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5話


 くるり、と勢い良く玄関ホールの方向に振り返ったリーチェは視界に入った人物にぐっと拳を握り締めた。

 母親に自室での謹慎を命じられた二週間。ハーキンが何度も訪ねて来ていたのはリーチェも知っている。

 だが、リーチェは謹慎中であった。

 母親がリーチェとハーキンの婚約破棄については手続きをしていると言っていたため、ハーキンと特別会う必要は無いと判断したリーチェは、ハーキンからの手紙も、会いたいと言う申し出も今日まで全部断っていたのに。


 いつまで経ってもリーチェと会う事が出来ない現状に痺れを切らしたのだろう。

 ハーキンは訪問の許可も得ていないのに、無理矢理ハンドレ伯爵邸にやって来たようだ。


「──っ、なんと言う不躾な……っ」


 小さく漏らしたリーチェの言葉がカイゼンの耳に届いたのだろう。

 カイゼンはぴくり、と眉を動かした後に自身の腰に差している長剣の柄に手を掛けつつ、話し掛けて来た。


「リーチェ嬢。見知らぬ相手だろうか? それならば、私が対応しようか?」

「えっ!? だ、大丈夫です、ヴィハーラ卿! その、知り合いです……。帰宅するように伝えます。ヴィハーラ卿はどうぞ、お部屋にお入り下さい」


 カイゼンが対応しては、大変な事になりそうでリーチェは真っ青な顔でぶんぶんと首を横に振る。

 ハーキンがあれだけ騒いでいては、父親テオルクの耳にも入るだろう。きっとテオルクが対応してくれるし、そもそもハンドレ伯爵家の恩人にこのような些事で手を煩わせたく無い。

 だからリーチェはカイゼンに問題無いから部屋へ、と促したのだがカイゼンは玄関ホールから聞こえるハーキンの声が気になるのだろう。

 玄関ホールに顔どころか体ごと向けてしまい、手摺に手を掛けて身を乗り出し、階下の玄関ホールの様子を窺い始めてしまった。


 家のごたごたを知られてしまうと言う恥ずかしさに、リーチェは沸々とハーキンに対して怒りが込み上げて来る。


 恥ずかしい、みっともない、使用人は頑張ってハーキンを追い出して。

 と心の中で願うが、流石に侯爵家の次男でもあるハーキンを無理矢理どうこう出来るような使用人は居ない。


「──リーチェ! リーチェ、話があるんだ、もう一度考え直して欲しい、僕はリーチェ以外と結婚するつもりは無いんだ……!」

「……まだあのような事をっ」

「……」


 喚きながらハーキンは邸に入って来てしまい、玄関ホールから二階に続く大階段に足を掛け、進んで来てしまっている。


 ハーキンが口にした言葉で、カイゼンにも知られてしまっただろう。

 婚約者との諍いが起きていて、そしてそれを解決出来ていないと言う体たらくを。


 リーチェが自分の額に手を当て、呆れたように言葉を紡いでいる横で、カイゼンの掴んだ手摺がみしり、と嫌な音を立てたが幸いにもリーチェの耳には届いていない。


「──あっ! リーチェ……っ! 良かった、今日はリーチェと会えた……っ! リーチェの部屋に行こう、そこで僕と今後について話し合おう!」

「話す事などもう無いと言うのに……。お客様がいらっしゃっているのです、お帰り下さい」


 階段を上り、リーチェに近付きながら必死に乞うハーキンに、取り付く島もなく使用人にハーキンを追い出すように指示を出すリーチェ。


 部外者である、と自覚しているカイゼンが口を挟まずに二人のやり取りを見守っていると、リーチェの「お客様」と言う言葉に反応したハーキンがそこでやっとカイゼンの存在に気付き、眉を顰めた。


