一目惚れは三年前 7
──音もなくカイゼン率いる別働隊が突然目の前に現れた事に、敵国の奇襲部隊は混乱に陥った。
混乱し、指揮系統が麻痺しているほんの僅かな隙をついてカイゼン達とは別に行動していたもう一方の別働隊が地盤沈下地帯に手投手榴弾を投げ込む。
味方が被害を負わないよう火薬の量を調整し、大規模爆発を引き起こさない物だ。
誰かが「やめろ!」と叫んだ気がしたが、地面に落ちた手榴弾が爆発する音に紛れてその声も掻き消える。
一瞬、閃光が辺りを明るく照らす。そして次の瞬間には地面が崩れ落ちる大きな音がその場に響く。
崩れ落ちる音に混ざり、地面の下からは人間の叫び声や悲鳴が数多く聞こえて来る。
カイゼンが睨んだ通り、やはり地下通路が築かれていたのだろう。
「敵が混乱している内に殲滅若しくは無力化するぞ」
カイゼンの言葉に、精鋭達は勇ましく応え、抜き放った長剣を構え、馬の横腹を蹴った。
◇
「──っ、今の音は……!?」
日が昇り、辺りが明るくなって来た頃。
テオルクは自陣から離れた場所で上がる何かが崩落するような大きな音と、争い合う人々の声が聞こえ、がたり、と勢い良く立ち上がる。
テオルクが立ち上がった拍子に木製の椅子が倒れ、派手な音を立てるがテオルクはただただ音の聞こえる方向をじっと見つめ続ける。
「──恐らく、敵方の奇襲攻撃を防いだかと……」
「……カイゼン卿が言っていた事は杞憂では済まなかったと言う事か……」
「ええ。この場所は危険ですからハンドレ卿も後退の準備を。討ち漏らしが無いとも言い切れません」
「だが、我々が後退してしまえばカイゼン卿の部隊が孤立してしまうだろう。奇襲を受けた敵方が後方で集結してカイゼン卿の部隊を挟撃する可能性がある。我々がここから動く事は得策では無い」
カイゼンの右腕であるディガリオの進言に、テオルクは首を横に振る。
テオルクの言葉も尤もだ。
今、この場所からテオルクの軍勢が後退してしまえば彼が言った通りの危険が生まれる。
挟撃されてしまえば、いくらあのカイゼンでも無事では済まないかもしれない。
頑なにこの場から動かないと言うテオルクに、ディガリオはどうしようかと困ったように眉を下げる。
確かにカイゼンは無敵では無いが、彼自身の強さは確かだ。それに今回は精鋭達を率いて戦っている。
多少の怪我程度はするかもしれないが命に関わる事は無いはずだ。
(戦に絶対と言う物は無いけれど……。カイゼンの強さは一番近くで見て来た俺が一番分かっている……。それよりもハンドレ卿を安全地帯まで連れて行きたいのだが──)
自陣を後退させ、部隊編成を行いカイゼンの部隊に合流して敵方を逆に殲滅する。
カイゼンの部隊だけでもそれはやってのけそうだがこちらからカイゼンの部隊の救援に小隊をいくつか出せれば決着も早まる。
「ハンドレ卿、団長の支援に向かうため──」
「支援部隊、いや、増援はうちの国の騎士を送ったぞ。問題は無いだろう」
ディガリオが最後まで言葉を紡ぐ前に、テオルク達の滞在する天幕の入口を潜りドカドカと入室して来た同盟国のアジュラがそう告げた。
突然姿を現したアジュラと、アジュラが口にした言葉にテオルクは目を見開き驚く。
ディガリオも、まさか同盟国が援軍を送ってくれているとは思わなかったため、驚き口をぽかんと開けてしまう。
「我々の軍勢がそちらの足を引っ張っていたような物だからな……。それに今回の地下通路の事を見抜いたのはカイゼン・ヴィハーラ卿だ。自国の土地だと言うのに我々はあの場所をただの地盤が脆い危険地帯だと思い込んでいた。……彼の進言が無ければ甚大な被害を被る所だったのだ。……これくらいしか出来ないが、礼をさせてくれ」
申し訳なさそうに、体たらくを恥じ入るようにアジュラが深々と頭を下げる。
そして、アジュラが頭を下げたその背後。
先程まで響いていた争う声も、崩落の大きな音も止み、辺りはしん、と静まり返っていた。
先程まで耳に届いていた争うような声が突然無くなり、テオルクはちらりとディガリオに視線を向けた後、口を開く。
「……突然静かになり過ぎじゃないか? カイゼン卿は大丈夫だろうか?」
カイゼンの身を案じるテオルクにディガリオは大丈夫だと言うように笑みを浮かべて答える。
「団長なら大丈夫ですよ。きっと今頃は自分の師団の状況を確認して、敵方の損害を調べている頃じゃないですかね……」
