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第101話:もう何も怖くない

 クラス対抗戦の一日目。午後からの第一試合に振り分けられた俺たち一年A組はお昼前に馬車に乗り込んで会場となる王都近郊の森林地帯へ向かった。


 馬車に揺られること一時間半。到着したクラス対抗戦の会場は、大勢の人で賑わっていた。多数の出店が立ち並ぶ様は前世の縁日を思い出す。学校行事の一つだと思っていたのだが、どうやら王都の住民にとっては祭りのような認識なのかもしれない。


「はーい、君たちはこっちッスよー」


 物珍しさに立ち止まっていた俺たちを、アリッサさんが誘導する。ルーグたちと出店を見て回れたらよかったんだけどな……。こればっかりは仕方がないか。


 ……それに、イベントを楽しんでいられない理由もある。


「いよいよね……」


 リリィが緊張の面持ちで言う。周囲に居たクラスメイト達は、クラス対抗戦に向けてリリィが意気込んでいると感じたのだろう。「大丈夫よ、リリィさん!」「俺達には聖女様がついてるからな!」「レ・ク・ティ! レ・ク・ティ!」と声をかけている。


 正直、クラス対抗戦は二の次だ。レクティの誘拐計画を阻止することを第一に考えて行動する必要がある。


 イディオットに視線を向けると、こくりと頷き返してきた。


 事前にイディオットにはレクティの誘拐を阻止するための対策を共有している。悪いとは思ったが、念のためイディオットには〈洗脳〉スキルを使って父親であるホートネス侯爵の繋がりを確かめさせてもらった。


 結果は白。イディオットは本気で父親と敵対してでもレクティを守ろうとしている。


 イディオットが味方で居てくれるのは心強い。剣の実力は王国騎士団にも引けを取らないし、存分に頼らせてもらうことになりそうだ。


 控室代わりの大型テントに入り、クラス対抗戦前の最終ミーティングを行う。学園を出発する前に作戦会議はあらかた終わらせているので、リリィを中心に作戦の最終確認を軽く行い、その後は指揮官であるレクティに挨拶をしてもらうことになった。


「わ、わたしが挨拶するんですか!?」


「ほら、レクティ、頑張って!」


「は、はい……っ」


 ルーグに背を押され、レクティはリリィと立ち代わりでクラスメイトたちの前に立つ。以前までならそれだけで顔面蒼白になり一言も喋れなくなっていたところだが、今のレクティなら大丈夫そうだ。緊張はしているものの、おろおろしている様子はない。


 やっぱりクラスメイトたちと打ち解けられたのが大きいんだろう。指揮官を決めるときは血で血を洗う抗争を繰り広げた皆だが、中間試験の合間を縫ってクラス対抗戦への準備を進める中で次第に結束を強めていった。


 まったくわだかまりがなくなったわけじゃない。それでも、スレイ殿下を支持していたクラスメイトたちも、ブルート殿下を支持していたクラスメイトたちも、今はレクティを指揮官と認めて協力的だ。


 ブルート殿下派はもともと平民のレクティには好意的だったし、スレイ殿下派も国王陛下を治療したレクティには貴族として一目置かざるを得なかったのだろう。


「ゆっくりで構わないからな」


「レクティ、頑張って!」


 ブラウンやアンといったそれぞれの派閥のリーダー的な存在がレクティを支持してくれているのも大きいな。


 声をかけてくれた二人にレクティはこくりと頷きを返して、


「み、みなしゃん」


 思いっきり噛んでその場に崩れ落ちた。


 すかさずリリィが駆け寄ってレクティを慰める。見守るクラスメイトたちが「かわいい」「守らなきゃ……」などと口々に好き放題言っているうちに、レクティは顔を真っ赤にして目尻に涙を浮かべぷるぷる震えながら立ち上がった。


「み、みなさん! 精一杯頑張ってくださいっ! わたしもみなさんが怪我をしたら治しますので!」


 半ばヤケクソ気味な激励に、クラスメイト達は「おおおおおおお――っ!」と気合の入った歓声を上げる。


 ……レクティはたぶん自分に出来ることを精一杯頑張りますとアピールしたかっただけなんだろう。けど、怪我をしてもレクティが治してくれる安心感が何をもたらすのかと言うと、


「俺達には聖女レクティの加護がある!」

「怪我をしても大丈夫だ! 突撃あるのみ!」

「もう何も怖くない!」

「レ・ク・ティ! レ・ク・ティ!」


 怪我をも恐れぬ狂戦士バーサーカー軍団が誕生した瞬間だった。


 クラス対抗戦では怪我をすれば次戦以降の出場が難しくなるため、普通は慎重な作戦行動が求められるらしい。人的資源をどれだけ損耗せずに勝ち進めるかも各クラスに求められる要素だろう。


 その点で考えると、俺たち一年A組は圧倒的に有利だ。


 なんせレクティが居るから、怪我で戦線離脱を余儀なくされてもすぐに復帰できてしまう。他のクラスにも回復系スキルが使える生徒は何人か居るらしいが、レクティのように骨折を治せるレベルではないから比較にならない。


 そのうえ、〈戦術家〉を持つリリィや、イディオットなど他の生徒も粒揃いときている。生徒会主催の公式賭博では、優勝オッズで俺たちのクラスが上級生のクラスを差し置いて一番人気になっているらしい。


「あ、あのっ! みなさん落ち着いて……無茶はしちゃダメですからね!? 怪我を治せると言っても一度にたくさんの人は治せませんからねーっ!?」


 レクティの呼びかけもどこ吹く風でクラスメイト達の士気は最高潮に達している。まあ、雰囲気最悪のまま今日を迎えていたよりはずっとマシだろう。レクティはちょっと気の毒だが……。


 開始時刻が近づき、俺たちはテントからスタート地点に移動する事になった。その道中、大勢の人が詰めかける観覧席の方を見てルーグが立ち止まる。眉のあたりに手で日よけを作り、爪先立ちをして誰かを探すような素振りを見せる。


「ねえ、ヒュー。ロザリィ来てるかな……?」


「どうだろうな……」


 ロザリィを取り巻く環境は日に日に悪化していた。教会の聖女に病を治す力はないと王都の人々の間で噂になりつつあり、家族を失った人が面と向かってロザリィに罵倒を浴びせるという事もあったらしい。


 睡眠はしっかり取らせているが、それでストレスや現状がどうなるわけでもない。食事が喉を通らないようで、ロザリィの健康状態は悪化の一途を辿っている。


 そんな中でクラス対抗戦の見学に来るのは難しいはずだ。マリシャス枢機卿が許すとも思えない。ルーグもそれをわかっていつつ、一縷の望みに賭けてロザリィの姿を探したのだろう。


「行こうか、ルーグ」


「うん……」


 ルーグを促し、他のクラスメイト達の後に続く。


 ロザリィの件はルーカス王子が動いてくれている。そろそろ仕込みも完了する頃合いだ。


 今はクラス対抗戦と、その裏で進むレクティ誘拐計画の阻止に集中しよう。


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