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15.妖怪繁華街

 僕が朝起きて庭に出ると、レインさんは打ち水をしていた。

 水が地面に染み込み、ほのかな涼しさが広がる中で、彼女は静かに深呼吸をした。

 新緑のようなドレスが、朝の柔らかな日差しできらめいている。


 なんて日差しが似合う人なんだろう。


 ……いや、レインさんヴァンパイアのはずなんだけど。


「おはよう。累君、今日もお出かけするの?」


「椿さんと約束してて」


「あら、随分仲がいいのね」


「いや、そんな……それより、今日は少し涼しいですね」


「打ち水したからかしら、効果があるのは、今の時期の朝と夕方だけね。夏本番になったら、クーラー効いた部屋で涼みましょうね」


「妖怪でも、暑いのダメですか?」


「暑いものは、妖怪でも暑いわ」


 僕は、レインさんの言葉に笑って、縁側に座った。軒下に端居すると朝の涼しさと風が心地よい。


 昨日は、椿さんと約束はしたものの、具体的な待ち合わせ時刻などは、なにも決めてない。

 僕は、携帯電話など持っていないので、椿さんと連絡する方法もなかった。


「昨日と同じぐらいに来るかな?」


 レインさんが持ってきたそうめんを手にして、のんびりと食べることにした。


「累君、どう? おいしい?」


「うん、すごくおいしいです。冷たくて、ちょうどいいです」


「よかった。特製のダシを使ってみたのよ」


「本当においしいです。ありがとうございます」


 縁側で涼をとりながら、僕たちはそうめんを楽しんだ。風鈴が風に揺れて、涼やかな音を響かせる。穏やかなひとときが流れていく。


 こんなにゆっくりできるのは久しぶりかもしれない。

 元の町では、布団にくるまって引きこもっていた。


 同じ『なにもしてない』だけど、あの頃とは随分違う。


 隣で一緒にそうめんを食べてくれているレインさんと目が合うと、笑いかけてくれた。


 あまりの眩しさに、僕の方が灰になってしまいそうだった。


 しばらくすると、庭の門から椿さんの声が聞こえた。


「累君、レインさん、おはよう」


「おはよう、椿さん」


 僕は笑顔で手を振った。


「おはよう、椿さん。今日は二人でどこに行くの?」


「累君と一緒に繁華街に行く予定なんです。いろいろと面白いものを見せてあげようと思って」


「そうなのね。気をつけて行ってらっしゃい」


 僕はそうめんを食べ終わり、立ち上がって椿さんに向かった。


「じゃあ、行ってきます」


 僕はレインさんに手を振り、庭の門を出て、椿さんと一緒に歩き始めた。


◇◆◇


 葉桜を揺らす、涼やかな風が僕らの傍を通り抜け、蝉の鳴き声が響き渡り、夏の匂いが鼻孔をくすぐる。

 鮮やかな紫陽花が、道端に咲いていて、僕たちを見送るように咲いていた。

 

「梅雨が明けてよかったね」


「そうだね」


 妖怪の町は、自然が豊かだ。田舎というほどではないのに、緑が沢山ある。

 肌でこんなに夏めく季節を感じるのは、久しぶりかもしれなかった。


 椿さんと僕は、緑のトンネルを抜けるようにして歩き、やがて繁華街にたどり着いた。


「まずは、ここ」


 椿さんが指さした先には、ひっそりとした静けさと古の香りが漂っている骨董品店があった。

 店主は小柄の河童で、売り物らしい壺から自分の皿にしきりに水を足している。

 足元が零れた水で濡れていた。


「いらっしゃい」


 声は、愛想が良さそうだった。

 嘴は硬そうなので、表情はよく分からない。


「こんにちは、河田さん」


 椿さんは、知り合いらしく、親し気に挨拶をした。


「壺がどうしても欲しくなったら、ここに来てね」


「壺が欲しくなることはないかな……」


 まず最初に案内するのが、骨董品店というのはどうなんだろう……。

 椿さんのセンスがやっぱりよくわからない。


「高校生が、骨董品が欲しくなることないよ」


「そんなことないよ」


 椿さんは口に人差し指を当て考えながら、答えてくれた。


「擦ると願いを叶えてくれるランプとか出回ることもあるよ」


「はい?」


 いくら妖怪の町だからって、魔法のランプみたいなものがあるわけ……。


 河童の店主が近づいてきて、戸棚に息をかけて、なにか物を持ってきてくれた。


「それなら、これじゃ」


 どうみてもランプ。


 キュッキュと擦ると何かが出てこようとしたので、河童が手で押し戻した。


 うん。ランプの精だったよ。

 

「ね?」


「ね? じゃないよね。な、なんでそんなものが、たいしたもでもない感じで転がってるの?」


 僕は驚きと困惑の入り混じった表情を浮かべながら、河童の店主と椿さんを交互に見た。

 値札を見ると5000円と書いてある。


「お手頃だね」


 僕のお小遣いでも、無理すれば買える値段だった。


「ダメだよね。そんな人生変わるようなアイテムが高校生が買える値段で売ってたら、なんでも願い叶うんだよ!?」


 椿さんは、くすくす笑いながら答えた。


「だって、願い叶えて欲しかったら、天狗様に言えばいいじゃない」


「ああ、そういうこと」


 ランプの精よりも身近に神様がいたんだった。


「この間も、お母さんは水道管壊れたとき、天狗様に電話してたよ」


「……ちゃんと水道屋さんに電話しようよ」


 継名さん、そのくらいの願いで駆けつけるんだ。


「そうだね。天狗様、水道管直してくれた後、次からここに電話しろってお母さん怒ってたよ」


「継名さん、ちゃんと直してはあげるんだ」


 連絡先まで調べてアフターサービスまでバッチリ。神様の鏡みたいな人だな。


「買う?」


「いや、いいよ」


 僕は、息を吐いて、ランプを置いた。


 何を願えばいいのかも、わからない。

 

 結局、僕だって困ったら継名さんに相談に行くにきまってるんだから。


「こっちには、魔導書が売ってるよ」


「魔導書って」


「命と引き換えに、なんでも叶えてくれる悪魔が召喚出来るんだって」


「そんなの誰も買わないよね……継名さん、命請求なんてしてくるわけないし」


「でも、天狗様もなにも請求されないわけじゃないよ」


「何を、請求されるの?」


「努力かな」


「ああ、それはなんとなくわかるかも」


 継名さんは、彼女が欲しいと願った鼬野さんを家から引きずってきて、なにがなんでも恋愛させようとしていた。強引の域を超えていた。


「今時、ダメだと思うけどね」


 今は、鬱の人に頑張れなんて言わない風潮だ。

 だけど、結局、頑張らなかったら、何一つ変わらない。


 継名さんは、頑張るための、きっかけや環境を与えてくれる人。


「天狗様、本来は戦神なんだって」


「それは納得だよ」


 頑張り方を示してくれる。

 つまり、自分自身と戦う術を教えてくれる。

 きっとそんな神様なんだと、僕は思った。

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