お父ちゃんはゆるしません!!
「我はここに宣言す! 我が娘イータと人族の王子サルトルとの婚約を破棄すると!!」
場所は魔族の国。
頭に角、背中に翼、腰には尻尾を持つ種族である『魔族』は、かつて人族とは互いの存亡をかけた戦争をやらかしていた。
きっかけは、古い文献にわずかに残る眉唾もの。
ほんのささいなことで、戦争が始まってしまったのだという。
しかし、それも遥か昔のこと。
今では、隣国の友人として長く交流をしてきた歴史がある。
違う姿、違う文化を持つ、違う種族で、違う国に暮らすものとして。
この場は、そんな人族と魔族との異文化交流の一環として催されたパーティーでの一幕。
魔族の王ベータは、人族の国の王から打診された『婚約』を、文化の違いから誤解していた。
魔族の文化において、『婚約』などもいうものは存在しない。
伴侶は、欲しいと思ったときに手に入れるものだ。
力ずくで。
相手にすでに伴侶がいる場合は別だが。
また、婚約の内容を、「お互いを知り仲良くなるための準備期間」だと教えられた魔族の王ベータは、「伴侶になるための準備期間」だとは思わなかった。
『お友だちとして仲良くなるための交流の時間』
……ではなく、愛娘が騙されて絆されて連れ去られていくまでの準備期間だということを知り、怒り狂い、しかし冷静に、この婚約なる風習を破棄するにはどうすればよいかを、あまりよくない頭をひねり、うんうんうなってがんばって結論を出した。
その結論は、決して、オツムのよろしくない魔族の王のために用意されたスケジュール表に、交流パーティーがあったのを見つけてその存在を思い出したから、とかではない。
して、その結論は、人族と魔族との異文化交流パーティーの場で、人族魔族双方に対して王自らが大々的に宣言すること。
それが、最善手だと思っていた。少なくとも、魔族の王たるベータは。
「…………父、それはつまり、今すぐ私とサルトルに結婚しなさいと、そういうこと?」
母に似た長い黒髪と美しさ、父に似た立派な角を持つ、愛娘がジト目で問いただしてくる。
ああ、かわいいイータ。
今宵も、その三日月のような形の見事な角は実に美しい。
磨かれたようにツヤツヤで、魔族なら誰でもうっとりしちゃうほどだ。
お父ちゃん嬉しい。お前はお父ちゃんの誇りだぞ。
普通の精神状態のものが見たなら逃げ出してしまいそうなヤバい表情で娘を見ている父に、愛娘が辛辣な言葉をかける。
「父、気持ち悪い顔で気持ち悪いことを考えている父、これ以上娘に嫌われたくなければ速やかにこたえよ。……その答え次第では、私は父を捨ててこの国を出る」
「ああ、イータちゃんっ! お父ちゃんを嫌いにならないでおくれっ!」
「それも父の返答次第。さあ、どういう理由で私とサルトルとの婚約を破棄するなどと世迷い言を?」
愛娘の冷めた目線と心の臓を凍えさせる恐ろしい口調にゾクゾクとしながら、父たる王は答えた。
「それはもちろん、イータちゃんが人族の国に行くなどということは、ワシが納得できんからだよ! イータちゃんはずっとお父ちゃんのそばにいなさいっ!」
その場にいた全員が、なに言ってんだコイツ? みたいな顔になる。
特に、娘のイータは、頭痛をこらえるように額に手を添えた。
「……父、娘への愛情が強すぎる頭の悪い父、ならば、サルトルがこの国に婿に来るように調整しよう」
「イータちゃんは、よその国に行かない?」
「その通りだ、父。……その代わり、いずれ産まれてくる我が子が、人族の国に行くことに……」
「孫を里子に出すなんてっ! お父ちゃん許さないっ!」
「里子ではなく、世継ぎになります。お父上」
「お前のような泥棒猫に、父上などと呼ばれたくはないわぁっ!!」
「……サルトル、父はいつもこの調子。オツムが弱い。でも、実力は魔族の国で最強。……その父に、認められる覚悟はある?」
「もちろんだよ、愛しいイータ。きみと添い遂げるためならば、義理の父であっても、最強の実力者であっても、僕たちの愛の前には無力であると分からせてあげる」
愛娘に寄り添う金髪碧眼の美男子が闘志を燃やし魔族の王を見据えたことで、場は一触即発の空気をはらむ。
「生意気な小僧め。では、魔族の伝統、ルール内での決闘だ! 双方、勝ったものの言うことを聞く。ルールを決めよ!」
「…………では、ルールを決める。父、武器なし、防具なし、魔法なし、殺しなし、この式場を壊すのもなし。
サルトル、武器なし、防具なし、殺しなし、助っ人あり」
「えっ? ちょっとまってイータちゃん? それワシが不利すぎない?」
「助っ人はもちろん私。サルトルとの絆を父に見せてあげる」
「えっ? ちょっ? ええっ?」
「では、審判を指名。魔族側より、ゲルド公爵。人族側より、サルトルの妹サリエル」
「魔族の国で宰相を務めさせていただいております。よろしくどうぞ」
