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ノーチラスノートII  作者: 蓬莱 葵
8/13

第8部

 9―狂騒

 リール・ド・ラビームに戻った私は、あの地底湖に行ってみることにした。

 館長に返してもらった鍵を使って温室の奥にある秘密のドアを開き、岩盤に掘られたトンネルを降りる。後ろからカレハ助教がついてきた。

 地底湖に着くとすぐに、あの小さな建物が目に入った。明かりは点いていない。ドアに鍵はかかっていなかったが、案の定、中には誰もいなかった。

「留守みたいですね」カレハ助教が覗き込んで言う。

 私はきれいに片付けられた部屋を一瞥した後、外にでて地底湖の周囲を見渡した。

 家の前には古びた外灯があって、青い明かりが地底湖を照らしている。

 地底湖には桟橋がある。そして、その脇に木組みの倉庫のような建物があった。

 私はそこのドアを開けて中を覗いた。暗い。周囲を探っていると、スイッチのような物に手が触れたので、オンにしてみた。

 倉庫に電気の灯りが点った。

「これは」

 倉庫は格納庫みたいになっていて、その中にカーキ色の機体が係留されていた。戦闘ヘリのような胴体に丸みを帯びたキャノピーがあり、両手両足と四枚の羽を備えた奇怪な姿。フクラスズメだ。最後に見てから数週間しか経っていないが、ずいぶん久しぶりな気がした。

 機体はやや前傾した姿勢で整備台に係留されている。近づいてよく見ると、そのコクピットのキャノピーの脇に、前には無かった紋様があった。

「あれは?」

「ああ、コノハさんが描いてましたね」

 それは、青紫の花に緑の葉がついた、リンドウの紋様だった。

「私たちのチームを表す紋章だそうで」

 カレハ助教はうんうんと頷いている。私は何故か恥ずかしくなった。私はそれを誤魔化すために話を続ける。

「そうか、でも実際に『手を動かした』のは君だろう」

「まあ、そうですね。でもこれ共同作業と言っていいんですかね」

「いいんじゃないか」

「わかりました、では今度、おそろいのTシャツやマグカップを作って、売りましょう」

「それはやめとこう」

「そうですか」

「ところで、こんなマーク描いてもいいのか?彼の、アーベル君のものだろう、これ?」

「創造主さんは、自由に使っていいと言われました。そしたらコノハさんが『じゃあもらう』と」

「それで、もらったのか?」

「はい」

「なんてことだ、やるな、コノハ助教」

「ずうずうしいとも言えますね」

「・・・・・前から少し思っていたんだが、君たち、実は仲が悪いのか?」

「ええ?どうなんでしょう?」

 カレハ助教は首をかしげる。

「こんなもんじゃないですかあ」

 そんなものなのか。双子の姉妹に近い関係だと思うのだが、兄妹もいない私にはよくわからない。でも、当の本人がそう言うなら、そうなのだろう。

「じゃあ、これはコノハ助教の機体になったんだな」

「私たちのものってことじゃないですかね、あのひともそのつもりだと思いますけど」

「そりゃありがたいが、でも、これの整備とかはどうするんだ?ぼくには無理だぞ」

 ヒューベル博士ならできるだろうが、彼には此処のことは秘密にしてある。アーベル氏の話はこれ以上広げない方がいい気がしていた。何と言っても先の事変の元凶たるマンディブラスの関係者だ。たとえ彼自身は関わっていないとしても、平穏無事に事が収まるとは思えない。そのことがわかっているからアーベル氏は館長のもとから姿を消していたのだ。

「整備ならコノハさんができますよ、あのひとは得意ですから、こういうの」

「そうなのか」

「はい」

 私は機体をしげしげと見た。前に使ったときは飛ばすのが精一杯で、手足の制御は全くやれていない。特に両手なんか、どうやって動かすのかさっぱりわからない。

「手足の動かし方もわかるのか、彼女は?」

「わかるんじゃないですかあ」

 カレハ助教は自分には関係ないと思っているのか、投げやりに答えた。

 私はフクラスズメを見た。これを自在に操縦できたとしたら、きっと面白いに違いない。

「じゃあ、そのうち教えてもらおう。でも何か報酬がいるよな、どうしようか」

「あのひとは単純だから、適当に誉めとけばいいんじゃないですか?」

「君たち、やっぱり仲悪いね」

「まあ冗談ですが。報酬ですか、そうですねえ、あのひと勉強好きだから、何か教えてあげたらどうですか?御館様、偉いんですよね」

「いいや偉くない。でも、そうか、ちょっと考えてみるよ、ありがとう」

「よろしくお願いします」

 カレハ助教はぺこりと頭を下げた。

 私は倉庫内をぐるりと見回す。すると、隅の方に変な物が置いてあった。

 それは長くて、杭か銛のような物体であった。表面にはノコギリのような棘が規則的についている。

「なんだこれ?」

「ええと、何でしたっけ?衝角、とか言っていたような・・・・」

「衝角だって?何の衝角?もしかして、これをフクラスズメに装着するのか!」

「そんな話をあのひとと創造主さんがしていたような、していなかったような」

 カレハ助教は頭をカクカク振りながら記憶を辿っている。

 もどかしいことこの上ない。

「カレハ助教、すまない、ちょっとコノハ助教に代わってくれないか?」

「ええ〜、めんどくさいです」

「まあそう言わずに、大切なことだから」

「う〜ん、仕方ないですねえ、では」

 そこでカレハ助教は、厨二病患者がやるような妙なポーズをした。

「天魔、覆滅!」

 キメ顔で台詞を叫ぶ。かなり昔に放映されていた忍者物の時代劇のやつだ。こんなのどこで覚えたのだろう?

 すると、少女の瞳の色が赤に変わった。

「恥ずかしいからやめてくれと言ってるだろう!」

 同じ少女が慌てて居住まいを整え、顔をしかめて非難する。

 コノハ助教だ。

「やあ」私は挨拶した。

「ああもう、みっともない」

 コノハ助教は心底嫌そうに言った。私は彼女が気の毒になる。こんな様子を見ると、やはり二人は仲が悪いのだろうと思う。

「急にすまない、ちょっと教えて欲しいんだが」

「ああ、聞いてたよ,衝角のことだろう」

 さすがに話が早い。

「ああ。これ、フクラスズメにつけるのか?どうして?」

「少し考えればわかるだろう、ここから湖に潜ればあの世界に行けるな」

「ああ、湖の底にあの世界への入口がある」

「そうだ、そこに行くには、フクラスズメで水深20メートルまで潜行しなければならない」

「そうだ」

「だが、現在の装備だと、それはできなくはないが、難しい。背部のエンジンは水中では使えないからな」

「そうなのか?あ、いや、そうか、燃焼式のエンジンだから無理なのか」

「そうだ、まえに創造主氏がこいつを我々の所に送り込んできたときは、特殊なカプセルに入れて射出した。そして、我々がここに戻ってきたときは、なけなしの機能で水面まで浮上した。要は、水中を移動する有効な手段がないんだよ」

「ふむ、でも待てよ、あの時は確か『水中移動モード』の表示が出てたような・・・・」

「よく憶えてるな。それは、背中の主翼と副翼をオールみたいに使って移動するモードだ。ちょうどウミガメみたいに進むわけさ。でもこいつの翼は空中での姿勢制御用だ。水中で推進するのに適した形じゃない。速度があまりでないんだ」

「そうか、となるとやはり水中移動用の駆動系が必要になるわけだ」

「そう。それともう一つ。あの世界に行ったとしたら、我々はあそこの天井に空いた『通路』から下に向けて飛び出すことになる。そうしたらどうなる?」

「そのまま下に降りることになるだろう」

「そうだ、そのまま下に何もなければいいが、そうじゃなかったら?」

「下だって?下に何か障害物があるか?」

「あるだろう。よく思い出せ」

 私はあの世界の光景を思い出した。鬱蒼とした森の上から、ノーチラス島にリンクした光源が白い光を落としている。その周囲には、黒い皿のような物が・・・・。

「あの睡蓮みたいな物体か!」

「そうだ。あの世界ではあれが天井の下に無数にある。ここから真下に降りたとしたら、ある確率であの皿にぶつかってしまう」

「回避すれば?」

「あの皿は天井近くにある。『通路』を抜けたとき、下手したら数メートル先にあるかもしれない。その場合、避けられない」

「・・・・もしかして、あの衝角で、あの黒い皿を」

「そうさ、目の前に皿があったら貫いてやるんだ」

「そ、そんなこと、できるのか?」

「できる。皿の厚さは大したことないし、あの天使も付属器を突き刺していたろう?そんなに固くはないんだ。この衝角なら簡単に突き破れるさ」

「これで?」

 私は再び衝角を見た。長さは二メートルくらい。黒い表面には、まるで第二次大戦の潜水艦についている防潜網カッターみたいなギザギザがある。ギザギザは四列、90度おきに螺旋を描きながら並んでいた。

「ふふん、それ、回転するんだぞ」

「何だって?」

「回転衝角さ。あの皿ごとき、余裕で粉砕できる。ちなみに、らせん状になっているから、そいつが回転すると水中ではスクリュー代わりになって、推進力が得られる。先の水中機動の話がここで繋がるのさ。駆動装置かつ武器というわけだ。合理的だろう?」

