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倒れる美少女

 それから数日、僕は転校先の学校へと通った。

 相変わらず、朝は櫻井さんとは別々に学校に向かっている。帰りも、同様だ。あの日以降はすぐに帰宅できるようになった僕とは違い、櫻井さんはいつも遅くまで教室に残り作業に勤しんでいるようだった。

 僕が帰宅してから大体数時間後くらいに、櫻井さんはいつも我が家に姿を見せるのだ。


 夕食を食べて、そしていつしか日課になりつつある写真鑑賞会を僕達は行っていた。明日には、櫻井さんの申し出であるお出掛けが控えていた。


「へぇ、じゃあ武田神社は元々城下町だったんだ」


「うん。だから、神社の周りに堀がある」

 

 武田神社の写真を見ながら、僕達は話こんでいた。数日ながら、こうして一緒に写真鑑賞会をなし崩し的に行うと、以前に比べて僕の中での櫻井さんに対する警戒心が薄れているのがわかった。そもそも、櫻井さんも僕を食ってしまう気があるわけでもないのだから、警戒すること自体おかしな話なのだが。

 でも、最後の最後の一番大きな壁を、取っ払ったわけではなかった。


 やはり僕は、友達を作ることに躊躇いを感じていた。


 しかし、子供のように無邪気に微笑む櫻井さんを見ていると……時々、その壁さえ開け放ってしまいそうになる。

 だけど、寸でのところで僕はまだ、それを堪えていた。


「あなた達、いつまで話し込んでいるの」


 母が僕の部屋にやって来たのは、櫻井さんと随分長い時間二人きりで部屋で写真を見た後のことだった。

 時刻を見れば、既に十二時を優に回った時間になっていた。


「うわわっ、もうこんな時間」


 櫻井さんは驚いた顔と慌てた顔を両立させていた。

 僕はと言えば、少しだけ既に睡魔に犯されていたので気付いていたからリアクションは薄かった。


「ごめんね、宝田君。遅い時間まで」


「大丈夫」


 と言いつつ、大あくびをかましてしまった。


「ごめんなさい。すぐ帰って寝ます」


 慌てながら、櫻井さんは帰宅の準備を進めていた。


「あら、茜ちゃん。なんだか顔、赤くない?」


「え? そんなことないと思うけどなあ」


「……そう?」


 遠巻きに、母と櫻井さんのそんな会話が聞こえていた。

 それから櫻井さんは部屋に戻っていき、僕も眠りについた。


 そして、翌日のことだった。


 いつもより早めの目覚ましで目を覚まして、リビングへと向かった。今日は、櫻井さんとのお出掛けの日だ。


「おはよう」


「おはよう」


 リビングに向かうと、母が既に朝ごはんの準備を始めてくれていた。

 そこで、僕は僅かな違和感を感じていた。


「はい、どうぞ」


「ありがとう」


「今日、茜ちゃんとお出掛けするんだって?」


「……まあ」


 母から差し出されたパンを齧りながら、テレビを点けてニュースをぼんやり見ていた。今日櫻井さんと行く場所は、成田。成田山新勝寺に向かい、観光をする予定となっていた。

 我が家からは数線乗り継いで、最終的に京成線を使っておおよそ二時間くらいか。まあ、小旅行くらいの気分だった。


 ……それにしても。


 違和感が、相変わらず拭えなかった。

 何かを忘れているような。何かを……。


「それにしても、茜ちゃん、遅いわね」


「あ」


 母の言葉に、違和感の正体がピンと来た。

 いつもなら僕が起きる時間には朝食をとり始めている櫻井さんが、今日はどういうわけかまだ姿を見せていないのだ。


「……めかしこんでいるのかしら?」


 母が言った。


「どうして? ただ、お出掛けするだけなのに」


「女の子は色々あるのよ」


「……へえ」


