第105話:ゃ無茶しやがって……
ひと気のないところで〈忍者〉スキルに切り替え、強化された五感を用いてロザリィを探索する。
〈千里眼〉などの探知系のスキルに切り替えて探すか迷ったが、まだ近くにモンスターが潜んでいるかもしれない状況で視界を失うスキルに替えたくなかった。
〈忍者〉スキルなら範囲は限られてしまうが探知と戦闘を両立する事ができる。
「どこだ、ロザリィ!」
呼びかけつつ、俺は観覧席や出店が並んでいたエリアを探し回った。集まっていた人々は王国騎士団に護衛されて一か所に集められていたが、その中にロザリィの姿はない。そして救護が追い付かず倒れたままの怪我人の中にも、それらしい姿は見つけられなかった。
あのピンク髪とドリルツインテールが目立たないはずがないんだが……。
通りかかった人にも尋ねて回ったが、誰もロザリィらしき人物を見かけていなかった。もしかしたら、ルーグのように髪型と髪色を変える魔道具を持っているのか……?
いいや、だとしても〈忍者〉スキルの洞察力があれば顔を見ただけで見分けられるはずだ。避難した人々の中にも、怪我人の中にもロザリィは居なかった。
……一度、シセリーさんのところへ戻ったほうがいいか。闇雲に探しても見つかりそうにない。戻ればアリッサさんも居るし、アリッサさんの近くなら安全に探知系スキルも使うことが出来そうだ。
元の場所に戻ると、シセリーさんは近くの簡易テントに運び込まれていた。中に入ると絨毯に寝かされたシセリーさんと、その傍らにルーグとリリィ、アリッサさんの姿がある。
「あ、ヒュー! ロザリィは!?」
「すまん、見つからなかった。シセリーさんなら居場所を知ってるかと思って戻ってきたんだ」
「そっか……」
「シセリーさんは眠ってるのか?」
「うん。レクティが治療してくれたんだけど、出血が酷くって……。すぐに起きるとは思うんだけど……」
かなりの重傷だったからな……。それを傷跡一つ残さずに治療しているのはさすがレクティだ。
「そう言えばレクティは?」
クラスの他の連中が手分けして怪我人の救護に当たっているのはここに来る前に何度か見かけた。ただ、レクティは見かけなかったからてっきりここに居るのかと思ったんだが……。
「レクティなら保健医の先生に呼ばれて怪我人の治療に向かったわ。念のためイディオットに付いてもらっているから大丈夫よ」
「そうか。それなら安心だな……」
イディオットが居ればモンスターに襲われたとしても対処できるだろう。レクティを命懸けで守ろうとしてくれるだろうし、護衛としては誰よりも信用できる。
シセリーさんがいつ起きるかわからないし、スキルを〈千里眼〉に切り替えてロザリィを探すか……。アリッサさんとルーグにスキルを切り替える瞬間を見られたくないから一旦外へ出よう。
そう思って踵を返しかけた時、
「ん……ぅ」
シセリーさんが呻き声をあげてゆっくりと瞼を開いた。
「お、目が覚めったッスね。おはよーッス、シセリーちゃん?」
「あ、アリッサ先輩……? え、あれ……?」
アリッサさんに顔を覗き込まれ、シセリーさんは戸惑いの表情を浮かべる。
というか、先輩?
「自分とシセリーちゃんは王立学園時代の先輩後輩なんスよ。ちょうど一個下で、今のヒュー少年みたいに剣を教えてあげてたッス。王国騎士団に来るよう誘ったのに聖騎士になったりする生意気な後輩だったんスけどね」
「そ、それは先輩が毎日私をボコボコにするから――ってそれどころじゃありませんっ!」
シセリーさんは慌てた様子で飛び起きて、しきりに周囲を見回す。
「〈聖女〉スキルの少女は……!? ヒュー様、ルーグ様、こちらに〈聖女〉スキルの少女が居られるはずです! その方はどこに!?」
「お、落ち着いてシセリーさん! レクティなら怪我人の治療に向かったよ!」
「――っ! す、すぐに探してください! 教会が……マリシャス枢機卿が〈聖女〉スキルの少女の誘拐を企てています!」
「なっ……」
マリシャス枢機卿がレクティを……!?
教会がレクティを狙う可能性は確かに想定していたが、それにしたってタイミングが良すぎる。スレイ殿下とホートネス侯爵のレクティ誘拐計画、モンスターの襲撃、それに今度はマリシャス枢機卿がレクティの誘拐を企てているって……。
「大丈夫よ、レクティの傍にはイディオットが居るわ。どんな手練れでも、彼を相手にレクティを連れ去れるとは思えない」
「いやぁ、それはどうッスかね」
リリィの言葉に、アリッサさんは腰に携えた剣に手を添えながら異論を唱える。
「イディオット少年の実力が抜きんでている事は認めるッスよ。真正面から戦えば、自分でも守りに入ったイディオット少年を倒すのには時間がかかるッス。……けど、教師と生徒という関係を利用して不意を突けば一瞬で終わらせられる自信もあるんスよね」
「イディオットの不意を、ですか……?」
「――っ! レクティを呼びに来たのは、保健医の先生本人だったんだよな!?」
「う、うんっ。重傷者が居るからすぐ来て欲しいって……」
「おかしくないか……? どうして保健医の先生は、わざわざ自分でレクティを呼びに来たんだ……?」
「えっ……あっ!」
保健医は治癒系スキルを持っている。外には大勢の怪我人が居る状況下で、いくら重傷者が居るからって怪我人の治療をせずレクティを呼びに来るのは不自然だ。王国騎士や近くに居た人に伝言を頼めばそれで済むはずなのだから。
……もちろん気が動転していたか、元から優先順位をつけるのが苦手な人だった可能性もある。
だけど、脳裏に引っかかるのは保健室に置いてあった神授教の聖典だ。
保健医は職場に聖典を置くほど熱心な神授教徒だった。もし以前からマリシャス枢機卿と関係があったのだとしたら……。
「くっ……!」
俺はテントを飛び出しちょうど近くに居たブラウンとアンにレクティの居場所を尋ねた。
「レクティならさっき、保健医の先生とイディオット様と一緒にあのテントへ入って行ったけど」
「そんなに慌てて何かあったのか?」
「後で説明する!」
二人への礼もそこそこに、アンに教えて貰ったテントに飛び込む。
そこにはもうレクティと保健医の姿はなく、
「イディオット!」
床に倒れ伏すイディオットだけが残されていた。