「・・・・すごいな、君。よくこんなの思いついたな」

「お褒めにあずかり光栄だ。実際に作るのは創造主氏に任せたがね。次の探査までに機首に装着しておくよ、楽しみにしといてくれ」

 そして、コノハ助教は不敵に笑った。


 そんなことがあってからしばらくして、我々はキャンベル教授にレプティリカ大学に呼び出された。

 夏の日差しの中を大学に赴き、いつもの会議室に入ると、既にコートニーと館長とカレハ助教が並んで座っている。三人で何やら話をしていたようだ。この三人はアーベル氏に関する秘密を共有しているので、それに関することを話題にしているのかもしれない。

 私が席に着くと、館長が小さく会釈をした。律儀な人だと思いながら私も挨拶を返す。そうこうしているうちに他のメンバーもやってきた。

「話があるのだが」

 キャンベル教授は私の方を見ながら切り出した。

「博士が言うように、あの世界で確認された光源がノーチラス島だとしたら、島は一年周期で同じ場所を巡っているから、毎年同じ日に同じ場所を通ることになる。ということは、9年前にリール・ド・ラビームで調査隊が消息を絶った日にあそこに行けば、調査隊が攫われていった場所に行けることになる」

 教授の言葉に皆が息を呑んだ。

「9年前の調査隊が送られた場所、ですか?確かにそうかもしれませんが、もしかして教授・・・・」

 私は慌て気味に尋ねた。

「教授は9年前の調査隊が生き残っているとお考えですか?残念ながらそれは有り得ないかと」

「まあ、そうかもしれない。でも、君は生き延びて、戻ってきた。ということはもしかしたら、生存者がいるかもしれない」

「それは・・・・」

 それは、不可能だ。私が生き残れたのは、コノハ助教とカレハ助教がいたからだ。彼女らがいなければ、あそこにいる怪物に殺されていただろう。私の頭上に迫ってきた巨大なフグのような怪物を思い出す。あんな物に襲撃される状況下で生き延びられるとは思えない。

 私はカレハ助教の方を見た。彼女はふるふると首を振る。彼女も生身の人間が生き残れるとは思っていないのだ。

 私が更に何か言おうとしたら、ヒューベル教授が口を挟んだ。

「シィナさん、9年前に調査隊が失踪したのはいつでしたっけ?」

「8月10日です」

「なら、あと10日あまりでその日になる。その頃ならリール・ド・ラビームの散水装置が完成しています。生存者がいるにせよいないにせよ、次の実験をその日に合わせてもいいのでは?」

 その意見に反対する者はいなかった。私も、特に反対はしない。残念ながら生存の可能性は限りなくゼロに近いが、我々で確かめてみればいいのだ。

 というわけで、次の実験は8月10日に決まった。


 私は会議の後で、大学の事務室に立ち寄った。

 いくつか必要な手続きを済ませて、大学を後にする。

 今は7月の終わり。

 アルケロンの市街は夏の日差しを受けて、アルザス様式の壁が白く輝いていた。遠くに見える海岸ではヤシの木が風に揺れている。水平線の向こうに積乱雲が見えた。もう少ししたら夕立が来るかもしれない。

 実験までに少し日があるので、私はフクラスズメの操縦を習うことにした。使うかどうかはわからないが、操作法を知っているに越したことはない。

 私はリール・ド・ラビームに戻ると、大学の事務係からもらった封筒をカフェのテーブルに置いた。それから温室の秘密の出入り口を通って、地底湖に行く。

「やあ」

 あらかじめ伝えておいたので、そこではコノハ助教が待っていた。倉庫から出して湖畔に移動させたフクラスズメのキャノピーの上に腰掛けている。

「次は来月の10日だって?ちょっと余裕ができたね」

「ああ、君も聞いただろう?生存者の捜索もすることになった」

「生存者、ねえ・・・・」

 コノハ助教は訝しそうな顔をした。彼女もあそこで丸腰の人間が生きていけるとは思っていないようだ。

「9年も経っているんだろう?無理じゃないかなあ、気の毒だけど」

「ぼくもそう思う。でも他のメンバーは君のことを知らないからな。あそこには食料も水もあるし、何よりぼくが帰ってこられるくらいだから、生き延びられると思っている」

「ふうん、で、次は誰が行くんだい?」

「少なくともフェンネル操縦士とぼくがヴァーミスラックスで行くことになるだろう。あの機体にはもともと飛行能力が無いが、ヒューベル博士が改装をして軽量化してる。帰還時にはブースターを使って短時間の飛行ができるようにするそうだ」

「じゃあ帰りはあの天井にある『窓』を使うんだな」

「それしかない。こっち側から散水して『窓』を開けてもらう」

「天使が襲ってくるぞ」

「ヴァーミスラックスの装甲なら防げるさ」

「そうかい。私はこっちからフクラスズメで行くということでいいな」

「そう。あっちに行ってから、サポートしてくれるとありがたい」

「君はあっちでフクラスズメを操縦するつもりか?」

「基本的には君に任せる。ぼくは必要があれば使わせてもらう。その時のために操縦できるようにしておきたいんだ」

「備えあれば憂いなし、ということだな、わかった」

「よろしく頼むよ、コノハ教官」

 そう言うと彼女は「授業料は高いぞ」と言って、笑った。


 操縦訓練が終わって、我々は地上に戻った。

 温室に出て、展示室を抜け、カフェに続くドアをくぐる。

「夕食、夕食っと」

 コノハ助教は鼻歌を歌っていた。

 それがテーブルに置かれた封筒の前でピタリと止まる。

 さっき私が置いておいたものだ。

「なんだこれ」

 コノハ助教は宛名欄に「通草コノハ殿」と書かれた封筒を手に取った。

「レプティリカ大学から・・・・」

 彼女は訝しそうに封を開けた。そして中から認識票のような物を取り出す。

「高等部の学生証だ。それに、ええと、特別聴講生?大学の?」

 コノハ助教は不思議そうに私を見た。

「これは、なんだい?」

「見ての通りだ、学生証だよ。君なら高校に行く必要はないだろうけど、聴講生になったら、大学の授業が受けられる」

「え、どういうこと?」

 コノハ助教は彼女にしては全く珍しいことに、困惑しているようだ。

「君は前に言っていたよな。『ここには本があるからいい』と。大学に行ったらもっとたくさんあるし、面白い授業もあるよ」

「え、でも、どうやって?これを?」

「前にアーベル氏がカレハ助教のための書類を用意したとき、彼は一緒に君の分も作ってくれていた。それを基にして、高等部の学生証の申請をした。ついでに大学の聴講許可ももらっておいた」

「そんなことができるのかい?」

「アーベル氏が細かいところまでやってくれていたからね。ちなみに君はカレハ助教の双子の姉ということになってる」

「名字が違うんだが。あいつの名字は確か椚だろう?」

「その辺は特に問題にならなかったな」

「なんていい加減なんだ、あの大学」

「まあ、ノーチラス島だからね」

「でも、なんで?君が、こんなことを?」

「お礼だよ。操縦のことでお世話になっているし。そんなものではとても返しきれないけど、とりあえず最初ということで」

 コノハ助教は学生証をじっと見つめていた。

「・・・・・さっき、『授業料は高い』と言ったけど」

 彼女はその小さなカードをぎゅっと掴む。

「これは、もらいすぎだ」

 彼女の声が少し震えていた。

「いいから、君には本当に世話になった。あの世界で、君がいなければ生きては戻れなかった」

 私がそう言って促すと、驚いたことにコノハ助教がぐすっと鼻を鳴らしたような気がした。

 彼女ははにかんだような顔でこちらを見る。

「じゃあ、いいのかい、これ、受け取っても」

「いいよ」

「ありがとう。お、恩に着るよ」

 コノハ助教は柄にも無く狼狽えていたが、すぐに「あ」と言って肩を落とした。

「ああ、ごめん、でもダメだ。この目では・・・・・」

 赤い瞳が失意に染まる。いつもは鋭い縦長の瞳孔が少し揺らめいていた。

「大丈夫さ、封筒の中をよく見てくれ」

 私が促すと、コノハ助教はおっかなびっくりの表情で、封筒の奥を探った。そして小さなプラスチックケースを取り出す。

「これは?」

「カラーコンタクトだよ。それをつけたら普通の瞳に見える」

「・・・・・君、そんなことまで」

 コノハ助教はケースから水色をしたカラコンを取り出して明かりに透かした。

「色については、双子という設定だからカレハ助教の瞳と同じ色がいいと思ったんだが、それでよかったかな?」

「・・・・・いいけど、君、これは水色じゃないよ」

「え?」

「これは青紫色だ」

「あ、ごめん、そうだったのか、ごめん、気づかなくて」

「いいさ」

 そしてコノハ助教はにっこり笑った。

「これは、君が私にくれた花と同じ色だよ」

「え、そうなのか?」

「そうさ」

 そして彼女は小さく笑い、黒衣の胸に挿してあるリンドウを指さした。

「ほら、同じだろ?」

「そ、そう言われれば」

 私は妙に恥ずかしくなって、はぐらかすように答えた。

 すると、コノハ助教が何かに思い当たったように身を乗り出した。

「え、でも、まてよ、君、学生証の写真はどうした?」

 コノハ助教は学生証を裏返して見直す。

「やっぱり、カレハ助教の顔写真を使ってる・・・・」

「あ、そうか、その写真だと瞳が水色だな・・・・。それじゃ、瞳の色が合わない・・・・。ごめん、色がわからないといろいろ上手くいかなくて・・・・」

「いいさ、後で細工しておこう」

 コノハ助教はひらひらと学生証を振った。

「明日から、行ってみるよ。図書館にはそんなにたくさん本があるのかい?」

「あるね。ここ半世紀のあいだに、世界各国の研究者が持ち込んできた古今東西の膨大な量の電子書籍を全て印刷して製本してる。この島にいるとそういうアナログ式の物が好きになるのさ」

