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交差する声

作者: 翡翠


朝の通勤ラッシュが過ぎ去った後のカフェは、少しだけ静かだった。


窓際のテーブルに座っていた真由は、ブラックコーヒーを口に運びながら、外の景色をぼんやりと眺めていた。 


交差点の向こうには、さまざまな人々が行き交っている。


背の高い外国人の男性が早足で歩き、その隣にも外国人の女性が笑いながら電話をしている。


真由のすぐ近くのテーブルでは、アジア系のカップルふたりが会話を交わしている。


多様な顔ぶれが、ここ数年で一気に増えたこの街を象徴している。



"多様性"ね...



真由はコーヒーカップを机に置いた。


仕事の関係で、最近このテーマに悩まされている。


会社では「多様性と包摂」というスローガンが掲げられ、表向きはその理念を尊重している。


だが、実際のところは違う。形式的な研修や意識啓発が行われる一方で、職場の中には目に見えない壁があることを、感じ取っていた。


少し前、同僚の藤村が小声で言った言葉が頭に残っている。



「結局、上っ面だけ。みんな"違いを受け入れる"って言ってるけど、心の中では嫌がってる。あいつら、自分と違うヤツが来たら、居場所奪われるんじゃないかって怯えてるんだよ」



藤村は、半ば冗談混じりにそう言ったが、真由にはその言葉が痛烈に響いた。


彼女自身も、心の奥底で僅かながらそう感じていたからだ。


例えば、会社に新しく入ってきた社員のアレックス。彼は優秀で、英語が堪能なだけでなく、日本語も流暢に話す。


真由は彼に対して何の敵意も抱いていなかったはずだが、どこかで無意識に"競争相手"として彼を意識している自分がいた。


彼の能力が高ければ高いほど、真由自身の存在が薄れていくような、そんな不安や劣等感を感じてしまう。



私は本当に多様性を受け入れてるのか



その疑問は、日に日に大きくなる。表面上は笑顔で"みんな違ってみんないい"と言いながら、心の中では違いを恐れている。


その葛藤は、真由の胸にずっしりと重くのしかかっていた。




その昼休み、真由は同僚の鈴木とランチをとるためにカフェテリアに向かった。鈴木は彼女よりも若く、少し無邪気な性格だが、その遠慮の無い言葉が時折、真由の心を刺すことがあった。



「最近、アレックスがすごく注目されてる。仕事も出来るし成果もちゃんと上げてる。真由さん大丈夫?」



鈴木は無邪気に笑いながら言ったが、真由の心には深く突き刺さった。



『何が?』



「だって、私達のフィールドにあんなに優秀な外国人がどんどん入ってきたら、私たちの居場所、無くなっちゃうんじゃないかって思っちゃってさ。真由さんも焦ったりしない?」



その言葉に、真由は一瞬答えに窮した。


本当は焦っている。だが、それを認めるのは自分が負けているように感じた。



『そんなことないよ。競争はどこにだってあるし、私たちも自分のスキルを磨けばいいだけでしょ』



綺麗事を並べながら、真由の中で別の声が囁く。



本当はどうなんだろうか


アレックスがどんどん成果を上げるたびに、私の価値は相対的に下がっていくんじゃないのか?


それが怖くて、私は彼を避けようとしているんじゃないか?


鈴木は満足そうに頷いたが、真由自身はその会話の中でさらに自分の矛盾を感じていたのだ。




その日の夕方、真由は仕事を終え、アレックスと廊下でばったり会った。



「真由、明日のミーティングの資料、見てくれるかな?」



アレックスは軽い調子で言ったが、真由は一瞬、警戒心を覚えた。


彼の頼みが、自分の時間を奪い、さらに彼の成功を助長する手助けにしかならないのではないか、と。


だが、彼の目を見た瞬間、その思いは霧散した。アレックスの瞳には、ただ純粋に助けを求める誠実さが宿っている



『分かった。メールで送っておいて』



そう答えておきながら、真由は自分の中の矛盾に苛まれていた。


彼の存在が自分にとって脅威だと感じながらも、


同時に彼の人としての誠実さに惹かれてしまう。この感情の複雑さが、自分をますます混乱させていた。




夜、真由は帰宅し、ソファに腰を下ろした。テレビをつけても、頭の中には昼間の鈴木との会話や、アレックスとのやりとりがぐるぐる回っている。



多様性を受け入れるって、そんなに簡単なことじゃない


真由は、誰にともなく呟いた。


人は理屈の上では理解できる。違う背景を持つ人たちと共に働くことは大事だ、と。


だが、現実にはその「違い」が自分にとって不安や脅威になることもある。


それをどう処理すればいいのか、彼女はまだ答えを見つけられずにいた。




本当の多様性とは、ただ「違いを受け入れる」だけではないのかもしれない。


自分の中にある恐れや不安、偏見をまず受け止め、そこから始める必要があるのだろう。


それは簡単なことではない。心の底から、違いを"受け入れる"ことができる人はどれ程居るのだろうか。


答えのない問いに苛まれながら、真由はソファに身を沈めた


外の世界では、また新たな人々が行き交っている。その中には、きっと彼女のように心の中で葛藤を抱えながらも、表向きは何事もないように生きている人々がいるはずだ


『それでも、受け入れて生きていくしかないんだよな』


そう思いながら、真由はまた明日も同じカフェでコーヒーを飲みながら、交差する声を聞くのだろう。


どこかで自分自身の答えを見つける日を探しながら

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