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6話


「ハ、ハンドレ伯爵……!? 何故、ここに……」


 もう戻って来たのか、とぽつりと呟いたハーキンに、リーチェは眉を顰める。


 もう戻って来た、と言う言葉はどう言う事なのだろうか。

 まるでテオルクの帰還はまだ先だと言う事を聞いていたと言うような言葉だ。

 そして、伯爵家当主であるテオルクの帰還のタイミングを知る権利があるのはこの邸では限られた人しか居ない。


 当主の仕事を母親と協力をして行っていた侍従と、テオルクの妻である母親。そしてもしかしたらリリアも母親から事前に帰還の日にちを聞いていたかもしれない。

 リーチェにはそれくらいの人物しか思い付く人は居ないが、テオルクの帰還は元々予定していた日にちよりも早まったのだろうか。

 だからこそ、連絡が上手く行っていなかった? 


 リーチェがそう考えていると、こちらにやって来ていたテオルクが到着し、リーチェの隣に立った。


「……報告は受けた。アシェット卿はリーチェと婚約していながら、妹のリリアにまで移り気を抱いたそうだな」

「そっ、それは……」

「言い訳は結構だ。君の望む通り、リリアと婚約し直しなさい。リーチェとは婚約の破棄を。勿論、有責は君にある。そのように進めていいね?」


 テオルクの言葉に、母親は真っ青な顔色のまま、恐る恐る口を開く。


「で、ですがあなた……。今回の婚約破棄はリーチェが言い出した事、で……。アシェット卿はリーチェと破棄はしたくない、と仰っていて……。破棄をするのであれば、リーチェが責任を取ると言う形で、アシェット侯爵家とは話を進めているのです……」

「なんだと? そんなふざけた話が通ると思っているのか? それならば私があちらの当主と直接話す。代理では無く、当主同士で話し合いをして、片を付ければいいだろう」

「そ、そんな……あなた……!」


 そんな事は望んでいない、とばかりに母親が慌て出し、ハーキンもリーチェとやり直したい! と喚いている。

 それでもハーキンは自分に縋るリリアを離す事はしておらず、リーチェはそんな優柔不断な態度のハーキンに呆れてしまい何も言えない。


 冷めた視線でハーキンとリリアを見ていたリーチェに、テオルクが話し掛けて来る。


「リーチェも、それで良いか? 後の処理は私がしてしまっても構わないか?」

「はい。私は婚約破棄が出来さえすれば良いのです。お父様に一任致します」

「そうか、分かった。任せなさい」


 ふわり、と微笑んだテオルクにリーチェも笑顔を返す。

 だがリーチェから視線を外したテオルクはすっ、と笑みを消し去り使用人を呼んだ。


「アシェット卿がお帰りになる。見送りを頼む」

「は、伯爵……! どうか話を……! お願いします、リーチェと話す時間を僕に下さい!」


 諦め悪くそう言い募るハーキンだが、テオルクはリーチェに「先に書斎に行っているように」とだけ伝え、その場を足早に離れて行ってしまった。


 ハーキンは使用人に連れられ、階段を降りて行き、リリアは名残惜しそうにハーキンの後ろ姿を見送っている。

 そしてその場に残された母親は恨みがましい視線をリーチェに送っていて。


 母親は何故ここまでリーチェを憎しみの籠った目で見詰めるのだろう、とその様子を見ていたカイゼンは疑問に思った。



 あの場から場所を移動し、リーチェはテオルクの書斎に向かっていた。

 廊下を歩き、テオルクの書斎まであと少しと言う所で背後から軽やかな足音が聞こえて来て、リーチェは呼び止められた。


「──お姉様!」

「……っ!? リリア……?」


 急いでリーチェを追って来たのだろう。

 リリアは肩で息をし、自分の胸に手を当てて呼吸を整えるために細く息を吐き出している。


 リリアの呼吸が整うのを待ってやりながら、リーチェはちらりとリリアの背後を確認する。

 リリアを溺愛している母がやって来ているのではないか、とリリアの背後を確認してみるが母親の姿は一向に現れず、リリアが単独でリーチェを追って来たのだ、と言う事が分かる。