「おお、いいね。私も紙の本が好きだ」

 コノハ助教は自分で言ったことに自分でうんうんと頷いた。

「それに、大学の授業も受けられるのか・・・・、ということは、君の授業も受けられるね」

「いや、ぼくのは受けなくていい」

「なぜだい?」

「面白くないからさ」

「そんなの、受けてみないとわからないじゃないか」

「わかる。面白くない、保証する」

「君い」

 コノハ助教は諭すような目をした。

「そんなこと、言うもんじゃないよ」

「いや、でも、本当のことだから」

「そんなつまらない話しかできない奴が、大学の教員になれるもんかねえ」

「なれるのさ。話の上手い下手は関係ない」

「じゃあ、何が関係するんだ?」

「一言で言えば、運、かな」

「そうなのか?」

「そうだね」

「じゃあ、私でもなれるのかい?」

「運がよければね」

 そこまで言ってから、私はある考えに至った。

「コノハ助教、今の君はあくまで聴講生だから、単位は取れないけど、大学に入れば単位が取れるし、単位が集まれば学士の学位が取れる、君さえよければだが、どうする?」

 コノハ助教は目を丸くした。

「なんだって、レプティリカ大学に入るってことかい?」

 私は頷く。

「その場合はもちろん、入学試験に合格しないとダメだが。君がやる気なら協力するよ」

 コノハ助教は片手で額を押さえた。

「何だか話がどんどん進んで、クラクラするよ。でも私の見た目は高等部に入学したての少女だ。そんなのが大学にいたらおかしくないかい?」

「今時そういう例は珍しくない。才媛ということで話題になるさ」

「それにさあ、そもそも私は人間じゃないんだよ」

「大学生が人間でなければならないという決まりはどこにもない」

 彼女は、うっ、と言葉に詰まり、それから、うう、と唸り、「ちょっと考えさせてくれ」と言った。

「いいとも」私は頷き、夕食の準備を始める。

 しばらく沈黙が流れた。

 夕食の準備が一段落して、私がコノハ助教の方を見ると、彼女はカフェのテーブルに肘をついて、窓の外を見ていた。

 ふと、彼女が声を漏らす。

「なんだか、嬉しいことが起こりすぎる」

 彼女の声は何となく不安げで、何となくだが不穏な感じがした。

「我々は、備えなければならない」

 それはかつて、楽しいことの後には悲しいことがやってくる、確かそんな話をしていたとき、彼女が言った言葉だ。今のコノハ助教の声音は心なしか沈んでいるような気がした。私は一方的な贈り物によって彼女が気分を害したのではないかと気になった。

「ちょっと、迷惑だったかな」

「そんなこと、ないさ」

 コノハ助教はこちらを向くことなく、暗い窓ガラスの向こうを見ていた。

「そんなこと、ないんだよ」

 窓ガラスに写る彼女の瞳が潤んでいるような気がしたが、きっと気のせいだろう。

 夏の夜が静かに過ぎていく。


 その夜、私は3階にある研究室で書き物をしていた。開け放していた窓から夜風が入ってくる。風は生暖かく、あまり快適ではなかったので、私は窓を閉めた。その時、部屋のドアをノックする音がした。

「どうぞ」

 ドアが開く気配がして、誰かが入ってくる。

 私は振り向いた。アルザス衣装の少女が立っている。

 目が赤い。コノハ助教だ。

「やあ、どうした?」

「いろいろ考えたんだが」彼女は静かな声音で言った。

「やっぱり、これは受け取れない」

 彼女は私がさっき渡した学生証を差し出した。

「ど、どうして?」

「ここまでしてもらう義理は無いというか、ちょっとやりすぎというか」

「いや、これはあの時のお礼で」

「そういうのがちょっと、何というか、重いんだよ」

 コノハ助教は無機質な表情のまま歩いてきて、学生証を机の上に置いた。

「別に君が変な気持ちでこれを用意したとは思わないけど、お互いの距離感は大事だと思うんだ。私はこれをもらうほど君とは親しくない」

「い、いや、そんな、つもりは」

「それとも、これを渡しておくと私が君の都合いいように動くと思ったのかな」

「そんな、ことは・・・・」

「こちらも悪かったかもしれない。ちょっと親密にしすぎたようだ、これからは紛らわしい言動をしないように気をつける」

「こ、コノハ助教・・・」

 私は非情な言葉を一方的に告げる彼女に困惑した。

 何故急に?さっきはあんなに喜んでくれたのに?これはきっと何かの間違いだ。

「何故、そんなことを言うんだ」

 今まで交わしてきた数多の言葉が浮かぶ。あれが全て嘘だったというのか?

「何故そんな哀しいことを・・・・」

「・・・・・最後まで言わないとわからないのか?」

「・・・・気持ち悪かったということか?だったら謝る、次は気をつけるから」

「気持ち悪いんじゃない、迷惑なんだよ」

 その言葉で、私の中にあった何かがふっつりと切れた。

「じゃあ」

 そして、ドアがバタンと閉じた。


 私は部屋の中に立ち尽くしていた。

 何かの間違いだろう。

 送り返された学生証を見る。しかしそれはまさに、先ほど私が彼女に渡したものだった。

 部屋の中が暗くなったような気がした。机の上の学生証が、まるでフィルターがかかったようにぼんやりと霞む。

 おそらく10分くらい立ち尽くしていたと思う。

 やがて、しまった、という気持ちが沸き上がってきた。

 気をつけていたはずなのに、またやってしまった。

 これまでも、親しくなりかけた女性にいろいろお節介をして、避けられるようになったことが何度かある。

 相手との距離感を掴むのは苦手だ。一人でいることが多かったから、必然的にそうなったのだろう。だから敢えて距離を置くようにしていたのだが、今回はいろいろありすぎて、警戒心が緩んでいたようだ。

 近づきすぎてしまった。

 せっかく、これまで上手くいっていたのに。

 私はため息をついた。

 何度も同じ失敗を繰り返す自分に嫌気が差す。

 先ほど、カフェでコノハ助教が言っていた台詞を思い出した。

 我々は、備えなければならない。

 ああそうだ、備えておかないといけなかったな。

 他人に介入すると、碌なことがない。

 もうやめよう。

 そう思った。


 翌朝、部屋で目を覚まし、昨夜のことが夢ではないかと思って、私は研究室に降りていった。

 机の上を見ると、コノハ助教の学生証が置いてあった。

 夢ではなかったらしい。

 今朝はきっと、彼女は「行ってくるよ」と言って大学に行くのだろうと思っていたので、ショックは大きかった。

 しかし、これも私が相手の気持ちを正しく把握していなかったせいだ。知ったつもりになって、余計なことをして彼女を困らせてしまったのだ。人間でない物にまで忌避されるとは、私も大概である。

 コノハ助教が気の毒になる。彼女は学びたがっていた。それは本当だろう。大学の図書館にも行きたかったはずだ。私がもっと上手くやっていれば、いや、私じゃなくて、もっとコミュニケーション能力が高い人がやっていれば、彼女は何の気兼ねもなく大学に行けただろう。

 私はそのまま研究室の机に座って、昨日の仕事の続きを始めた。博物館の方に降りていく気力は全くない。

 仕事は全く進まない。でも、しばらくこの部屋にいさせてもらおう。

 やがて、博物館のドアが開く音が聞こえた。「おはようございます」という館長の声が聞こえる。

 ふと、今回のことを館長に相談したらどうだろうと思った。あの人ならこの状況を何とかする方法を教えてくれるかも。しかし、今回の件は私が対人関係に介入しすぎたために起きたことだ。そんなことを館長に相談したら、彼女にも鬱陶しいと思われてしまうだろう。もうこれ以上ダメージを広げたくない。それに、この状況がもう今更どうにかなるとも思えない。

 人間関係を構築するのは大変だが、壊すのは一瞬なのだ。


 ちょうど今日はレプティリカ大学で講義がある日だったので、私は昼前にリール・ド・ラビームを出てアルケロン市に向かった。

 夏の日差しは明るいはずだが、ずいぶん陰って見える。世界が色彩を失って、まるで白黒映画の中にいるような気がした。

 風が吹いていたが、何だか生暖かくて不快だった。

 大学について、いつものように講義を行ったが、正直上の空であった。受講する学生が上の空なのはよくあるが、教える側がそうなのは珍しかったかもしれない。

 ゾンビが授業をしたらだいたいこんな感じになるだろうと思われる授業をしている間に、私はだんだんリール・ド・ラビームに戻る気が無くなってきた。

 授業が終わるとすぐに、私は大学の宿泊施設の空きを確認した。ちょうど部屋が一つ空いていたので、そこに入居することに決めた。

 リール・ド・ラビームでやっている仕事はこっちでも可能だ。あそこで実験があるときは、ここから赴けばいい。多少不便かもしれないが、あそこに住んでいなくても問題はない。ここから毎日通うようにしよう。昼食と夕食をこっちで用意して届ければコノハ助教の生活にも支障はないだろう。


 そういうわけで、私の新しい生活が始まった。


 8月になった。

 相変わらず、暑い日が続いている。

 次の実験まであと10日。リール・ド・ラビームでは着々と準備が進められていた。

 放水装置は完成し、いつでも崖の上から水を降らせられるようになった。一度、試験的に放水する様子を見せてもらったが、見物だった。崖の上から瀧のように水が流れ落ち、深淵に降り注ぐ。温室の横にはきれいな虹ができた。