(万が一の場合もあるから、と俺がハンドレ卿の護衛に回ったが……大丈夫だったようだ)
杞憂に終わって良かった、とディガリオが考えているとテオルク達の居る場所に向かってやって来る馬の足音が聞こえて来る。
その振動と、足音からやって来ているのは数騎だろうと当たりを付けたテオルク達は顔を見合わせた後、天幕の入口に近寄り布の隙間から外を確認する。
天幕の中が一瞬だけ緊張感に包まれたが、近付いて来る人物の姿が次第にハッキリと見えるようになり、テオルクは入口の布をばさりと払い外に出た。
「──カイゼン卿……!」
馬上のカイゼンの姿が見えるなり、テオルクは安堵した表情を浮かべカイゼンに向かって声をかける。
テオルクの声が聞こえたのだろう。
近付いて来るカイゼンの口端がゆるりと持ち上がり、片手を上げてテオルク達に無事を知らせる。
見た所、大きな怪我もしておらず近付いて来るカイゼンをテオルクは出迎えた。
「カイゼン卿、無事で良かった」
「ご心配をおかけしてしまい申し訳無い、ハンドレ卿」
「まったく……今朝方、ディガリオ殿から話を聞いた時私は自分の耳を疑ったぞ? まさかこんな無茶をするとは……」
馬上から下り、目の前に立つカイゼンにテオルクは責めるように言葉を口にする。
「もしカイゼン卿の身に何かあれば、私は陛下にどう申し開きをすれば良いか……相当悩んでしまった」
「はは、すみません。こちらの動きが敵方に知られているやも、と思いすぐに動く必要があったのです。無事やり切れる自信もあったので、ディガリオに報告させました」
すみません、と謝るカイゼンにテオルクは何も言えなくなってしまう。
確かにカイゼンの言う通り、カイゼンが地形の不自然さと敵国の思惑に気付かなければ窮地に陥っていたのはこちら側だ。
感謝こそすれ、咎める事は出来ない。
そこでテオルクは数騎で戻って来たカイゼンに視線を戻し、「それで」と言葉を紡ぐ。
「何かあったのか……? まだあちらに騎士の多くを残しているのだろう?」
「──そうでした。ハンドレ卿に是非来て頂きたいと思い、迎えにやって来たのです」
「私を……?」
不思議そうに首を傾げるテオルクに、カイゼンはこくりと頷き、そして同盟国の騎士であるアジュラにも一緒に来るように促した。
充分、周囲に警戒しつつ馬を駆る。
テオルク達はカイゼンを先頭に速やかに戦闘が起きていた地帯に移動していた。
テオルクは敵方の攻撃を心配していたが、カイゼンはその危険性は無い、とどこか確信めいた事を口にしていて。
この先には一体何が待っているのだろうか、とテオルクはまったく予想出来ない。
「速度を緩めて下さい、もう直ぐそこですから」
前方を走っていたカイゼンが後方に向かって声を張り上げる。
カイゼンの声に応え、テオルク達が馬を駆る速度を緩めると視線の先にカイゼンの師団の面々と、そして拘束された人影が見える。
「──? あれは……」
拘束され、地面に跪いている人影が次第にはっきりと見えて来て。
その人物達の顔を見たテオルクは驚愕に目を見開いた。
「私の記憶違いで無ければ、あの四人はそれぞれ敵方の指揮系統を担っている家門の人間ですよね? まさかこの場に全員が居るとは思わなかったのですが……」
「──っ、そうだ……。カイゼン卿の言う通り……、あの四人は敵国の指揮官達だ……重要な役割を担う者達だが……その者達が全員ここに……!?」
驚き、声が上擦ってしまうテオルクにカイゼンは答える。
「……それだけ、今回の奇襲は力を入れていたみたいですね。……確実に本陣を、ハンドレ卿を亡き者にするつもりだったようです」
「見てください」とカイゼンに促され、彼が指し示す方向にテオルク達は顔を向ける。
すると、カイゼン達が地下通路を崩落させた部分はかなり広大な範囲に広がっているらしく。
地面が崩れ、その崩れた部分から地下通路の姿がちらりと覗いている。
テオルク達と同じようにカイゼンも崩落した方向をじっと見つめながら、言葉を続けた。
「……軍略的に構築した地下通路は我々が考えるよりもかなり広い範囲に広がっていました。中心部分を押さえた為、ほぼ安全ですが……敵国はこの地下通路を利用して兵を送り込んでいたようです」
そして、敵国の大きな要である地下通路を潰した事。
敵国の重要な指揮官達を捕らえた事。
この事からこの長引いていた戦争は至極あっさりと終わりを迎えようとしていた。