「兄サルトルとイータお姉さまとのいちゃラブっぷりであれば、何時間でも語れますわ~」
「では、双方構え」
「はじめ~」
「いくぞ、愛しきサルトル」
「ああ、いこう。愛しのイータ」
「あの、ちょ、だ、誰か、ワシの話を……」
「魔刃」
「烈光」
「「波あああぁぁぁっ!!」」
「ぬおおぉぉぉぉわぁぁぁっ!?」
「これは、見事な合体攻撃ですな。二人の心が一つになり、その上で、二人の魔力を重ねることで発動できる合体攻撃は、二人の攻撃を足しただけではなく、何倍にも増した威力になります。さすがの陛下も、魔法禁止ではなす術もなかったようですな」
「……宰相さま? 式場の一部が壊れてしまいましたの。これは、お姉さまたちの反則敗けでしょうか?」
「いいえ、違いますぞ、サリエル嬢。式場が壊れた段階で、陛下の敗けです」
「それでは、兄サルトルとイータお姉さまは、勝利ということですのね? 愛し合う二人は、結ばれるのですね?」
「そのとおり。お二人の勝利でございますぞ。そもそも、陛下がルールに異議を唱えなかったことで、勝敗は決したといってよろしいかと。そして、結ばれるかは今後次第ですな」
「ベータ王、我ら二人の絆の勝利だ」
「ぐぬぬ…………。そういうルールであったからには、勝利を認めぬわけにはいくまい……」
愛娘の腰を抱く美男子に、ぐぬぬと歯噛みをするが、魔族の伝統を持ち出したのはベータ王の方なので、なにも言えなくなっている。
「勝者の権限として、サルトルがここに宣言す。ベータ王、娘さんを僕にくださいっ!!」
「愚か者がぁっ!! 娘はモノではないわぁっ!! くれるとかそういう話ではないっ!!」
定番のセリフとか、ベータ王には分からないので、愛娘をモノ扱いとかされた気がして激昂する。
……でも、そういうことじゃないんだよってツッコミは誰もしない。
アホだけど、最強だから王なのだということは、ほとんどの人が分かっているから。
ブチキレたお父ちゃんにぶっ○されたくはないからね。
「では、結婚の許可を。娘さんと僕とは、愛し合っています。その証拠は、先ほどの合体攻撃で分かるかと」
「ぐぬぅ……」
先ほどの見事な合体攻撃を思い出して、うなるお父ちゃん。
自分でも、奥さんといつでも合体攻撃できるとは限らない。
アホで激情家の自分と、クールで表情が薄い奥さんとでは、色々違うし。
なにより、違う属性を重ねたのは、本当に見事だった。
お父ちゃんには傷一つつかなかったが。
……でも、ちゃんとした武器があれば、お父ちゃんヤバかったかも。
愛娘と美男子は、光と闇の属性を重ねていた。
違う属性を重ねるのは、本当に難しいこと。
それはつまり、日々練習をしていたということであり、日々仲良くしていたということでもある。
お父ちゃんもまた、惚の字だった幼馴染みの奥さんと結婚したかったから、先代の魔王をぶっ倒して奥さんを嫁に迎えたのだ。
その事を思い出して、先ほどの見事な合体攻撃を思い出して、はぁ、とため息を吐く。
「分かった。決闘の結果だ。お父ちゃんは結婚を許す。あとで、お母ちゃんにも挨拶してくるんだぞイータちゃん」
しょんぼりしたお父ちゃんは、あきらめて愛娘を嫁に出すことを了承する。
そして、今はちょっと静かなところにいたいという奥さんにも顔見せすることを促して、愛娘の頭をそっと撫でる。
……小さい頃は、くしゃくしゃに撫で回しても喜んでいたのになぁ。髪が乱れるから優しく撫でて欲しいと言われたら、仕方ないよなあ……。
「小僧、イータちゃんを悲しませたら、国ごと滅ぼすぞ……? その胸に、しかと刻め……っ! 必ずや、イータちゃんを幸せにすると!!」
でも、愛娘を奪っていく青年に対しては、どうしても当たりが強くなってしまう。
「この胸に、しかと刻みます。必ずや、愛しのイータを幸せにすると。魔族の王であるベータお義父様の名に懸けて」
でもでも、そんなお父ちゃんの気持ちを、まっすぐ受け止める青年を見て、なんだか男として負けた気分になっちゃうお父ちゃんちょっと涙目。
「サルトル、これからがちょっと大変。母は聡明で厳格。大雑把で適当な父とは大違い。ここで暮らすか向こうで暮らすか、向こうの義父とも相談してあれこれ決めないと」
「ああ、イータ。まずはお義母様に挨拶して、双方の国を行き来しながら調整しよう。……でも、お義父様に認められて、本当に良かったよ」
「うるせーっ! イチャイチャしてねーでさっさとどっかいけやーーーっ!!」
嫁に出す愛娘と奪っていく青年が、寄り添って抱き合ってイチャイチャしてるのを見て、お父ちゃんはとうとうキレてしまいましたとさ。
そんな魔族の王たるお父ちゃんが暴れたら、誰も手がつけられないので、会場に来ていた魔族の国の関係者が総出でお父ちゃんを止めに入って、しまいには、妊娠しているため静かなところで静養したいと実家に帰っていた母も駆けつけ、全力ビンタしてようやくお父ちゃんはおとなしくなりましたとさ。
おしまい。