 何とも美しい光景だった。いや、そのはずだった。残念ながら今の私にはどうしても彩りを欠いて見える。でも客観的に考えると、もしここが地球なら、これだけで此処が観光名所になるだろう。ただし、我々の実験は夜に行われるので虹は見えないかもしれない。

「すごいですね」

 私は隣にいるヒューベル博士に言った。彼は満足そうに頷く。

「以前のデータから推測すると、およそ30分程度の放水で、あちらへの扉が開きますよ」

「そしたらいよいよですね」

 次の実験では、実際にヴァーミスラックスを送り込むことになっていた。あの触手は生身の人間にしか反応しないため、今回は深淵の底にある「窓」から行く計画である。

 我々が突入するとき、コノハ助教はフクラスズメであちらに行くだろう。あちらに行ったらコノハ助教がフェンネル操縦士を護衛してくれるはずだ。彼女とはあれ以来話をしていないが、それが彼女の使命だ。きっとやってくれる。

 風が吹いて、内湾を波立たせ、岸辺のヤシの木が大きく揺れた。

 振ってくる水が風に流されて、こちらまで飛沫が飛んでくる。

「結構強い風が吹きますね」私が言うと、ヒューベル博士は頷いた。

「毎年、この時期にこの海域に来ると吹くそうです。私は二年目なので去年も経験しているはずですが、去年はそれほど強くなかったようで」

 それに去年の今頃はちょうど怪物が襲撃してきて、皆が右往左往していた時期だ。そんな状況では風などを気にしている余裕はなかっただろう。

「夏に強い風が吹くなんて、スイスに吹くフェーンみたいですね」

「ああ、そうなんですか?」

「スイスでは古くから不吉な風と言われています。・・・・・ああ、すみません。こんな時に、あまり縁起がよくないですね」

「いえいえ、私は全く気にしませんよ。クレイは縁起を担ぎますがね」

 ヒューベル博士はそう言って笑った。

 フェンネル操縦士の名前が出たので、何気なく見回すと、彼はウッドデッキの隅でコートニーと何やら話をしていた。

 コートニーがちらっとこちらを見る。彼女は何日か前に、「どうして大学に引っ越したの?」と尋ねてきたが、私はあっちの方が今の研究がやりやすいからと言ってはぐらかした。

 フェンネル操縦士はコートニーに向かって頷くと、こちらに歩いてきた。

「先生」

「なにかな?」

「ちょっと、島の外れまで行ってみませんか?いいところがあるのですが」

「いいところ?」

「はい、先生、見たところ少しお疲れのようなので、気晴らしにどうでしょう?」

「それはまた、突然だね」

「はあ、実験までまだ少し間がありますし、それに、ちょっと先生に見ていただきたいものもあります」

「私に?」

「はい、よければ明日の朝、ぼくの家まで来てもらえますか?」

 彼が私を行楽に誘うとは珍しいこともあるものだ。私は特に用事もなかったので、頷いた。

「メイオラニア丘陵だね。わかった」

「では、そういうことで」

 フェンネル操縦士は少しぎこちない表情で笑った。彼はこうしたことが苦手らしい。その辺は私とよく似ている。でも彼は周囲の人々と上手くやっているようだ。

 そのへんが主人公と脇役の違いかもしれないな。

 私は小さくため息をついた。

 生暖かい強風が吹いて、内湾のヤシの木を揺らす。


 翌朝、私は大学の宿舎を出て、メイオラニア丘陵に赴く路線のトロッコ列車に乗り込んだ。

 私が操縦する列車はアルザス風の市街を抜け、森に入る。

 木漏れ日の中で、セミの声が響いていた。

 この路線は博物館の前を通る。博物館駅を通り過ぎるとき、博物館の方からこちらに歩いてくる人影が見えた。館長だ。時間的にリール・ド・ラビームに行こうとしているのだろう。

 私に気づくと、館長は小さく会釈した。

 このまま通り過ぎるのも失礼な気がしたので、制御レバーを回す。ガタンと音がして列車が止まった。

 館長が列車の傍までやってきた。

「おはようございます」

「おはようございます、館長」

「どちらに行かれるのですか?」

「今日はフェンネル君に誘われまして。行き先はよく知らないのですが・・・・」

「・・・・そうですか」

 フェンネル操縦士の名を聞くと、館長はやや不安そうに瞳を曇らせた。その様子が少し気になる。

「どうしましたか?」

「いいえ、何でもありません、あの人がそう決めたのなら、それでいいでしょう」

 館長は操縦士の思惑に何か思い当たるところがあるのかもしれない。彼女の表情が翳っているので、私は少し不安になった。

「ぼくが行っても、いいものでしょうか?」

「・・・・失礼しました。そういうわけではないのです。行ってみてください。ただ、少し驚かれるかもしれません」

 そこで、館長は口ごもった。しばらく黙っていた後、彼女は口を開く。

「・・・・・それから・・・・」

「それから?」

「博士はどうして、リール・ド・ラビームを去られたのですか?」

 その質問で、騒がしかったセミの声がピタッと止んだ。

 代わりに、耳の奥でじーんという音が聞こえる。血の気が引いていくのが自分でもわかった。

「———え、いや、去ったというか、今はちょっと大学で用事が・・・・・」

「もしかして、コノハさんかカレハさんと何かありましたか?」

 まさに言葉の暴力だ。私の視界が暗転した。自分でも驚いたことに急な眩暈がして、思わず列車の手すりにつかまる。

 まずい、まだ精神が立ち直っていない。

「は、博士・・・・」

「大丈夫です!」

 私は無理矢理体を起こした。

「何でもありません、ちょっと最近いろいろあったし、次の実験も近いので、お互いの仕事をちゃんとしようということになりまして」

 私は自分自身に言い聞かせるように早口でまくしたてた。

 館長は不安そうにしている。

「コノハさん、近頃様子がおかしいんです。話をしても何だか上の空で、『ちゃんとしなければ』と、うわごとみたいに・・・・」

「そうですか、ぼくにも『距離感が大事だ』と言ってました。多分、彼女には思うところがあるんですよ。ああ見えて、真面目ですから」

「そうでしょうか・・・・・」

 館長は訝しむように私を見た。私は自分のお節介がこの事態を招いたことを知っているので、気まずい。この話は早く切り上げたかった。私は目を逸らして、列車の制御レバーを回す。

 ガタン、と列車が動き出した。

「では館長、行ってきます」

 私はお世辞笑いを作って、手を振った。館長は黙ったまま、私を見ている。

 列車が速度を上げ、その姿は遠ざかっていった。


 トロッコ列車はメイオラニア丘陵に到着した。

 草原の中にある駅で降りて、夏草が揺れる小径を歩く。

 坂を登ると、湖の中に立つ家が見えた。アルザス風の家が湖に映り込んでゆらゆら揺れている。

 この湖にはハンマーヘッドの『モゲラ』が生息しているはずだが、その姿は見えない。

 家の方も閑散としている。二階はコートニーが借りているはずだが、そこにも人の気配はない。彼女は留守のようだ。

「先生」

 フェンネル操縦士の声がした。見ると、一階にある広いベランダに操縦士が立っていて、手招きしている。私は湖岸と家を結ぶ木製の橋を渡って、家の玄関前に行った。

「こっちに桟橋があります。家に上がるより横から回ったほうが早いです」

 フェンネル操縦士の言葉に従って、私は家を回り込み、裏に回る。ベランダの脇に木製の階段があって、それが湖に伸び出した桟橋に続いていた。

 桟橋には白い超軽量飛行艇が繋がれている。操縦士が時々館長を博物館に迎えに来るときに使っている機体だ。

「これで行くのかい?」

 私が尋ねると、彼は頷いた。

「行き先は何処だね?」

「ハルピュイア湖です。島の後端にあります。ご存知ですか?」

「ああ、知ってる」

 私は答えた。ノーチラス島で最大の湖だ。島を船に例えると船尾にあたる場所にある。まだ鉄道は通じておらず、まともな道路もないので、行くには航空機か船を使うしかない。

「今日はちょっと風が強いが、大丈夫かな?」

 私はさざ波の立つ湖面を見ながら尋ねた。自分の経験では超軽量動力機を風の強い日に飛ばすのは危険だ。

「これくらいなら平気です」

 フェンネル操縦士は事も無げに言った。さすがは怪物の襲撃からこの島の人々を護った英雄である。

「わかった、それじゃ、行こう」

 私は機体に乗り込んだ。

 フェンネル操縦士が隣に座って、エンジンを始動させる。

「行きますよ」

 彼はスロットルレバーを引いた。

 体がぐうっと押される感じがした。

 機首の両脇で湖面が切り裂かれ、白い飛沫が散る。

 機体が加速し、湖の上を滑って、離水。

 ぱあっと目の前に蒼穹が広がった。

 機体はぐんぐん上昇し、300フィート、つまり90メートルくらいの高度で水平になる。そのまま高度を維持して島を縦断していった。眼下では鬱蒼とした森が絨毯のように広がり、風に揺れている。

「どうですか?」操縦士が尋ねてきた。

「いいね」と私は答える。

 やがて、眼前に大きな湖が見えてきた。

 ハルピュイア湖。ハルピュイアとはギリシア神話に登場する女面鳥身の怪物の名前だ。そう言われてみると湖の形が羽を広げた怪物のように見えなくもない。

「手前の岸に降ります」

 フェンネル操縦士は操縦桿を倒して、機体を湖の上で旋回させ、着水した。風があるにもかかわらず、機体はほとんど揺れない。彼はまるで風の動きを予測しているように、風が来る直前で操縦桿を操作して機体を安定させていた。

「まるで魔法使いだな、君」

「そんなことないですよ、本物の魔法使いはこんなもんじゃありません」

 そういえば彼には魔法使いの知人が二人もいたんだった。

 機体は蒼い湖の上を滑って、岸辺に着く。操縦士が飛び降りて、ロープを岸辺の木に繋いだ。

 私も降りて、周囲を見回す。岸辺では夏の野草が色とりどりの花を付けていた。ただし、今の私にはこうした花々も色彩を欠いているように見える。

「初夏くらいに来ると、もっとたくさん花が咲いているんですけどね」

 フェンネル操縦士は目を細めている。彼にはきれいな景色が見えているのだろう。

「確かに気晴らしにはいいところだ」

 ということは、彼は私にこの景色を見せたかったのだろうか?

