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8/22

意識しまくりな美少女

 櫻井さんの発熱騒動から一日。新たな学校に転校し一週間。最初の休みを終えて、月曜日。ようやく、体が環境に馴染み始めた気がしていた。

 いつも通りの時間に目を覚まして、僕は寝間着から制服に着替えた。


 着替えながら、先週に比べてリビングの方が静かなことに気が付いた。先週……具体的には櫻井さんが我が家でご飯を食べるようになってから、母が辛気臭いと文句を言っていたリビングに花が咲いたように彩り豊かになった。目が覚めると、いつも母と櫻井さんの談笑する声が聞こえていたのだ。

 それが、僕が起きる時間にないことの意味。


 櫻井さんは多分、まだ体力が全快ではないのだろう。


 変な気を回さなくていい分、気楽でもあるが……単純に櫻井さんの体調が心配だった。……あくまで、隣人として。


「おはよう」


「おはよう。朝ごはん出来てるわよ」


 リビングに出向いて、櫻井さんの姿を探すが、やはり彼女はそこにいなかった。


「櫻井さん、やっぱり風邪、治ってないのかな」


「あら、気になるの?」


 ニンマリと笑う母が、憎たらしかった。


「気になるよ。心配だから」


 ただあくまで、隣人として、だ。唇を尖らせて言うと、母は苦笑していた。


「今のところ、朝食は大丈夫、とかの連絡はないわね。まあ、起きれないくらいぐったりしているのかもしれないけど」


 母は、自分のスマホを開きながら言った。


「まあ、後で様子を見に行ってくる。あんたは気にせず、学業に集中すること」


「うん」


 恐らく、今日櫻井さんが学校を休むことは確定だろう。一週間の付き合いだが、彼女の勤勉さ、自立性はよくわかっていた。いつもと同じ時間にここにいない時点で、それはもう答え合わせみたいなものだった。

 そして母も、恐らくそう思ったから、後で様子を見てくると言ったのだろう。


 しかし、僕達親子の勘は外れる。


 ピンポーン、と我が家のチャイムが鳴ったのは、僕が朝食のパンを半分くらい食べ終わった時だった。


「誰だろ」


「宅急便とかじゃないの?」


「何か買った記憶ないけど……」


 戸惑いながら、母は玄関へと向かった。

 パタパタとスリッパの足音がした後、


「おはようございます」


 聞き覚えのある荒れた声が、玄関から漏れ聞こえた。


「あら、茜ちゃん」


 どうやら、櫻井さんが朝食を食べにやってきたらしい。いつもなら、とっくに食べ終わって出掛けている時間のはずなのに。


「体は大丈夫……と、聞く前に、ご飯準備してあるから、上がりなさい」


「は、はい」


 スリッパの足音が二つに増えて、まもなくリビングの扉が開いた。

 昨日の一件を経て、僕は少し戸惑っていた。声をかけるべきなのか、否なのか。


「おはよう、櫻井さん」


 少し逡巡して、僕は櫻井さんに挨拶をした。冷静になると、挨拶程度で関係が深まらないことを思い出したのだ。

 櫻井さんは、僕の顔を見て、びくっと体を揺すっていた。


「……お」


 櫻井さんの声は、重そうだった。


「おひゃよう……」


 カーっと顔を赤くして、パタパタ、と足早に櫻井さんはいつも彼女が朝食を食べる席に腰を下ろした。

 向かいの櫻井さんの様子とニュースを、僕は交互に見ていた。

 おかしい。いつもなら、櫻井さんの方から話題を提供してくれるのに。いつも碌な返事をしないから、ついに呆れられたのだろうか。

 それならそれで構わない。ただ、今は気になっていることがあった。


「……具合、どう?」


 尋ねると、飼育小屋でニンジンを齧っているうさぎのように、縮こまって俯いてパンを齧っていた櫻井さんが、再び体をびくっと揺らした。何故だか今日の彼女は、僕に顔を見せてくれない。


「アハハ。大丈夫」


 数秒の間の後、櫻井さんは小さな声で答えた。

 席に付いてから、櫻井さんはずっと前髪を気にしているようだった。ただ、大丈夫。そう答えてくれただけで、胸のつっかえが取れた気がした。


「そう。でも、無理は駄目だよ?」


「……うん」


「そう言えば、いつもならとっくにご飯を食べ終わった頃に今日は来たね。何かトラブルとかあった?」


「……別に。ちょっと、前髪が中々決まらなかっただけ」


 別に、の後は、声が小さくて聞き取れなかった。

 ちょいちょい、と櫻井さんは前髪をいじっていた。


 いつもと違う彼女の様子に、どうも僕の気持ちは落ち着かなかった。


「櫻井さん、やっぱり今日は学校休んだ方がいいんじゃない?」


 だから、お節介にもそんな提案を持ちかけていた。


「え?」


「だって、なんだか調子悪そうだし……」


「そそそんなことは」


「……熱、本当は下がってなかったりしない?」


 体温について尋ねると、櫻井さんは口をつぐんだ。

 テレビから流れる音と、母が洗い物をする音だけが、リビングにしばらく響いた。


「……じゃ、じゃあさ、宝田君?」


「ん?」


「熱あるか、確かめてみる?」


「え?」


 まもなく、櫻井さんはカーッと顔を赤くして、


「なんでもない。ごごご馳走様ですっ」


 リビングを飛び出した。


「あ、櫻井さんっ!」


 僕の制止も聞かず、櫻井さんは我が家を飛び出していった。


「……鞄、忘れてる」


 やはり櫻井さん、体調が万全ではないのではないだろうか。

 母に尋ねようと思ったら、母は何故かニヤニヤと笑っていた。

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