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4話


「初めまして、だろうか? リーチェ嬢の事はお父上であるハンドレ伯爵から良く聞いていた。だから一方的に親しみを持っていてね」

「あ、有難いお言葉でございます……! その、父の軍の恩人、とは一体……?」


 柔らかく微笑み、話しかけられてリーチェはどぎまぎと鼓動を速めつつ、胸に手を当て腰を折るカイゼンにカーテシーを返す。


 カイゼンが伯爵家の夫人である母親よりも先にリーチェに挨拶をした、と言う違和感。

 普段のリーチェであればその違和感に簡単に気付けただろうが、父親が無事に戻った喜びと、その恩人として紹介されたのが公爵家の三男であるカイゼンの登場に混乱してしまっているため、リーチェはその違和感にちっとも気付けなかった。


 だが、母親よりも先に挨拶を返してしまったリーチェを父親であるテオルクも、カイゼンも。そして伯爵家の私兵──騎士達が誰一人として咎めない。


 まるで自分の存在など無いもののように扱われた母親は、羞恥に顔を真っ赤に染め上げ、リリアは姉であるリーチェだけが父親に優しく声を掛けられたと言う不快感と、カイゼン程の地位の者、何よりハーキンなど足元にも及ばない程の容姿端麗なカイゼンに優しく笑いかけられているリーチェが憎たらしく感じて、リリアは悔しさで目眩を覚えた。


 テオルクはカイゼンに伯爵邸を示し、「こちらへどうぞ」と声を掛けた後にリーチェを手招いた。


「リーチェ。カイゼン卿を客間に御案内してくれ。彼らの軍が助けに入ってくれなければ、我が軍は敵の奇襲を受けて甚大な被害を被る所だったんだ。陛下が祝勝会を開催してくれる予定なのだが、それまで我が邸にお招きしたんだ」

「──そうだったのですね!? かしこまりました。ご案内役、しっかりと務めさせて頂きます」

「そんなに気負わなくても大丈夫だ、リーチェ嬢」


 和やかに笑顔で会話をしながら邸に足を向ける三人。

 その中、呆気に取られる母親とリリアを振り返り、テオルクは平坦な声音で告げる。


「ヴィーダの姿が無いが、彼はどうした?」

「──っ、その……、ヴィーダは高齢な事もあり、あなたが出征後体調を崩してしまって……執事を辞めているの……」

「そうなのか……? 私の稽古に付き合ってくれる程健康だったのにな……。年には敵わんと言う事か……」


 執事であるヴィーダ、と言う男性は古くからこのハンドレ伯爵家に仕えていた。

 母親が言うように、確かに高齢である。

 だが、体調管理をしっかりとする人でもあり、父親テオルクが出征する前までは伯爵の右腕と言われる程、当主の仕事を把握し補佐を行っていた。


 そして、テオルクが二年前に戦地に出征してから。

 確かにヴィーダの体調は悪くなっていた。

 咳き込む事が増え、日に日に元気も無くなっていたのを覚えている。


 当主であるテオルクが戦地に向かったと言う事で最初は元気が無くなってしまい、風邪でもひいてしまったのだろうかとリーチェは思っていたのだが、結局ヴィーダの体調は快復する事は無く、テオルクが出征してから半年も経たずに執事の職を辞して、実家に帰っている。


 テオルクからちらり、と視線を向けられたリーチェはこくりと頷いた。

 母親の言っている事は本当だ、と返事をしたのだ。


「──ふむ、そうか……。ならば私が戻った事をヴィーダにも伝えておかねば。もし体調が戻っていれば久しぶりに顔を見たい」

「そ、そうですわね……。手配させます……」


 何処か歯切れ悪く答える母親にリーチェは首を傾げながら邸に向かい、歩き続けた。




 二年前と違い、母親を一切見ないテオルク。

 出征前は母親や、リリアにも良く笑顔を見せていたと言うのに今父親から笑顔を向けられるのはリーチェのみだ。


 何かあったのだろうか──。

 リーチェが不安そうにテオルクに視線を向けると、テオルクは今までと変わらぬ笑みを浮かべて不思議そうにリーチェに視線を向け、首を傾げていた。



「こちらのお部屋をお使い下さい。何かご入用でしたらベルを鳴らして頂ければ直ぐに使用人が参りますわ」

「ああ、ありがとうリーチェ嬢」


 ――あれから。

 邸に戻り、カイゼンを部屋に案内してくれ、とテオルクに言われたリーチェはテオルクや母親、リリアと別れカイゼンを客間に案内していた。


 客間の扉の前に立ち、部屋はここだと案内するリーチェにカイゼンは常に微笑んで答えてくれる。

 にこにこと嬉しそうな笑顔を浮かべるカイゼンに、テオルクは自分の一体どんな事をカイゼンに話していたのだろう、と些か不安になってしまう。


 噂で聞いていたカイゼン・ヴィハーラと言う人物像と目の前に居る本人と、まるでかけ離れているではないか、とリーチェは独りごちる。


 カイゼン・ヴィハーラはヴィハーラ公爵家の三男だ。

 当時十六歳の最年少で、騎士団の師団長にまで上り詰め、それ以降国境線での諍いや戦で力を発揮し、大きな戦に発展する事を防ぎ、その功績を認められて昨年に騎士爵を賜っている。

 戦での彼の働きはまるで鬼神を彷彿とさせるような強さを誇り、指示も的確、敵にも情け容赦無い性格からカイゼン本人も恐れられている。

 深海を思わせる濃紺の髪の毛は返り血を浴びて真っ赤に染まり、赤銅の瞳は眼光鋭く周囲を見渡す。

 恵まれた体躯と、整い過ぎた容姿が敵にも味方にも畏怖を感じさせる恐ろしい武人だ、と言うのが国内でのカイゼンに対する人々の印象だ。


 けれど、実際に本人を目の前にして見れば。

 リーチェより二歳年上の十九歳、年相応の笑顔を浮かべ女性に対して紳士的に振る舞う姿から、戦場でそれ程恐れられる人物には到底思えない。


 だが、そんなカイゼンが助けに来てくれなければ自分の父親はもしかしたら命を落としていたかもしれない。


 リーチェはしゃんと背筋を伸ばし、カイゼンに向き直る。


「──? リーチェ嬢?」


 リーチェの畏まった態度に、カイゼンが不思議そうにきょとんと目を丸くする。

 どうしたのか、とカイゼンが声を掛ける前にリーチェは「貴族として」正式な礼を執った。


「このような場で、お伝えすべき事ではございませんが……。どうしてもお伝えしたく。お許し下さい」

「──……何だろうか?」

「カイゼン・ヴィハーラ卿。この度は我が父、テオルク・ハンドレの窮地をお救い頂きまことにありがとうございました。この御恩は決して忘れません」

「……っ」


 しっかり目を見て、真摯に思いを伝えてくれるリーチェにカイゼンは優しく瞳を細めた。

 リーチェを見詰めるその眼差しは何処か、懐かしむような、瞳の奥に確かな熱を帯びていて。

 だがリーチェは告げた後、頭を下げていたのでカイゼンの視線には気付かない。

 カイゼンがほんのりと頬を染め、リーチェに声を掛けようとした所で──。



「リーチェ……っ! リーチェ……!!」


 玄関ホールの方向から聞きなれた、けれど二度と聞きたく無いと思っていた男の声が聞こえ、リーチェは眉を顰めた。


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