14.陰陽師と雪女
僕は病院の庭にたどり着くと友里ちゃんと椿さんの姿を探した。友里ちゃんと椿さんが互いに息を合わせ、巧みな連携で式神を次々と撃破していた。友里ちゃんの団扇が振るわれるたびに、紙飛行機が音を立てて千切れとぶ。椿さんは華麗に舞いながら、鋭い蹴りで次々と式神を倒していた。
式神の先に、男が一人たっていた。
継名さんと言い争っていた警察官の男だ。
「陰陽院の逮捕状は持ってきた!」とその男が叫んだ。「狼男を引き渡せ!さもなくば全員拘束する!」
「ふざけないで!」と友里ちゃんが叫び返す。「ここは妖怪の町よ。勝手なことはさせない!」
友里ちゃんが式神に向かって突進した瞬間、紙飛行機たちは突然集まり始め、一つの巨大な形を作り出した。
「なんだ、あれは…?」
紙飛行機が重なり合い、まるで生きているかのように動き、巨大な龍の形を成していく。その姿は不気味で、まるで古い巻物から飛び出してきたようだった。
友里ちゃんが叫びながら、団扇を振りかざし、龍の頭部に向かって突き出した。
「行くよ!」友里ちゃんが一声掛け飛び上がると、団扇を大きく振った。
その瞬間、団扇から放たれた風がまるで嵐のように紙の龍を直撃した。風の勢いは凄まじく、紙の龍は一瞬で後方に吹き飛ばされた。紙の龍は空中でばらばらに解体され、無数の紙飛行機が四散していく。まるで巨大な爆発が起きたかのように、紙の破片が病院の庭中に舞い散った。
「すごい…!」僕はその光景に目を見張った。
友里ちゃんは一瞬の隙も逃さず、再び団扇を振り上げた。「これでもくらえ!」彼女の掛け声と共に、さらに強力な風が巻き起こり、残っていた紙の破片を完全に吹き飛ばした。紙の龍はもはや形を保つことができず、完全に崩れ去っていった。
再び、友里ちゃんは男に団扇を構えながら言う。
「こっちの術式は風。相性はいいわ。諦めて帰りなさい。それにこの町は、日本だけど、日本の法律は適用されないわ」
「お前たち化け物を野放しにして、どれだけ人間が殺されたと思ってるんだ」
「人間同士だって戦争して殺し合ってるのに、何言ってるわけ?」
「よその国の話だ」
「はぁ? たった百年前は日本だって戦争してたでしょう?」
「そんな昔のことを」
「昔? この町の妖怪のみんなは、昨日のことのように語るわよ」
何百年と生きてる妖怪もいるという話だ。
戦争を経験している妖怪たちも多いのだろう。
「大体、警察官だからって、病院を襲撃するって倫理観どうなってるのよ」
「俺の調べでは、ここは妖怪専用の病院だそうだな」
「だから?」
「化け物に人権なんかあるわけないだろう。人じゃないんだから」
「なんですって!」
激昂した友里ちゃんが、再び団扇を振るおうとする。
普通の団扇を煽った程度の風しか起こらなかった。
「ッ、妖気切れ? 椿、補充して」
友里ちゃんは、椿さんに向かって、団扇を投げる。
当然、そんな隙を相手の男が見逃してくれるはずもなく。
「今時の陰陽師が、陰陽術だけしか使わないと思ったら大間違いだぞ」
男は両手で、忍者のように印を組むと、なにか不可視のエネルギーが、友里ちゃんと椿さんの足元に集まっているのを感じた。
「妖怪拘束術だ。逃げられまい」
男が胸から何か取り出そうとしているのが、見えた。
あれは、銃!
「椿さん!」
僕は、無我夢中で椿さんの前に飛び出していた。
バンッ!
