11.休日の大人妖怪
「ふあぁああ」
僕は、大きくあくびをした。
昨日は、妖怪たちの婚活パーティーに参加した後、継名さんに送ってもらって帰ってきた。
夜更かし気味で、まだ少し眠い。
それでも、お腹がすいたので僕は食堂に行くことにした。
「おはよう、累君。昨日は帰ってくるのに、朝早いのね」
「あっ、レインさん……」
レインさんがいつも通り朝の支度をしてくれていた。
『レインさん、人喰い鬼だったらしいよ?』
レインさんの口から覗く牙を見た時、友里ちゃんの言葉がフラッシュバックした。
「どうしたの? 累君」
「な、なんでもありません」
レインさんは、心配そうに、僕を覗き込んでくる。
もしも、この瞬間、レインさんが、モンスターの本性を現して襲い掛かってきたら……。
そんなわけない。
そんなわけないけど。
でも、
だって、
僕にも、前科が……あるからだ。
ほんの少し気に入らなくて、軽く手をはねのけたら、
小枝でも折れるみたいに響いた骨の折れる音。
変ね感じに曲がっていた腕。
教室中に響き渡る悲鳴。
僕を擁護してくれる人は誰もいなくて、
それどころか、
僕が好きだった女の子の瞳には恐怖が浮かんでいた。
『化け物……』
その言葉が頭にこびりついて離れない。僕はただ、普通に生活したいだけなのに。僕が望むのは、普通の生活と友達。それだけなのに。
「少し疲れちゃった?」
レインさんの優しい声に、僕ははっとして現実に戻る。
彼女の笑顔は変わらず、温かさに満ちていた。
「累君、今日の朝ごはんは何がいい?」
僕は深呼吸をして、その笑顔に応えるように微笑んだ。
「何でもいいです、レインさんの作るものなら」
レインさんは微笑みながら、朝食の準備を続けた。その光景を見ながら、僕は少しずつ心の中の不安を抑え込んでいった。
僕はテーブルに座ってぼんやり待っていると、食堂のドアが勢いよく開いて、七先生が入ってきた。片手には、朝から信じられないけど、ビールの缶を持っている。
「あら、累君。おはよう。どう? 今日も私、きれい?」
胸元には小さな刺繍がアクセントになっているTシャツを着ていて、スリムな体型をさりげなく強調している。口は裂けてぺらぺらしているけれど、すっぴんでも十分可愛い。むしろ化粧していない方がいいまである。
「綺麗かな……って、七先生!? どうしてここに?」
「どうしてって、先生もこの下宿先で暮らしてるのよ」
「そうだったんですか」
「レインちゃん、おつまみ頂戴」
「ん~、朝は朝ご飯食べて欲しいかな? 今作ってるからちょっと待ってね」
「はーい」
飼いならされた猫のように返事をする七先生。
七先生とレインさんは、大人の女友達といった感じだ。
待っている間、僕は少し酔ってる七先生に話しかけてみた。
「七先生は、いつごろから、この町にいるんですか?」
「五年前くらいかな。私は、怪異だったから」
「怪異? 妖怪とは違うんですか?」
「怪異っていうのはね。怖い現象のことよ」
「現象?」
七先生は、自分のことを災害のように言う。
「天狗様がいうには、私は美容整形に失敗した女の恨みが凝り固まったものだったらしくて、子供を脅かして八つ当たりする怪異だったらしいんだけど、この町の妖怪の子供たち、当時小学生だった椿さんたちなんだけど、全然怖がってくれなくて、自信が消失したら、なんだかちゃんとした自我が生まれて、妖怪になったみたい」
「椿さんたちが、怖がるところは想像できませんね」
「むしろ、私の方が怖かったもの」
「ああ、わかります」
心配そうに、カーテンの上から覗き込む椿さん。
どう考えてもホラーだった。
「悪気は微塵もない良い子たちなんだけどね」
「それも、わかります……」
僕を純粋に心配してくれていた。
それも、本当のこと。
「だから、私は先生してみたくなって。今は、累君の先生をしています」
「ありがとうございます」
僕が穏やかに、そういうと、七先生はにっこりして、こういった。
「私、きれい?」
大人の女性にそんなことを言われると、ドキドキしてしまう。
僕は、動揺しながら答えた。
「綺麗ですよ」
「ふふふ、お世辞でも嬉しいかも」
「お世辞ってわけでは……」
「私のこと愛してる?」
大人の女性に、そんなことを言われて、僕はドギマギしてしまう。
「……愛してます」
僕は、思わずそんなことを口走っていた。
「お世辞でも嬉しいわ。多分、こんな私でも、愛してるって言って欲しかったのかも」
なんだか、ちょっぴり悪い顔をしている七先生。
誘導されて言わされた感があった。
「私は、人にはなれないけれど、怪異から妖怪になれて本当に嬉しいわ」
七先生は、そう言いながら楽しそうにビールを飲んでいた。