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第100話:やはり俺の洗脳スキルは間違っている

 ルーカス王子とリリィの知恵を借り、何とかロザリィを助ける算段を立てることは出来た。だけど、準備や根回しには少し時間がかかってしまう。その間にロザリィの限界が来てしまっては意味がない。


 まずは現状のロザリィの負担を少しでも軽くするべく、半月が照らす王都の街を俺は〈忍者〉スキルを駆使して大聖堂へ向かって駆けていた。


 大聖堂の前に到着すると、さすがに午前と同じように扉の前に人は集まっていなかった。段々と春から夏に近づきつつあるとはいえ、王都の夜はまだ底冷えする寒さだ。一度家に戻ったのか、大聖堂の中へ招き入れられたのだろう。


 物陰に隠れ、スキルを〈忍者〉から〈千里眼〉に切り替える。ロザリィの居場所を探ると、どうやら尖塔の部屋に戻っているようだ。既に遅い時間だからか、部屋の中にシセリーさんの姿はない。


 ロザリィは部屋の中で小さな女神像を前に跪き、祈りを捧げていた。……本当に信仰でスキルが何とかなってくれたらいいんだけどな。


 念のためマリシャス枢機卿の姿を探したが、どうやら大聖堂を留守にしているらしい。横槍を受ける心配をしなくて済むから好都合だ。


 再び〈忍者〉スキルに切り替え、外から尖塔を目指して壁をよじ登る。建築時に使われたのだろうでっぱりが幾つかあるため、〈忍者〉スキルを駆使すれば登るだけなら簡単だ。


 ……とはいえ、ロザリィが居る部屋までの高さは70メートル少々。勢いよく登り始めてしまったおかげで、足元を見れば地面がかなり遠くに感じる。この高さから落ちれば、さすがの〈忍者〉スキルといえど無傷じゃ済まないだろうな……。あと風も強いしめっちゃ寒い。


 二つの意味で足が震えるのを我慢しながら、何とか尖塔を目指して登り続ける。だいたい五分程度で、ようやくロザリィが居る部屋の窓へと辿り着けた。


 窓から室内を覗き込むと、ロザリィはまだ祈りを捧げ続けている。邪魔するのは忍びなかったが、何度か窓を叩いて俺の存在を知らせた。


「えっ……ひっ、ヒュー様っ!?」


 ロザリィは驚いた様子で目を見開き、慌てて窓のほうまで駆け寄ってくる。


「そ、そんなところで何をなさっていますの!?」


「あーっと、少しロザリィに話したいことがあってな。中に入れてもらえるとありがたいんだが、ロザリィが嫌ならこのままで構わない」


「いいえっ! 中に入ってくださいませ!」


 ロザリィは窓を開いて俺を中へ招き入れてくれた。窓が外開きだったせいで危うく落ちそうになったりもしたが……。


「いったいどうやってここまで……。――はっ! もしやヒュー様は神の御使い!? わたくしの祈りがついに届きましたのね!?」


「へっ? えーっとぉ……」


 何やらとんでもなく壮大な勘違いをロザリィがし始めたのだが、……どうしよう。このまま勘違いさせたままにした方が、都合が良さそうな気がする。


 〈忍者〉スキルには〈演技〉も内包されているから、騙すのは容易だろう。良心の呵責にさえ目を瞑れば……。


「そ、そうだ。私はヒュー・プノシスという少年の姿を借りて君に会いに来たのだ」


「まあ、やはり!」


 ロザリィはパぁっと表情を明るくし、俺に向かって跪いた。


「ちょっ……、何してるんだ!?」


「御使い様、どうかわたくしに人々を救う力をお与えくださいませ!」


 ロザリィは俺に向かって祈りを捧げながら懇願する。


「大勢の病に苦しむ方々が、わたくしに治療を求めてやって来るのです……! ですが、わたくしには彼らを救う力がなくて……。今日も、大勢の方がわたくしの前で亡くなられて……っ。どうすることもっ、できなくてっ……!」


「ロザリィ……」


「お願いいたしますわ、御使い様! どうかわたくしに……っ! 彼らを救う力をっ!」


 病に苦しむ人々を救いたいという強い想い。その人々を救えないもどかしさと悔しさ。彼女がこれまで抱え続けてきたものが、ギュッと閉じられた双眸から涙となって溢れ続ける。


