12.病院と陰陽師
僕が、買い出しにいこうと、下宿の扉を開けると、
椿さんと友里ちゃんが、いた。
なにやら、言い争いをしているようだった。
「おはよう、累君!」椿さんが僕に気づいて笑顔で言う。「町の案内をしてあげようと思って来たんだけど…」
「累君、おはよう!」友里ちゃんが元気に声をかける。「今日は狼男のお見舞いに行こうよ!」
椿さんは、僕に町を案内してくれようとしていて、友里ちゃんは、昨日倒した狼男のお見舞いに一緒にいきたいらしい。
うん? お見舞い!?
「えぇえ、友里ちゃん。お見舞いに行くの? 僕ら襲われたんだよ」
「一緒に倒したんだし、お見舞い行くべきでしょ」
「どんな理屈だよ。それに……僕なにもしてないよね?」
友里ちゃんが戦っていたのをぼんやり後ろで見ていただけだ。
本当に何もしていない。
「いいなぁ。二人での共同作業なんて」
「いや、だから僕はなにもしてないって」
なんでケーキ入刀みたいに言ってるんだろう。
どう考えても、そんな雰囲気の話ではない。
「椿はこう見えて、中学の頃は、アタシよりお転婆だったんだよ」
と、友里ちゃんがからかうように言う。
「友里ちゃん!? そんなことないよ。累君、信じてくれるよね?」と椿さんが焦りながら僕を見る。
僕は、学校でホラー映画のように覗き込まれたり、恐ろしい勢いで追いかけられたことを思い出した。
「ええ、うん。もちろん」
「友里ちゃんの所為で、全然信じてくれないよ」
椿さんが、悲しそうに言う。
顔に出てしまったんだろうか。
今でも十分お転婆だと思う。
「とにかくお見舞いに行こう!」
と、友里ちゃんが強引に提案する。
「町の案内だって!」
と、椿さんも譲らない。
「アタシは絶対折れないからね」
「私だって……」
椿さんが僕を見ながら言った。
「累君、病院から案内してあげる」
椿さんが、しぶしぶ折れたらしい。
彼女は本当に優しいなぁ。
でも、二人とも僕には了承とってないんだけど……。
◇◆◇
ほのかに香るフローラルな香水の香りが、心地よい風に乗って届く。
椿さんかな?
椿さんは、薄いピンクのノースリーブワンピースを着て、ウエストには細い白いリボンが結ばれていて、椿さんの細身の体型を引き立てている。
友里ちゃんは、白いブラウスにひざ丈のフレアスカート。
胸にはトレードマークの赤の玉房がぶら下がっている。
奇抜な服装だけど、見慣れてくると友里ちゃんにすごく似合っている。
二人とも間違いなく美少女だ。
人間の町にいた頃は、可愛い女の子二人とお出かけすることになるなんて想像もできなかった。
(友里ちゃんは、なんとなくわかるんだけど)
友里ちゃんは、継名さんに似てヒーロー気質。
さっきも、重たい荷物を抱えて大変そうだったおばあさんを助けていた。
僕も含めて、困っている人を放っておけないのだろう。
でも、どうして椿さんは、僕に優しくしてくれるのだろう?
