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第102話:裏切り者の名を受けて1話で退場する男

 クラス対抗戦の開始を告げるラッパの音が森の中に鳴り響いた。事前の作戦通り、陣地にはレクティと最低限の守りを残し、他のクラスメイトは全員でまずフィールド中央に進軍する。


「レクティのことお願いね、ヒュー」


「ああ、任せてくれ。イディオット、リリィを頼む」


「承知した。スキル〈守護者〉の名に懸けて、必ずや守り抜いて見せようではないか」


 中央に進軍する組のリリィとイディオットを見送り、陣地に残ったのは四人。俺とルーグとレクティ、それにトレイター・インフォームという名の男子生徒だ。


 スレイ殿下派に属していた生徒の一人で、リリィによればインフォーム男爵家の跡取り息子らしい。ホートネス家との距離が近く、イディオットの昔からの取り巻きの一人だったようだ。


 そんな彼は教室での作戦会議の際、陣地防衛に自ら志願した。曰く、朝から調子が悪く攻撃組についていけないかもしれないからだとか。


「よ、よろしくお願いします、トレイターさんっ」


「っち。調子に乗るなよ、下民風情が」


 レクティに声をかけられたトレイターは舌打ちをして差別意識を隠そうともしない。


 クラスメイト達がレクティを中心に団結する中、トレイターはいつもその輪を外から軽蔑するような眼差しで見つめていた。彼が他のスレイ殿下派のクラスメイトと衝突する姿を見かけたこともある。


 クラスの雰囲気に馴染めなかったんだろう。俺もどちらかと言えば傍観者側だから、気持ちはわからないでもない。




 だからと言って、レクティ誘拐計画に加担した事を見過ごせはしないけどな。




「ひゅっ、ヒューさん!? 何をしてるんですか!?」


 レクティが血相を変えて俺に問いかける。なぜかと言えば、俺が〈忍者〉スキルでトレイターの背後へ近づき、そのまま腕を掴んで押し倒したからだ。


「がっ!? な、なにを――」


「騒ぐな、トレイター。腕を折られたくなければ大人しくしてくれ」


 出来れば人の腕を折る経験なんてしたくはないが、中途半端は脅しにならない。抵抗しようとしていたトレイターは、俺が徐々に力を籠めると苦痛に表情を歪めて大人しくなった。


「ルーグ、頼む。たぶん左側だ」


「うんっ!」


 事前に示し合わせておいたルーグは、俺の指示でトレイターの制服をまさぐる。するとブレザーの下、ズボンに挟む形で隠されていた短剣が見つかった。


 ルーグが鞘から抜くと、明らかに刃引きがされていない。クラス対抗戦で使用する武器は木製の非殺傷性武器に限られる。その他の武器、特に刃引きがされていない刀剣類の持ち込みは厳禁だ。


 何かを隠し持っているのは〈忍者〉スキルですぐに見破れたのだが、まさか短剣を持ち込んでいるとは……。


「トレイター、これはなんだ?」


「ご、護身用の短剣だ……! 最近は物騒だからと父上から常に持ち歩くように言われて……」


「クラス対抗戦の最中までか? ついさっき得物の持ち込みは禁止だと説明されたばっかりだろ」


「お、置いてくる暇がなかったんだ! だから仕方がなく……!」


「学園を出る前に昼食の時間を兼ねた自由時間があったはずだけどな。何なら、その時に寮に戻って短剣を隠し持って来たんじゃないか?」


「――っ」


 図星か。トレイターが陣地に残ると名乗り出た時点で怪しいとは思っていた。〈忍者〉スキルでトレイターが歩く際の重心の些細なぶれに気づいたのは、教室から馬車へ移動する際の事だ。


「答えろ。お前は父親から指示されてレクティの誘拐計画に加担したな?」


「えっ!?」


 俺の言葉に事態を見守っていたレクティが目を丸くする。リリィやルーカス王子と相談して、レクティには事前に自身の誘拐計画があることを伝えていなかった。


 その件については後でしっかり謝罪するとして、だ。


「し、仕方がなかったんだ……っ! ホートネス家が倒れればうちの家もただじゃ済まない! スレイ殿下には勝ってもらわなきゃ困るんだよ!」


「だからって、自分を犠牲にするつもりだったのか? 誘拐に加担したとバレたら投獄されるんだぞ?」


「承知の上さ……! スレイ殿下は王になれば恩赦を出すと言ってくださった! しかも将来的には大臣として起用すると約束まで! 俺は殿下に選ばれたんだよ! こんな狼藉が許されると思うなよ、田舎貴族!」


「…………馬鹿だろ」


 こんな簡単に口を割るような奴だ。計画を知るトレイターをスレイ殿下が生かしておく理由がない。


 野盗のふりをした傭兵に殺させるか、傭兵ごと葬り去るか。無事に生きて投獄されたとしても、恩赦を与えられず牢屋で放置されるのが関の山だろう。


 とりあえず、ルーグにも手伝ってもらいトレイターの口を布で塞いでから縄でふん縛った。


 トレイターのスキルは〈高速移動〉という足が速くなるスキルだから、足も忘れずに縛っておけば問題ないだろう。


 後は適当に転がしておけば、アリッサさんか王国騎士団が回収してくれるはずだ。


「あの、ヒューさん。いったい何が……?」


「えーっと、そうだな……。どこから説明すればいいものか……」


 レクティは王位継承権争いについてほとんど知らないはずだ。自分の与り知らぬところで自身の誘拐計画にまで発展している騒動を知ればショックを受けるかもしれない。


 とはいえ、説明しないわけにもいかないからな……。


 ただ、この場で悠長に説明している余裕もない。計画通りなら野盗に扮した傭兵がレクティを攫うべくここへ近づいて来ているはずだ。すぐ近くに待機しているアリッサさんや王国騎士団と衝突するのは時間の問題だろう。


 この場が戦場になる前に移動したほうがよさそうだ。


「すまん、レクティ。詳しい話は後で必ずするから、とりあえず俺たちを信じて一緒に来てくれないか。今からリリィとイディオットに合流する」


「わ、わかりました……っ!」


 レクティはこくこくと頷いて答えてくれた。突然のことで混乱しているとは思うが、素直に応じてくれる事にレクティからの信頼を感じる。応えなくちゃな、俺も……!


「ヒュー、あれっ!」


 気合を入れなおした矢先、ルーグが空を指さして叫んだ。その指の先へ視線を向けると、細い紫色の煙が空に向かって立ちのぼっている。


 あれは……っ!


 クラスで事前に決めていた狼煙の合図だ。例えば赤なら中央本体の劣勢、青なら優勢と、それぞれの色に異なる意味を持たせていた。


 紫色は、緊急事態発生の知らせ。


 クラス対抗戦どころじゃない天災や、命の危機にかかわる何かが起こった際の緊急連絡用。しかも、この狼煙を使うのはフィールド中央に進軍したリリィたちに問題が起こった場合のみと決めていた。


「いったい何が……」


「ヒュー、とにかくリリィのところへ急ごう!」


「り、リリィちゃんが心配ですっ、ヒューさんっ!」


「そうだな……、急ごう、二人とも!」


 状況は分からないが、とにかく俺たちもフィールド中央へ向かう事にした。


 無事で居てくれ、リリィ……っ!


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