「な、何故他の男と一緒に居るんだリーチェ……っ、僕とは全く会ってくれなかったのにその間リーチェは他の男と逢瀬を重ねていたのか!?」

「──本気で仰っているの? この方がどなたか、ご存知無い訳無いでしょう?」

「ああ、嫌だ嫌だ! 君の口から他の男の事を聞きたく無い……! お願いだリーチェ……!」


 カイゼンを一度も見た事が無いなんて事は有り得ない筈だ。

 この国の英雄であり、リーチェだって何度か凱旋式でカイゼンの姿を見ているのだから。

 それなのにカイゼンを知らない、と言い退けるハーキンは目の前に居るリーチェの事で頭の中がいっぱいいっぱいになっているようで。


 だからこそリーチェの言葉に聞く耳を持たず、ハーキンは自分勝手な勘違いをして突破な行動に出た。


 階段を駆け上って来る勢いそのままに、ハーキンはリーチェを抱き締めようとしたのだろう。

 ハーキンは自分の両腕を広げ、リーチェに迫った。


「──ひっ」


 ハーキンの行動の意図を悟り、リーチェは急いで後退しようとしたが、リーチェが逃げるよりもハーキンがリーチェの目の前にやって来る方が早い。


 ハーキンに抱き締められてしまう、と言う嫌悪感にリーチェは背筋をぞぞぞ、と震えさせつつ思わず両目をぎゅう、と瞑った。


 次の瞬間、ハーキンの伸ばした両手がリーチェの体に触れる寸前に隣に居たカイゼンが一切無駄の無い動作で素早く動き、ハーキンの腕を掴んだまま遠心力を利用し、ぱんっ、と足払いをしてそのままハーキンを床に転がした。


「──!? えっ!?」


 何が起きたのか分からないのだろう。

 ハーキンは廊下に転がったまま、驚きに目を白黒させている。


 カイゼンは流石師団長を務めているとあって、ハーキンに怪我一つさせずに無力化させていて。

 その鮮やかな動きにリーチェは感動すら覚えた。


 そしてハーキンは一拍遅れて、自分がどう言う状況に陥っているのかを理解したのだろう。

 よりにもよってリーチェの目の前で、カイゼンに転倒させられた、と言う事を理解して羞恥や怒りで顔を真っ赤に染め上げた。


「──き、きき貴様!? まさか暴力を働いたのか!?」


 ハーキンがカイゼンに向かって無礼な事を口にして、リーチェはぎょっと目を見開いた。

 カイゼンは、ハーキンがこのような言葉遣いをしていいような人物では無い。

 いくら混乱していてもハーキンの態度は頂けない無礼な態度だ。


 リーチェが慌てて口を開くより先にカイゼンは恐ろしく低い声音でハーキンに向かって言葉を紡いだ。


「──不躾に女性に向かって触れようとするなど、紳士的とは言えない。いくら顔見知りの仲とは言え、礼儀と言うものは必要だろう? 同じ男として恥ずかしい行動をするな」

「は、恥ずかしいだと……!? 僕はリーチェの婚約者だ……! 将来結婚するのだからリーチェに触れるのは当然の事で、咎められる必要は無い!」


 ハーキンの「婚約者」と言う言葉を聞き、カイゼンは不愉快そうに眉を顰めた。


「──この男がそうなのか……」

「ヴィハーラ卿、彼をご存知なのですか……?」


 何故かは分からないが、ハーキンの名前を知っているような様子のカイゼンに、リーチェはきょとりと瞳を瞬く。

 そしてハーキンはリーチェの口から紡がれた「ヴィハーラ卿」と言う言葉を聞き、ようやく自分の目の前に居るカイゼンがあのヴィハーラ公爵家の三男であり、師団長であると言う事に気が付いたのだろう。

 顔を真っ青にして、狼狽え始める。


「なっ、何故あのヴィハーラ師団長がここに……!?」

「私はリーチェ嬢のお父君に招待されたからだな……。君は一体どんな理由でここに? リーチェ嬢は君と会いたく無かったような態度だが……?」


 カイゼンの言葉に、ハーキンがぐっと言葉を飲み込む。

 悔しそうに表情を歪め、どうやってリーチェと二人きりになろうか、と頭を悩ませていると。

 この騒ぎが聞こえたのだろう。

 廊下の奥から息を切らせてこちらに向かって来る気配がした。




「ハーキン……! どうしてここに来てしまったの……!?」

「リ、リリア……!?」


 瞳に涙を溜め、ハーキンの下に駆け付けようとリリアが急ぎ足でやって来る。


 そして、その背後からは顔色を悪くした母親と──怒りを顕にした父、テオルクが足音荒くやって来る姿が見えた。


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