 彼女の想いに、答えてやりたいが……。


「聖女ロザリィ。たとえ君がどれだけ望んだとしても、神は例外をお創りにならない。人がその身に宿すスキルは、一つきりだ」


「そん、な……。ですが、おじい様は神を信仰すればいずれ人々を救うスキルを授かると!」


「そのおじい様とやらの言葉は、神の御使いである私の言葉より信じられるのか?」


「そ、それは……っ」


 ロザリィは狼狽し、ネグリジェの胸元をギュッと右手で握りしめる。


 ……すまん。


「君が人々を救おうとする献身的な姿勢は素晴らしい。神もお喜びになっている。……だが、同時に嘆かれてもいるのだ。君がどれだけ祈り、苦しんでも、神は君をお救いなさることができない。だから、私が君のもとへ派遣された」


「御使い様……」


「聖女ロザリィ、あと少しの辛抱だ。いずれ君は、苦しみから解放される。その時まで君が自分を保っていられるように、私が少しだけ力を貸そう」


 俺はちらりと部屋の中にあった姿見に映る自分の目を見て「洗脳解除」と呟く。〈忍者〉スキルを外して元の〈洗脳〉スキルへ戻し、ロザリィに言う。


「俺の目を見てくれるか、ロザリィ?」


「ええ、わかりましたわ」


「スキル〈洗脳〉」


 目を合わせ、ロザリィに〈洗脳〉スキルを使用した。彼女の頭上には【洗脳中】の文字が浮かび、ロザリィは俺を見上げたままボーっとしている。


 今、ロザリィの生殺与奪の権利は俺の手の中にある。どんな命令も思いのまま、彼女を好きに甚振ることだって出来てしまうのだから恐ろしい。


 ……こんな力、本当は使いたくなんてないんだけどな。


 でも、そんなことは言っていられない。


 まずは、試しておきたい事がある。


「ロザリィ。君のスキルは――〈聖女〉だ」


 自分のスキルを切り替える時と同様に、ロザリィのスキルを切り替える。


「ロザリィ、今のスキルを教えてくれ」


「わかりましたわ。ステータス……わたくしの今のスキルは、〈治癒ヒール〉ですわ」


「…………やっぱりダメか」


 事前にルーカス王子立ち合いの下でリリィに試した時と結果は同じ。


 俺の〈洗脳〉スキルは、()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。


 他にも〈洗脳〉スキルで〈スキル付与〉や〈スキル交換〉などスキルを切り替えられるか試してみたが、それもダメだった。どうやら他者のスキルに干渉できるスキルは存在しないらしい。


 ……俺の〈洗脳〉スキルは何なんだマジで。


 ロザリィのスキルを〈聖女〉に変えられたら、俺が〈洗脳〉を使えなくなる代わりにロザリィがこれ以上苦悩する必要はなくなる。これが上手く行けば何もかもが丸く収まると思ったのだが……仕方がない。


「ロザリィ、ベッドに入って横になるんだ」


「はいですわ」


 ロザリィは俺の指示通り、ベッドに入って横になる。そんな彼女に布団をかけてやり、洗脳でたっぷり朝まで眠るように指示を出した。規則正しい寝息が聞こえてきたのを確認し、洗脳を解除する。


 ロザリィの目元には化粧で隠し切れないほどのクマが浮かんでいた。


 ストレスが原因の不眠症は俺も経験したことがある。何が一番キツイって、睡眠不足によってより精神が摩耗してしまうことだ。それが原因で更に不眠症が悪化する悪循環に陥ってしまい、前世で死ぬ直前は睡眠薬を鷲掴みにしてテキーラで流し込んでも眠れなかった。


 こうして〈洗脳〉スキルで強引に眠らせるだけでも、精神的にはかなり楽になるだろう。


 問題の抜本的な解決にはルーカス王子が動いてくれているが、関係各所との調整にどうしても時間がかかってしまうらしい。それまでの間は、こうして毎晩ロザリィを寝かしつけたほうがよさそうだ。


 ……ロザリィには悪いが、もう少しだけ御使いのふりをさせてもらおう。


「ゆっくり休んでくれ、ロザリィ」


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