 いや、彼が私を此処に連れてきたのは、他にも目的があるだろう。

「それで、私に見せたいものというのは?」

 私が尋ねると、フェンネル操縦士は森の方を指さした。

「あの奥です。行きましょうか」

 彼は歩き出した。私はその後に続く。

 小径が森の中に続いていた。しかし通る人はほとんどいないのか、道は下生えに覆われている。

 森の中をしばらく歩いたところで、操縦士は立ち止まった。

「ここです」

 私は彼の視線を追う。そこには瓦礫の山があった。

 大小様々な石がまるでピラミッドのように積み重なっている。

 高さは一階建ての家くらいあった。

「なんだこれ、人工物か?でもそれにしては雑だな」

「まあどうぞ」

 フェンネル操縦士は近くにあった岩の上に腰掛けて、私に水筒を差し出した。

 私は受け取り、彼の近くにあった岩に腰掛ける。

「見せたいものとはこれのことかな?何だね、これは?」

「今はこんなになっていますが、此処には以前、石でできた井戸のようなものがありました」

「井戸?」

 私は何処かで似たような話を聞いたことがあるような気がして、記憶を辿る。

 でも、思い出せない。

「もう20年近く前のことです、ぼくはここにいました」

「・・・・ちょっと待て、君は確か地球にいたと聞いたが?」

「そうです、でもそれは、8歳の時からですね」

「じゃあ、それまではこの島にいたと?」

「そうです」

 彼は頷いた。私は彼が私を此処に呼び出した理由に薄々気がついてきた。

 彼は、彼に纏わる重要な秘密を私に告げようとしている。

「ま、待て、その話は・・・・」

「先生には、聞いておいてもらおうと思いまして、でももう、だいたいのことは察しておられるのでは?」

 私はそこで、あの博物館で見た小さな墓標を思い出した。その時に閃いた仮説が甦る。それは歪で、不可解で、恐ろしく、そして哀しい仮説だった。

「当時子供だったぼくは、この湖で遊んでいた。その時に森に探検に行って、そしてあの石井戸を見つけた。ぼくは中に何があるのか知りたくなって、ロープを垂らしてその中に入った。そしたら・・・・」

 そこでしばらく、フェンネル操縦士は黙った。彼にとっては思い出したくないことだったのだろう。今でさえ、精神にかなり負担がかかっているように見える。

「無理しなくてもいいよ」

「・・・・いいえ、大丈夫です。井戸の奥でぼうっとした鬼火が見えたような気がして、何だか体が切り裂かれるような嫌な感じがした。ふと横を見たら・・・・・」

 フェンネル操縦士は一旦言葉を切り、呼吸を整えるように大きく息をした。

「・・・・ぼくがいたんです」

「君がいた?どういうことだ?」

「言葉の通りですよ、ぼくの隣にもう一人、ぼくがいた」

「意味がわからない、何が起きたんだ?」

「先生、この島の港の傍に立て看板がありますよね?」

 フェンネル操縦士がいきなり話題を変えたので私は戸惑った。

「・・・・・あ、あるね。島の地図が立体的に描かれている・・・・」

「そこには爬虫類島(Reptilica)と書かれています。今はどうか知りませんが、一年前の怪物襲撃の時には、その看板に流れ弾が当たって、tとiの文字が見えなくなっていました。そうなると、どうなります?」

「・・・・複製(Replica)、になるか」

「そう、それが、この島の秘密です。この島は複製を作る装置、世界複製装置なのですよ」

「何だって!」

「でも、先生、薄々は気づいていたでしょう?」

 私は口をつぐむ。確かに何かの予感はあった。あの博物館の墓標、そして、そこに書かれていた人物の名前と、死亡した年。

 あの墓標には、クレイ・ライト 2042-2050、と刻まれていたのだ。つまり彼と同じ名の人物が8歳で死亡している。

「と、いうことは、あそこに葬られていたのは君、いや君の複製なのか?ここで君のコピーが作られ、そして、その人物は、その後直ぐに、死んだ・・・・」

 操縦士は頷いた。

「どっちがコピーなのかは、わかりません。ぼくの方がコピーなのかも」

「では、君の方には一体何が?」

「ぼくがぼくを見たすぐ後、ぼくは地球に、スイスの片田舎に飛ばされました」

 そうか、だから彼はずっと地球にいたのだ。

「地球で目を覚ましたとき、ぼくは自分の名前くらいしか覚えていなかった。ほとんどの記憶を無くしていたんです。だから、この島のことも忘れていた。偶然、この島に来ることになって、再びこの場所に来たときに、思い出したんです」

 操縦士は疲れたような顔で笑った。

「・・・・ぼくはずっと迷子になっていた。20年近くたって、ようやくこの島に戻ったとき、もうぼくの家族はいなかった。ただひとり、複製された片割れを残して」

「・・・・・もしかして、それが、館長・・・・」

 私は搾り出すように言った。墓標に刻まれていた彼の没年、そして館長の年齢、彼が死んだその年に館長が生まれたとしたら、それは何を意味するのか?

「それについては、死んだ父の日記に書いてありました。父は発生工学の権威で、人体をまるごと発生させることができる依代を人知れず作っていた。父はそれを『ヒトガタ』と呼んでいました。でも、それを使うつもりはなかったでしょう。人間を発生させるのは禁断の実験ですからね。でも、自分の息子が、ぼくのコピーが、おそらく複製による精神的ショックで死んでしまった。父はそこで、禁断の実験に手を染めた。ぼくの死体からまだ生きていた細胞を取り出し、『ヒトガタ』に移植したんです。ただし、その時点では『ヒトガタ』は完全ではなく、女性を作ることしかできなかった。だから、ぼくのゲノムの中から女性をつくる遺伝子群が選択され、ぼくのコピーは女性に姿を変えて、発生した」

 それが、館長。あの少女なのか。

「ぼくと彼女の顔かたちは全く違いますよね、それは、外部形態はもともと『ヒトガタ』に備わっている発生機構が適用されるためです。でも彼女は正真正銘、100パーセント、ぼく自身なのです」

「なんという・・・・」

 私は言葉を失った。私が感じていた違和感の正体はこれか。彼が主人公で、彼女はヒロイン、その関係が何だかしっくりこなかった。実際は主人公とヒロインが同一人物だったのだ。

「それを知らずに、ぼくたちは知り合い、恋愛の真似事までしてしまった。滑稽な一人芝居だとも知らずに・・・・」

 滑稽な一人芝居か、それなら私もやった。私と、木通助教とで。でも彼のそれは私の場合とは全く違う。彼らは本当に、現実の世界で、それをやったのだ。

「この島は、そんなところなのです」

 操縦士が瓦礫の山を見ながら言う。

「ぼくが複製されたとき、それ以上のことは起きなかった。でも本来、この島はこの星を、いやこの星を含めた恒星系をまるごとコピーする装置なんです。地球とインフェリアの環境がとても似ているのはそのせいです。遙か昔、この島は複製したのですよ、地球を。ぼくたちと同じように」

 あの二人はまるで地球とインフェリアの縮図のようだ

 コノハ助教の言葉を思い出す。彼女はこのことを言っていたのか。この島は、フェンネル操縦士を複製したように、インフェリアを複製した。そして遙か昔に袂を分かった片割れが地球なのだ。

「でも、一体なんのために、そんなことを?」

「これはぼくの知り合いからの受け売りですが、この島を作った者たちは、実験をしていたんじゃないかと。生命誕生に有望そうな恒星系に目をつけ、それをいくつも複製する。そうすると、分岐したそれぞれの世界では確率的に異なるイベントが生じ、それぞれ独自のパターンで進化が起きるでしょう。ある世界では生命の進化が停滞するかもしれないし、ある世界では他の世界とは全く異なる進化が起きるかもしれない。つまり、その恒星系で有り得た様々な可能性が実際に顕現するのです」

「それは、凄い考えだな、見たいかもしれない」

「さすが先生、そう思いますよね。だからこの島が作られたんですよ」

 フェンネル操縦士は自虐的に言った。彼はその犠牲者なのだ。私は申し訳なくなった。

「すまない、無遠慮なことを」

「いいんです、でも、そんなもの、今の人類には早すぎます。これが知られたら研究と称して人々が殺到して、きっとぼくのような例がたくさん出てくる。そしてそれに留まらず,世界は遠からず滅茶滅茶になるでしょう」