初めて学校で会った時、ホラーみたいで驚いてしまったけれど、付きっきりで起きるのをまってくれていたのだろう。
どう考えても親切心だった。
隣の席とはいえ、あったばかりの僕にそこまでする理由はなさそうだった。
「椿さ……」
僕が気になり、声をかけようとしたら、
「ほら、見えてきたよ!」
友里ちゃんが、僕の声をかき消しながら元気に言った。
目の前に、白く大きな病院があった。
友里ちゃんが振り返りながら説明する。
「この病院は妖怪専用の病院なんだよ。ここには、いろんな妖怪が治療に来るんだ。狼男も今ここで療養しているんだよ」
椿さんが続けて説明する。「病院の先生たちは、妖怪に詳しいから安心して治療を受けられるの。何かあったら、ここに来るといいわ」
「僕は……」人間と言いかけてやめた。
僕は鬼のハーフだった。
昔から異常に怪我の治りも早い。
よく考えると風邪らしい風邪もひいたことはない。
薬の効きなど人とは違って、普通の治療法ではいけないかもしれない。
多分、僕もここに来た方がいいのだろう。
「いざって時のために、こういう場所はちゃんと知っておいた方がよいと思うわ」
「そうだね。ありがとう」
僕が、椿さんにお礼を言っていると、友里ちゃんが背中を引っ張った。
「じゃあ、お見舞いに行くよ」
「本当に行くの?」
「当たり前じゃない」
友里ちゃんは、ずんずんと病院の中に進んでいく。
僕は、ため息をつきながら友里ちゃんについていった。
病院のロビーに入ると、警察官に似た服装をした男が喚いていた。
「狼男を出せ! ここに匿っているのは、分かってるんだ。人を三人も殺してるんだぞ!」
「だから、知らねぇ。って言ってるだろうが」
相手をしていたのは継名さんだった。
普段の冷静さはどこへやら、随分苛立っている様子だった。
「人を襲うような危険な存在を野放しにはできない。責任者を出せ!」
警察官らしき男はさらに声を荒げ継名さんに詰め寄る。
継名さんは、眉をひそめながら言う。
「責任者は、俺だ」
「何様のつもりだ」
「この町の神様だっつってんだろうが」
「ふざけたことを」
普通の感覚なら、そうだと思う。
でも、間違いなく継名さんは、この町の神様だ。
病院にいるお医者さんや、看護師さんたちは、皆迷惑そうに警察官を見つめていた。
継名さんは警察官の服装を鋭く見つめると、静かに言った。
「お前、陰陽院所属だろう」
「なぜそれを」
「逮捕状は、警察のものじゃなくて、陰陽院のものをとってきたら考えてやる。とりあえず、今日は帰れ」
「すぐ取って戻ってくるからな」
警察官の男は、それだけ言い残すと帰っていった。
継名さんが警察官を追い払ったあと、彼は大きく息を吐き出した。その顔には疲れがにじんでいる。
「やれやれ、あいつら面倒くさいな」と継名さんがぼやく。
「継名さん、大丈夫ですか?」と僕は心配そうに尋ねる。
「累か。なんとかはなると思うが」
「あの人は?」
「陰陽院、警察の中の妖怪討伐部隊の奴だろう。若いし多分新入りだな。俺の町との関係も全然わかっちゃいねぇな」
「警察にそんな部隊があるんですね」
「人に害する妖怪も間違いなくいるからな」
「狼男を引き渡したりしないんですね」
「それは、そうだ。化け物の話は、同じ化け物が聞いてやらないでどうする。あいつだって暴れたくて暴れたわけじゃないかもしれないのに。累なら、わかるだろう」
「そう……ですね」
人を害する妖怪。
もちろん、僕も含まれている。
人を害するものを処刑するということならば、間違いなく僕も処刑されるだろう。
不安そうになった僕の頭を継名さんは、優しく撫でてくれた。
「この町は治外法権だ。だいじょうぶさ。とはいえ、陰陽院と揉めたくなないからな。ちょっと上に掛け合ってくる」
継名さんは、黒く大きな翼を背中に生やしはじめた。
「あいつが俺が不在の間にまたやってくるとも限らないからな。友里、これ渡しとく」
継名さんは、友里さんに黒い羽根で作られた団扇を渡した。
「ラッキー」
友里ちゃんは、おもちゃをもらった子供のようにはしゃいでいる。
「変な使い方するなよ。さっきのやつが俺と行き違いで来るかもしれないから渡すんだからな」
「わかってるわよ」
「不安だな。氷華にも頼んどくか」
「やめてよ。大丈夫だって」
友里ちゃんは、携帯電話を取り出そうとする継名さんを、さっさと行けといわんばかりに押しやった。
継名さんは苦笑しながら友里ちゃんに押し出され、「分かった、分かった。お前に任せたぞ」と言って、黒い翼を広げる。継名さんは、玄関を出ると瞬く間に空へと消えていった。
「さて、お見舞い行こう!」と友里ちゃんが言い、黒い羽根の団扇をくるくる回しながら歩き出した。