽閉された!?」


「それは本当なの、シセリーさんっ!?」


「はい……。ロザリィ様は病に苦しむ人々を懸命に救おうとされていました。ですが、どうしても力及ばず……。マリシャス枢機卿はそんなロザリィ様を、聖女を騙る偽物と断じて牢屋に閉じ込めたのです……!」


「そんな、滅茶苦茶だ……」


 そもそも聖女なんて教会が回復系スキルを持つ女性を指名しているだけの名誉職だ。宗教的な意味合いは強いかもしれないが、指名されたから特別な力を得られるってわけじゃない。


 聖典にも病を癒す描写はなかったはずだし、マリシャス枢機卿がロザリィを偽物と断じる根拠が余りにも乏しい。創作の〈聖女〉スキルに劣るから偽物なんて、言っている事が短絡的過ぎる。


「まさか、今の聖女に見切りをつけたからレクティを……?」


 リリィの問いに、シセリーさんは悔し気に頷く。


「マリシャス枢機卿にとって、聖女の存在は神より重要なようです。マリシャス枢機卿がレクティ嬢を手に入れれば、ロザリィ様は今度こそ用済みになってしまう。だからどうしても、レクティ嬢の誘拐を阻止しなければと、そう思ったのですが……」


「…………っ」


 視線をアリッサさんに向けると、彼女は目を瞑って考えをまとめているようだった。シセリーさんの話では、命の危機に瀕しているのはレクティよりもロザリィだ。やっぱり俺が大聖堂に乗り込んでレクティとロザリィの両方を救出するしか……。


「よし、二手に分かれるッス」


 瞼を開いたアリッサさんは手を叩いてそう提案した。


「一方はルーカス殿下に事態を報告し、正式な手順で教会に踏み込むための算段を付ける班。もう一方は先行して教会に殴り込んでレクティ嬢と聖女ロザリィを救出、同時にマリシャス枢機卿の身柄と誘拐の証拠を確保する班。ルーカス殿下への報告は自分とリリィ嬢、それからルーグ少年。そして教会へ殴り込むのはシセリーちゃんとヒュー少年、それから……イディオット少年、もう動けるッスよね?」


「無論だ……!」


 アリッサさんに問われたイディオットは、ふらふらとよろめきながら立ち上がる。まだ本調子とは言えなさそうだが、イディオットは歯を食いしばって拳を握りしめていた。


「本当は自分もそっちに行きたいッスけど、王国騎士団員が令状もなく教会に乗り込んだら大問題になりかねないッス。頼んだッスよ、ヒュー少年」


「……ありがとうございます、アリッサさん」


 もしアリッサさんに止められずレクティの救出に向かっていたら、ロザリィの危機的状況に気づけなかったかもしれない。


「感謝なんて必要ないッス。今この瞬間も、レクティ嬢と聖女ロザリィが危険なのは確かッスから。もし、間に合わなかったら。その時は自分を恨んでくれて構わないッスよ」


「そうならないように全力を尽くします」


 俺の返事にアリッサさんはどこかホッとしたような表情を見せて頷いた。


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