 私は瓦礫の山と化した、かつての石井戸を見た。

「これは君が?」

「違います、ぼくの知り合いがやったんでしょう。人類にはまだ早すぎると思ったんでしょうね」

 アーベル氏の仕業だな、と私は思った。彼にも何か思うところがあったのだろう、彼は人類の行く末になんか興味なかったかもしれない。きっと彼はフェンネル操縦士と館長の悲劇を見て、これを封印したのだ。

 私は目の前に座る操縦士の境遇に同情した。彼が歩んできた人生を思うと、やりきれなくなる。

 かつて、あの博物館で、朧気ながら二人の境遇を察し、私はノーチラス島に翻弄された彼らが幸せになることを願った。

 あの時と同じように、涙が滲んでくる。私たちのために泣いてくれるのですか、と言った館長を思い出す。

「フェンネル君、君たちの物語は、今までは悲劇だったかもしれない、でもこれからまた新しく進んでいくよ」

「ええ、ぼくもそう思っています。今日は聞いていただいて、ありがとうございました」

 そしてフェンネル操縦士は立ち上がり、湖の方へ歩き出した。

 私はその後ろ姿を見て、不思議な気持ちになる。彼らの悲劇と、この島の恐るべき秘密に戦慄しているというのに、何だか元気をもらったような気がした。

 真っ直ぐに歩いていく彼の姿に感動したのかもしれない。

 もしかしたら彼は、最近私の様子がおかしいことを察して、此処に連れてきたのかもしれない。この話をしたら私が度肝を抜かれて正気に戻るのではないかと・・・・。

 その通りだ、私は鈍器で殴られたような衝撃を受けていた。それと同時に、ずっと靄がかかっていた視界が開けたような気がする。

 あの操縦士は紛れもなく主人公だった。自分とは関係ない他者にも手を差し伸べ、救ってみせたのだ。


 アルケロン市に戻った私は、すぐさまリール・ド・ラビームに向かった。

 夏の日差しが眩しい。あそこを出たときと同じような天候だが、世界が色彩を取り戻したような気がした。色弱の私が言うのも何だが、景色が夏の彩りに包まれて色鮮やかに輝いている。

 ただ、生暖かい風が吹いていた。この海域に特有の風だという話だが、私はそのことが少し引っかかっていた。

 あの夜、コノハ助教と決別したときも、この風が吹いていなかっただろうか?

 スイスでは夏の時期にアルプスから南風が吹き下ろしてくる。これはフェーンと呼ばれ、古くから狂気を呼ぶ風とされてきた。実際にこの風が原因の頭痛に悩まされる人は多い。この狂風が吹く中で起こる連続殺人を描いた映画をかつて見たこともある。

 もしかしたら、ノーチラス島に吹くこの風には何かあるのか?

 私がリール・ド・ラビームに着いたのは昼過ぎだった。桟橋を渡って博物館に向かっていると、長いスカート姿の人影が見えた。館長だ。いつもは昼前には本館に戻るのだが、今日は何か余分な用事があったのだろう。

 ちょうどいい。

 私はエントランスホールで館長に声をかけた。少女が振り返る。

「あ、博士」

「どうも、館長、ちょっと聞きたいことがあるのですが」

「はい、何でしょう?」

 館長は首をかしげた。さっきフェンネル操縦士に聞かされた驚くべき話が頭をよぎったが、その話を彼女にするのは今はやめておこう。正直、重すぎて、何を言えばいいのかわからない。

 私は先ほど考えついた疑問を口にした。

「今、暖かい風が吹いてますよね、毎年この時期にだけ吹くと聞きました。この風、島の人々に何か悪影響を及ぼしたりしますか?」

 予想外の問いだったようで、館長はちょっとぽかんとしていたが、何やら思いついたらしく、小さく頷いた。

「そういえば、毎年この風が吹くときに不快感を訴える人が多いと聞きました」

「不快感、具体的にはどんな?」

「何だか不安な気持ちになるそうです。ちょっとした鬱になる人もいるとか」

「館長も何かありましたか?」

「そうですね、二、三年前にちょっと気分が悪くなったことが・・・・・、あ、そういえば、あの時アーベルが、『この風は危険だ』とか言っていたような・・・・」

「危険?彼がそう言ったのですか?」

「はい、君は大丈夫かい、と聞かれたので、大したことないよと答えたのですが」

「ということは、彼にとっては危険だったわけだ、この風が」

「そうだったんでしょうか?彼はあまり気にしてないようでしたが・・・・」

「彼にはそれほど影響なくても、彼によって作られた眷属には危険なものになる可能性はありますね」

「はあ、一体何のことでしょうか?」

「館長はコノハ助教の様子がおかしいと言った、それはこの風が原因では?」

 館長は半信半疑のような表情をした。しかし私には直感があった。きっとそうなのだ。この風のせいで彼女は少しおかしくなってしまったのだ。

 それは私の切なる願望であっただろう。そうであってほしい。もしそうじゃなくて、彼女が本当に私と決別したかったのだとしたら、私はもう絶対に立ち直れない。

「博士、やっぱり何かあったんですね、コノハさんと」

 館長にそう言われ、私はたどたどしく、あの夜の話をした。

 自分がお節介を焼いたせいで彼女に警戒され、関係が悪くなったのではないかと思っていたことも伝える。

 館長は黙って聞いていた。しばらくして口を開いた。

「博士、聴講許可を彼女のためにとってあげたんですね、それで喜ばない人はいませんよ」

「そうでしょうか、ぼくが余計なことをして・・・・」

「博士のことを嫌っているなら、彼女はもっと早くに距離をおいていたはずです。このタイミングで彼女がそんな対応をするのは変です」

 見ると、館長は少し涙ぐんでいた。

「どうしましたか?」

「いえ、コノハさんが可哀想で・・・。そうですね、きっとこの風のせいです。アーベルに作られたコノハさんには、きっと影響が強く出たのでしょう」

 館長に同意されて、私は救われた気分になった。

「で、では、ぼくはどうすれば?このまま彼女に会っても大丈夫でしょうか?」

 コノハ助教には「迷惑だ」とまで言われたのだ。彼女と顔を合わせることを考えると不安しかなかった。

「大丈夫だと思います。もしかしたらまだ正気ではないかもしれません、でもそれは一時の病気みたいなものです。この風はもうすぐ止むでしょう。そしたらきっと・・・・」

 館長は黙ったが、コノハさんは元通りになります、とその目が語っていた。

 私は頷いた。

「ちょっと、彼女に会ってみます。今どこにいますか?」

「さっきは図書室にいました。行ってみましょう」

 館長は私の前を歩き出した。

 私は彼女に続いていく。エントランスホールから図書室に入った。

 誰もいない。

「さっきはここにいたんですが」

 館長が部屋を見回す。

 すると、微かに音が聞こえた。その源を辿ると、視聴覚室のドアがあった。そこから音が漏れている。

「映像資料を見ているのかもしれませんね」

 館長がそう言って、視聴覚室のドアを開けた。

 いきなり、大きめの音量で音楽と音声が響く。

 暗い部屋の中、巨大な液晶画面で映画が上映されていた。

 古いSF映画だった。

 色とりどりの電飾に彩られた近未来の都市に雨が降っている。

 やや青みを帯びた光が視聴覚室を照らしている。その光を正面に受けて、黒衣の少女が画面を見つめていた。

 どっちだ?