 だが何故リリアがやって来たのだろう、とリーチェが首を傾げていると呼吸が整ったリリアが顔を上げ、リーチェに視線を合わせた。


「お姉様……」

「なあに? リリア、貴女まだ病み上がりなのでしょう? 早く部屋に戻って休んだ方がいいんじゃない?」


 つい先日までリリアは高熱を出して寝込んでいたと聞いている。

 そんな状態だったのに走ったりしては体に毒ではないのか。早く部屋に戻り、休まなければまた熱を出すのではないか。

 リーチェが心配し、そう声を掛けるとリリアはふるふると首を横に振り、自分の胸辺りで両手を組み、まるで懇願するように口を開いた。


「──お姉様、お願いします。もうハーキンを解放してあげて……。ハーキンは私を愛してくれているんです……。けど、お姉様の婚約者だからってハーキンは自分の責務を果たそうとしていて……。愛するのは私だけれど、責任感の強いハーキンは自分の責務を果たさなければならない、とお姉様と婚約破棄する事を悩んでいるのです。だからお姉様からはっきりとハーキンに言ってあげて欲しいの」

「……? はっきりと伝えているわ。貴女、さっきの話を聞いていなかったの?」


 リーチェは先程、皆の前ではっきりと「ハーキンと婚約破棄をしたい」と告げている。

 リリアもその場に居て、聞いている筈なのに何故このようなトンチンカンな事を言っているのだろうか、とリーチェは頭痛を覚えて額に手を当てる。


「聞いて、いたけれど……。けれどハーキンは婚約破棄に応じていないのよ。お姉様とは婚約破棄しない、ってずっと言い続けているの。きっと自分の責任だから、とそう言い続けているのだわ。愛しているのは私なのに、それなのに愛していないお姉様と結婚しなければいけない、とハーキンは考えているのよ……! そんなハーキンを見ているのは本当に辛くて……っ」


 ううっ、と自分の口元を覆い、咽び泣き始めるリリアにリーチェは呆れ果てて何も言えなくなってしまう。


 思い込みが激しく、リーチェはハーキンと婚約を破棄すると言っているのにそれを信じていないようだ。

 まるで自分が悲劇のヒロインとでも言うようにか細く震え、咽び泣くリリアにリーチェはこれ以上何かを伝えても信じてくれないだろう、と諦めた。


「それならば、貴女がしっかりアシェット卿を支えて慰めてあげなさい。とりあえず私はもう二度とアシェット卿と二人で会うつもりは無いし、話をするつもりも無いわ」

「──っ、また! そんな事を言って、お姉様はハーキンの気持ちを試そうとしているのだわ……っ。これ以上はハーキンも可哀想だし、愛されていないのにハーキンに固執するお姉様も可哀想よ……っ」


 リリアの頭の中では一体どうなっているのか。

 リーチェの言葉を信じておらず、リーチェはハーキンを愛していると今も尚そう信じ込んでいる。


(──確かに、婚約者として過ごしていた時はハーキンに特別な感情を抱いてはいたけれど……。そんな気持ちもハーキンとリリアのあの光景を見てしまえば一瞬にして冷めてしまうわ……)


 リーチェはこれ以上リリアと話をしても無駄だろう、と考えて書斎に向かっていた足を再び動かし始める。

 ちらり、と後ろを振り返り未だ悲しそうに泣くリリアに一言だけ告げて、今度こそしっかり前を向き、書斎に向かった。


「リリア、私とアシェット卿はもう何の関係も無いわ。後は貴女の好きになさい」


◇◆◇


 書斎。

 書斎に到着したリーチェは、テオルクを待った方が良いのか、それとも勝手に中に入って待ってても良いのか悩み、扉の前でどうしようかと悩んでいた。

 そしてリーチェが悩んでいる間にテオルクがやって来るのが見えて、テオルクはリーチェの姿を見た瞬間笑顔を浮かべ、書斎までやって来るとリーチェと一緒に書斎の中に入った。


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