「「累君!」」
胸に強力な衝撃を浴びて、意識が飛びそうになった。
「よくも、累君を」
友里ちゃんの声が遠くに聞こえる。
「妖怪は、俺の拘束術を抜け出せない」
男が放つ術を無視して、友里ちゃんは走り抜けた。
「アタシは、妖怪じゃないもの、まだ!」
天狗式移動術烈火激烈の型。
友里ちゃんが、大地が震動するぐらい踏み込む。
姿がかき消えるほどの勢いで、敵に迫ると素早く左足を彼の腹部に蹴り込んだ。痛みに呻きながら後ろにのけぞるが、友里ちゃんはそれを逃さず、次に右肘で彼の顔面を打ち付けた。衝撃で陰陽師はさらに後退し、壁に激突する。
さらに一歩踏み込み、拳を握りしめて陰陽師の胸に強烈な一撃を叩き込む。
陰陽師は息を詰まらせ、膝から崩れ落ちる。
いままで、手加減していたとしか思えない猛攻だった。
「累君、椿」
友里ちゃんが、心配しながら、駆け寄ってきた。
「私はなんとも、累君は」
「僕も大丈夫だよ。ちょっと痛いぐらいで……」
僕は、胸を押さえてみる。
なにか硬くて冷たいものが銃弾を防いでくれていた。
「なにこれ? 氷?」
「友里さん、なにしてるのかしら?」
氷のように澄んだ妖艶な声が響く。
「ひょ、氷華!? どうしてここにいるわけ?」
「継名に頼まれましたから」
継名さん、結局頼んでいたのか。
どうやら、銃弾は氷華先生が防いでくれたらしい。
「こ、この妖怪どもめ」
陰陽師が、再び立ち上がろうとしていた。
「ほんとしつこい」
「友里さん、あなたあんな弱い陰陽師一人まともに相手できないのかしら?」
煽るようにいう氷華先生。
「なんだと!?」
怒ったのは、友里ちゃんではなく、陰陽師だった。
陰陽師が、再び立ち上がると、今度は氷華先生に銃口を向けた。
雪村先生は、何をするでもなく、冷たく陰陽師を見つめている。
バンッ!
再び、銃声が鳴り響くと、氷華先生の頭が銃で吹き飛んだ。
「どうだ、化け物め」
氷の破片が空中に舞い上がり、まるで細かい雪の結晶のように散らばった。
「先生!」僕は驚きと恐怖で叫んだ。
しかし、その時、空中に舞う氷の破片が一つ一つ集まり始めた。冷たい風が吹き荒れ、その風に乗って氷の破片が再び一つに集結する。
パリパリパリと霜が降りるような音を立てると、氷が組みあがって再び人型になっていく。
氷の破片が完全に集まり、彼女の体が再び形を取り戻すと、氷華先生はその場に凛として立っていた。
「ふふ、こんな程度で私を倒せると思ったのかしら?」
氷華先生は冷たい微笑みを浮かべ、ふっと息を吐くと陰陽師は瞬く間に氷漬けにされてしまった。
「どうして、氷華先生は蘇って……」
僕の質問には、椿さんが答えてくれた。
「氷華先生は、人妖怪じゃなくて、人型妖怪。氷そのものだから、本体攻撃しない限り不死身なの」
多分、指歩さんと同じタイプの妖怪なのだろう。
本体が死なない限り、不死身に違いない。
「本体って、どこにあるの?」
「えーと、あそこに見えてる山かな?」
椿さんが、指をさした方向には、大きな山があった。
「山!?」
規模の大きさが、段違いだった。
「ま、氷華は、継名より、年寄の妖怪だからね」
友里ちゃんが、余計な一言を放った。
「友里さん? それは、どういう意味かしら?」
夏だというのに、温度がいっきに十℃以上下がったような氷華先生の声。
「私が来たからよかったようなものの、無謀にも突っ込んでいって、どうするつもりだったのでしょうか」
お説教モードで、つかつかと友里ちゃんに歩み寄っていく氷華先生。
「うるさい! クソババア!」
ひどすぎる暴言を吐くと、友里ちゃんは一目散に走りだした。
「こら! 待ちなさい!」
ダッシュで、逃げ出した友里ちゃんを、氷華先生は追いかけて行ってしまった。
「友里ちゃんは、しょうがないなぁ」
呆れたように椿さんは言う。
「いや、椿さんも似たようなものだからね」
お転婆さでいえば、友里ちゃんに全然負けてない。
「あれ? そうだっけ、あはは」
反省した雰囲気はなく、椿さんは笑ってごまかした。
「氷華先生が来てくれたから、よかったけど、本当に気を付けてよ」
「うん。でも、累君守ってくれて、ありがとう。かっこよかったよ」
そんな風にお礼を言われると照れてしまう。
ぼくがいたたまれない気持ちでいると、病院の看護師さんたちがやってきて、氷漬けにされた陰陽師を縛り上げて連れて行ってしまった。
すごく手際がいい。
もしかしたら、日常茶飯事なのかもしれない。
「ちょっと疲れちゃったし、今日は、お開きにしようか」
「そうだね。そうしようか」
「累君、また明日ね」
「ああ、うん。また明日」
本当に今日はいろいろあって疲れた。
明日からまた学校生活が……。
いや、ちょっとまって、今日は土曜日。
明日は、日曜日でまだ学校休みなんだけど……。