 私は横から少女を伺う。瞳の色は、部屋が暗くてよくわからないが、多分水色。カレハ助教だ。

「・・・・カレハ、助教?」

 私は恐る恐る、話しかけた。

「ほえええ」

 彼女は口を半開きにして、画面に見入っていた。

「カレハ助教・・・・」

 私は再度声をかけた。

「どおおおおおん〜」

 彼女は画面を見つめたまま、意味不明の音を漏らす。

「ふたつでじゅうぶんですよお〜」

「カレハ助教、大丈夫か?」

「わかってくださいよぉ〜」

 彼女はうわごとのように呟いた。その目は画面に釘付けになっている。

 私は館長の方を振り返った。

 彼女は左右に首を振る。

 これはダメだ、という意思表示だ。どうやら、カレハ助教はおかしくなっている。

 やはり、彼女らの精神に何か変なことが起きているのだ。

 館長が私の隣にやってきて、カレハ助教の肩に触れ、軽く揺すった。

「カレハさん、カレハさん、大丈夫ですか?」

「ん〜、何か変なもの〜」

「変じゃありません、大丈夫ですか?」

「ほへへへ〜」

 カレハ助教はぽかんとしたまま、館長が肩を揺するのに合わせて振り子みたいに頭を振った。

 ダメだこれは。

 私は館長を促して、部屋の外に出た。

「ダメです、あれはかなりヤバいです」

「どうしましょう?」

 館長は不安そうだ。

 でも私もどうしたらいいかわからない。あ、でも、もしかしたら。

「アーベル君なら何か対処法を知っているかも」

「そうかもしれませんが、彼は今ここにはいません」

「え、そうなんですか?間が悪いな、何処にいるか知りませんか?」

「さあ、昔からフラッといなくなるのです。しばらくしたら戻ってくるのですが」

 まるで猫みたいな人物だ。

「そうなると、困りましたね」

「博士、何かカレハさんが興味を持ちそうな事とか、ご存じないでしょうか?」

「それはどういうことですか?」

「何か強い刺激を与えたら、正気に戻るかも」

「それは確かに。彼女は見ての通り、映画やラノベといった媒体をこよなく愛している輩ですが・・・・」

 いわゆるオタクであるが、私は少しぼかして答えた。館長が頷く。

「では何かそのあたりで、インパクトのある提案をしてみたらどうでしょうか?」

「インパクト、ですか?例えばどんな?」

「映画がお好きなら、好きな俳優さんのサインをあげるとか・・・・」

 好きな俳優は知らないし、サインも持ってない。その方法はダメだと言いかけたところで、私は一つ閃いた。

「館長、良いヒントをありがとうございます。いいアイデアが一つ浮かびました」

 そして私は再度視聴覚室に入った。

「ほへええ〜」

 カレハ助教は相変わらず異音を発しながら映画を観ている。

 私は彼女に近寄り、よく聞こえるように耳元で言った。

「カレハ助教、朗報だ、君を主役にして魔法忍者少女の映画を撮ることになった」

「ほへへ・・・・はっ!」

 カレハ助教の目がくわっと見開かれた。

「なん、だと!」

 ぐるんと首を回して私を見る。

「いまなんと申した!」

「映画撮影でござる」時代劇調で言われたので、私もそれで返した。

「忍者魔法少女?」

「否、魔法忍者・・・ん?あれ、どっちだっけ?」

「紛らわしい(のう)、して、私が主役!」

「左様」

 ガタン、と椅子を倒してカレハ助教が立ち上がり、叫んだ。

「天魔覆滅!」

 彼女はさらに「うおおお〜」と喚きながら両手をバタバタさせて館長の横を通り過ぎ、部屋を走り出していく。

「おい、カレハ助教!」

「カレハさん!」

 私と館長も部屋を飛び出す。エントランスホールに出たが、すでにカレハ助教の姿はない。博物館の入口のドアを開けると、本島に繋がる白い橋を激走していく彼女の姿が見えた。黒いアルザス衣装がみるみる小さくなって、本島の森に消える。

 私と館長は呆然としてウッドデッキに立っていた。

「行ってしまいましたね」

 館長がぼそっと言った。

「でも博士、お気づきですか?」

「は?何に?」

「さっきの彼女の目、赤に変わってました。あれはコノハさんです」


 それきり、彼女の消息は杳として知れないままだった。

 私は心当たりを全て当たってみたが、彼女の姿は何処にもなかった。私は次に怪物調査で知り合った人々に島の何処かで彼女を見なかったか尋ね、さらに保安局に赴いて各地の監視カメラに彼女の姿が映っていないかを調べてもらった。

 だが、その日は、そして次の日になっても、何の情報も得られなかった。


 コノハ助教が失踪してから2日目の早朝、保安局から電話がかかってきた。

 大学の宿舎で眠っていた私は飛び起きて電話を取った。電話の向こうの相手は少し焦った口調で、とにかくすぐに来てくれと言う。

 私が保安局に行くと、観測室の室長室に通された。

「博士、ちょっとお話があるのですが」

 室長はケイン・アッカードと名乗った。その名前は知っている。先の事変で怪物の対応を行った人物の一人だ。噂通り、なかなか頼りになりそうな人物だった。

「お目にかかれて光栄です。何かあったんですか?」

「ちょっとした騒ぎがありまして」

 彼は語り出した。

「島の各所に設置してある定点モニターを観測していた局員がね、見たんですよ」

「何を?」

「ちょっと不可解なものを・・・・」

「不可解、とは?」

「とにかく、これです」

 室長は部屋の壁に掛かっているモニターのスイッチを入れた。

 画面に監視カメラの映像らしい白黒画像が映る。

 画面は暗く、ほとんど何も見えない。真っ暗な画面に時刻だけが表示されている。時刻は深夜の1時だった。

「ここは?」

「灯台です、無人のね」

「灯台?どこの灯台ですか?」

「島の先端です、通称、『爬虫類の顎』と言われているところです」

 ノーチラス島を船に例えるなら舳先の部分に爬虫類の顎のようにみえる二つの岬がある。そこは上顎に当たる部分の突端にある灯台だという。

「何も見えませんが?」

「灯台の照明装置がある部屋です。明かりはありませんが、レンズが回っているので、一周するごとに内部の様子が一瞬だけ映ります」

 室長がそう言うので、私が画面を見ていると、灯台の明かりが一周してきたのか、ぱっと視野が明るくなった。

「うわ!」

 私は思わず声を出していた。

 暗いガラスが嵌まった殺風景な部屋に、黒い服を着た女性が立っている。レンズが移動して画面は暗闇になり、次に明るくなったときには、そこには誰もいなかった。

「この映像を見て、職員が『幽霊が出た』と騒ぎ出しまして」

「・・・・・灯台の関係者では?」

「さっきも言ったとおり、ここは無人です。しかもここは島でも最も辺境の場所で、簡単に行ける場所じゃありません。そんなところに、しかも真夜中に、若い女性がいるはずがないんです」

 爬虫類岬のほとんどは未調査の森林に覆われている。当然、鉄道はない。かろうじて車が通れるくらいの粗末な道があるが、それも途中までしか伸びていない。

 そんな場所にある無人の灯台のカメラにこんなものが映っていたら、そりゃ幽霊騒ぎにもなる。

「しかもこの灯台は入口に鍵がかかっていて、普段誰も入れません。さらにここは灯台の天辺です」

「外から侵入することは難しいですね」

「そうなのです、だから不可解で・・・・。でも、この女性の背格好が、博士から連絡のあった方に似ている気がしたので、ご連絡した次第です」

 コノハ助教だ、と私は確信した。彼女なら灯台の壁を登るなり何なりして容易に侵入できるだろう。

 よかった、見つかった、私は安堵した。

 でもどうして、彼女はこんな場所にいるのだろうか?

 よくわからないが、とにかく、この画像が撮影されたのは画面の表示からわかるとおり今日の1時だ。まだ六時間くらいしか経っていない。

 今ならまだいるかもしれない。私は早速、そこに赴くことにした。

 室長には、おそらく探していた人物に間違いないと言い、彼女はクライミングが趣味なので、自分で上まで登ったのだろうと言って誤魔化した。実際彼女はよく壁に張り付いて移動したり、時計塔に登ったりしていた。嘘は言ってない。

 一人で行くのはかなりの冒険だったが、私は大学から電気自動車を借りて、爬虫類岬に向かった。


 話に聞いていたとおり、道はかなり悪かった。

 だがしばらくは草原地帯が続いたので、特に大きな障害もなく、私は車を進めた。

 草原地帯を抜けると、マクロケリス砂丘が見えた。この島唯一の砂丘地帯である。砂の丘がなだらかに広がっていて、風が吹くと砂丘の砂がダイヤモンドダストのように舞う。美しい場所だが、ここでは先の事変で怪物に調査隊が襲われ、全滅するという事件が起きている。私は戦々恐々としながら、砂丘地帯の縁を回り込むように作られた道を進んだ。

 砂丘を抜けてしばらく行くと、岬の麓に着いた。

 目の前には鬱蒼とした森がある。未調査の森林地帯だ。その中にかろうじて車が一台通れるくらいの道が延びていた。

 密林の中はぬかるんでいる。私は慎重に車を進めた。

 森林地帯は思ったより深く、その先端の灯台に行くのは一苦労だった。

 車が通れる道はすぐになくなった。私は徒歩で4時間以上かけ、ようやく岬の先端まで辿り着いた。

 森を抜けると少し開けた場所があり、その先に灯台が見えた。周囲は水平線が見渡せる。海と空の他には何も見えない。

 そこはまさに島の最先端であった。

 岬の幅は狭く、周囲は崖になっていて、かなり下で波が岩に打ち付けている。今私は爬虫類の上顎の先に立っているのだ。横を見ると彼方に下顎にあたる岬が見えた。

 コンクリート造りの灯台は岬の突端にあった。

 崖の上につくられた灯台は、かなり年季が入っている。雨風に晒されたせいか、白く塗られた壁が薄汚れていた。

 私は灯台の前まで来た。眼前に白い塔がぬっと突き立っている。

 誰もいない場所にある人工物は、それだけで何故か恐ろしい。

 確か、コートニーが話してくれた怪談の中にも、ここに纏わるものがあったはずだ。

 こんな場所で真夜中に女性の姿が映ったら、誰だって幽霊だと思うだろう。

 灯台は静まりかえっていた。

 本当にこんなところに彼女がいるのだろうか?

 風が周囲の木々を揺らす。

 もしここに誰もいなかったら、私は一人きりでこんな場所にいることになる。それはそれでとても怖い。

 私は保安局から借りた鍵を使って、灯台のドアを開けた。

 鉄のドアが軋みながら開く。

 灯台に入ると、すぐ前にも鉄のドアがあり、横には階段があった。階段は壁に沿うように螺旋を描きながらが上へと伸びている。

 正面のドアは倉庫か何かだろう。上に行くには横の階段を上ればいいようだ。

 私は恐る恐る、階段を上った。

 この灯台の高さは15メートルくらい。だいたい三階建てのビルくらいの高さがある。

 私は階段を上りきった。照明装置が設置してある部屋にでる。

 部屋の真ん中にフレネルレンズを備えた巨大な照明装置があった。まるで一つ目の怪物のようだ。夜になると自動的に点灯し回転するそうで、今の時間はまだ動いていない。

 ここが、監視カメラに写った場所だ。でもこの部屋には誰もいなかった。

 部屋の周囲はガラス張りになっていた。一箇所開いていたので、私は外に出た。一段下に灯台をぐるっと囲む回廊があり、そこには階段で降りられるようになっている。私は階段を降りて回廊に出た。

 晴天の中、蒼い水平線が広がっていた。高いところにいるせいか、真っ直ぐではなく緩い曲線を描いている。インフェリアが地球と同じ球体であることがわかって、何だか新鮮な気がした。

 私は回廊を巡った。

 半分くらいまわったところで、回廊の手摺りに体を預けて海を見ている少女を見つけた。

 灰色の髪が海からの風にそよいでいる。

 私は静かに近寄った。

 少女は黒いアルザス衣装を着ていたが、あちこちが破れ、ほつれていた。あの密林の中を何も考えずに走り抜けたのかもしれない。

 ただ、胸に挿したリンドウだけは無傷だった。一片の傷もないそれが妙に浮いて見える。

 横顔から、瞳の色がわかった。

 きれいな赤い色。コノハ助教だ。

 彼女は黙って海を見ていた。

 私に気づいているのか、わからない。

「コノハ助教」

 私は恐る恐る、声をかけた。

 彼女がこちらを向いた。

 疲れたような目をしていた。

「やあ」

 彼女が小さな声で言った。

 それきり彼女は黙っている。彼女の背後に蒼い水平線があった。海風が黒い衣装を靡かせ、灰色の髪が彼女の顔に覆い被さった。

「・・・・元気か?」

 私は声をかける。他にもっと気の利いたことが言えそうな気がするが、私にはこれが限界だった。

「元気、じゃないな。あの忌々しい狂風のせいで、散々だよ」

 コノハ助教は疲れ切ったような顔をしていた。いつも落ち着いて、余裕たっぷりだった彼女の面影はない。まるですぐに壊れてしまいそうな儚さがそこにあった。

「あの風、君たちにはかなりの脅威だったんだな」

「そうみたいだね、何だかとても不安になって、心身共に制御不能になった。まいったよ」

 彼女はそこで一度呼吸を整えて、続ける。

「・・・・だが、きみがあいつに変なことを吹き込んでくれたお陰で、一瞬だが正気に戻ることができた。その隙に、この狂風海域を真っ先に抜けられるように、こうして島の先っちょまで来たわけさ」

 そう語るコノハ助教の声は、あの夜よりもずっと落ち着いていた。

 そういえば、ここではあの強風が吹いていない。どうやら彼女の言う「狂風海域」を島は抜け出したようだ。

 コノハ助教は、小さくため息をついた。

「せっかく君が気を利かせてくれたのに、全てをダメにしてしまった」

 彼女は目を伏せる。取り返しのつかないことをしてしまったという後悔の念がそこから覗えた。

「いいよ、気にしてない。きっとあの時の言葉も本心じゃなかったんだろう」

 私はそうは言ってみたが、やはり彼女の本心が混ざっていたと思う。全く心にも無いことは言わないだろう。心の中にあったことが増幅して出てきたのだ。

「ぼくの方も余計なことをした。ごめん。君がぼくのことを迷惑だと思っていたのはわかった。これからは気をつけるよ」

「え」

 コノハ助教が驚いたようにこちらを見た。

「ちょっと待て、君、私はそんなことは言ってない」

「いや、言ったよ、はっきり。『迷惑なんだよ』と」

「いや、言ってないよ」

「いや、言った」

「言ってない」

「言った」

 それから二人の間でしばらく、言った言わないの醜い争いがあった。

 ひとしきり言い合った後、コノハ助教が手を挙げて私を制した。

「待ってくれ、あの時の会話を再現してみようじゃないか」

 そこで私は記憶を辿る。幸か不幸か、あの夜のことは何度も繰り返し脳内再生されていたので、一言一句正しく言うことができた。

「わかった。いいか、あの夜は、ノックの音が3回して、ぼくが『どうぞ』というと、君が部屋に入ってきた。ぼくは『やあ、どうした』と言った」

「そこから憶えているのか、本気で気持ち悪いぞ、君」

「いいから。そしたら、『いろいろ考えたんだが』と君は言った」

「うん、言った」

「『やっぱり、これは受け取れない』と言った」

「言ったね」

「ぼくは、『ど、どうして』と言った」

「確かにそうだが、細かすぎるぞ。台詞の一つ一つを再現する必要があるか?主要なものだけでいいだろう?」

「そうか、じゃあ、君は、そこまでしてもらう義理は無いと言い、ちょっとやりすぎじゃないかと言って、それから『重いんだよ』という一撃を放った」

「まるで私が物理攻撃してるみたいだな」

「それよりもっとタチが悪かった。それから、君は学生証をぼくに突き返して、『君に下心はないと思うが、距離感が大事だ』と言った」

「ええ?そんなこと言ったかな?」

「言ったよ、それから、『親密にしすぎた、これから気をつける』と言って、最後に、『気持ち悪いんじゃない、迷惑なんだ』と言った」

「待て、そこは違う、絶対に言ってない」

 コノハ助教は真剣な目をしていた。私は少し気圧される。

「でも君、狂風のせいで正気じゃなかったんだろう、心の奥にあった思いが無意識に出てきたんじゃ」

「いいや、あの時言った言葉は覚えてる。私は、『ちょっとやりすぎじゃないか』と言った後、こう続けたんだ。『なんでそこまでするんだ、私は君たちを護るために召喚された式神に過ぎない、放っておけばいいだろう』と」

「え?それはぼくが聞いた台詞と違うぞ」

「それからこう言った、『それとも、これを渡しておくと私が君の都合いいように動くと思ったのか』」

「ああそれは言ってたね、君」

「これはとても意地悪な言い方だった、すまない。・・・・それからこう続けた、『もうほっといてくれ、君と私とでは住む世界が違う』」

「それから?」

「それで終わりだ、私は部屋を出ていった」

「『じゃあ』と言って?」

「『じゃあ』と言ってね」

 私は困惑した。コノハ助教もあの夜のことをよく憶えているようだ。それなのに、私の記憶と彼女の記憶は大きく異なっている。

「もしかして、君」

 コノハ助教が疑わしそうな目でこちらを見た。

「君も、狂風に当てられたんじゃないのかい?」

「え?」

「人間も、あの風のせいで鬱になったりするんだろ?君は最近脳に変な情報を入れられて、勝手に『木通このは』なる人物を作り上げ、あまつさえ白昼夢みたいに彼女と生活していた。そんな君だったら、あの風のせいでありもしない記憶のひとつやふたつ、創作しそうだ」

「え?そんな、はずは」

 しかし、そう言われると私には全く自信がなかった。

 自分ならやりかねない、と思う。

「木通このは」の件以外にも、館長から変な幻覚を見せられたり、変な怪物がウヨウヨいる異界に行ったりしたのだ。脳がまともに働いている方が不思議なくらいである。そんな状況で、人を狂わせる風が吹いてきたとしたら。

 あの夜、コノハ助教のきつい言葉で、脳が暴走し、より救いのない会話内容に改変した可能性は、確かにある。

 私が黙っていると、コノハ助教が慰めるように言った。

「だから、あれは君の悪い夢だったんだよ。私にとってもね。私にとって君は、迷惑なんかじゃない、気持ち悪いだけさ」

 いや、それはそれでかなりショックなんだが。

 私は俯いた。

 でも、と考える。

 コノハ助教だって狂風に当てられていたのだ。彼女の記憶だって正しいという保証はない。もしかしたら私が聞いたようなことを彼女は言ったかもしれない。

 でもそれは、もはや確かめようのないことだ。

 あの日、彼女が何を言ったにせよ、真実は闇に消えた。

 ならば、せっかくだし、彼女の言うことを信じておけばいいだろう。

 時間をあの夜まで巻き戻して、あの言葉をなかったことにしよう。

「わかった、君が正しいんだろう」

「わかれば、よろしい」

 コノハ助教は少し気まずそうに微笑んだ。

 私は少し気恥ずかしくなって、海の方を見た。

 いつしか日が傾き、夕焼け空になっている。

「さて、では、帰ろうか」

 そう言うと、コノハ助教は眉を寄せた。

「いや、あっちにはまだ狂風の名残が停滞しているかもしれない。それに、この時刻だぞ、すぐ暗くなる。あの森を夜に抜けるのはちょっと、どうかね」

 その時、上の方で機械音がして、次の瞬間、まばゆい光が頭上を横切った。

 灯台の灯りが点ったのだ。

 これからすぐに暗くなるだろう。

 さて、ではどうしたものか。

「この灯台、無人だが宿泊設備があるぞ」

 灯台の明かりがかすめて逆光になったコノハ助教が言う。

「緊急時の避難所にもなってるんじゃないかな」

 私は手元の鍵束を見た。入口の鍵の他に、もう一つ鍵がついている。

 おそらく、灯台の一階にあった部屋の鍵だ。あそこは緊急避難施設なのだ。

「そうみたいだ」

「では君はここで休みたまえ。あの地底世界の時みたいに、私たちが見張りをするよ、全く、半球睡眠もできないとは、先が思いやられるね」

 コノハ助教が軽口を叩く。

 そうだな、緊急時の施設なら簡単な非常食くらいあるだろう。

「コノハ助教、君はしばらく食事をしてないだろう、何とかしたいんだが、ファイヤースターターはまだ持ってるかな?」

「あるよ」彼女は破れたスカートを指さした。カレハ助教はまだあれを隠し持っているようだ。

「じゃあ、何とかなりそうだ」

 私は夕暮れが迫る水平線を見る。

 もう少ししたら夜になって、そしたらきっと星がきれいに見えるだろう。灯台で星を見るのもいいかもしれない。かつて、幻影の「木通このは」と天文台で星を見たことを思いだした。あの時、実際は私一人きりだったのだが、今回は一人ではないようだ。

 だだし、相手は人間ではないのだが。 


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