 曖昧な返事をして、僕は朝食を再び齧った。そうして、朝食を食べ終えて、着替えも手早く済ませて、その他の準備も済ませて。後は、現地に向かうだけ、という状態だった。


 しかし、未だ櫻井さんが姿を見せる気配はなかった。


「……さすがに遅すぎるわね」


 母が洗い物をしながら言った。


「そうだね」


 僕も、少しだけ心配になっていた。

 シンクから一旦離れ、水で濡れた手を拭いた母。


「悟、ちょっと部屋に行って様子見て来て」


 母は、僕にそう指示を出した。


「でも、鍵掛かってるでしょ」


 いつかのゴキブリ退治の時は開いていたが、寝ているとなれば普通は鍵を掛けるだろう。


「はい」


 こちらに歩み寄って来た母は、僕に鍵を手渡した。


「……どこの鍵?」


「茜ちゃんの部屋の鍵」


「えっ」


「茜ちゃんにもしものことがあったら困るから、借りといたの。勿論、やましいことに使ってない」


 本人も了承して渡したとなれば、問題ないのであろうか。


「とにかく、行って来て。あたしも洗い物終わったら行くから」


「……うん」


 いつもなら断ってもおかしくない場面だった。厄介ごとに巻き込まれるのが、面倒だから。

 だけど、今回は引き受けた。理由は、ただの気まぐれか。それとも……。自分の感情なのに、僕は理由を見定められなかった。


 ただ、今はそんなことを考えている場合ではない気がした。

 妙な胸騒ぎを感じていた。


 僕は、部屋を出て、角部屋の隣の部屋に。

 まずはチャイムを鳴らした。これで反応があれば、取り越し苦労で済む話なのだが。

 だが、返事はない。まるで室内はもぬけの殻とでも言うように、物音一つなかった。


「……ごめんなさい」


 誰に対する謝罪か。

 櫻井さんの部屋の鍵を取り出して、僕はゆっくりと扉を開けた。


 室内は、やはり静かだった。

 扉が閉まる音が響いた後、僕が脱いだサンダルの音が響き……それ以外の音は、なかった。


「……櫻井さん?」


 呼びかけた。

 しかし、反応はなかった。


 彼女の部屋がどこか、僕は知らなかった。仕方ない、一室一室回るか。


 トイレ。

 風呂場……は、すぐに閉めた。


 リビング。奥のカーテンは日光を遮るようにピタリと閉められていた。微かな隙間から、舞うハウスダストが見えた。

 ただ、櫻井さんはいなかった。


 あとは、寝室を探すくらいか。

 そうして、部屋を移動した。


 彼女の両親の寝室。誰もいない。


 ……そして。


 最後の一室に手をかけた時、僕は気付いた。

 部屋の中から、荒れた息遣いが微かに聞こえていた。


 襖の先は、女の子らしい部屋が広がっていた。

 ぬいぐるみ。パステルカラーのカーテン。勉強机。


 そして……。


「櫻井さんっ!」


 真っ赤な顔でベッドに寝ている櫻井さん。

 慌てて、僕は彼女の額に手を添えた。熱い。どうやら熱があるらしい。


 僕は慌てた。

 こういう時、どうするべきなのか。頭が空回りして、ただ慌てるばかりで、右往左往してしまった。


「……宝田君?」


 慌てる僕の耳に届いたか細い声。

 声の方を見た。そこにいたのは、勿論……。


「ごめん」


 か細い声で、櫻井さんは続けた。


「熱、出ちゃったみたい」


 苦笑気味に微笑んで……櫻井さんは言った。


 慌てる気持ちが、収まった。ただ、代わりに沸いてきた感情は怒りだった。

 櫻井さんへの怒りではない。


 情けない自分への怒り。


 昨晩、もっと早く帰していれば。

 櫻井さんの現状を目の当たりにして何も出来ない自分。


 そんな悪感情が渦を巻いては苛立ち、怒りが増幅していく。


 ただ、まもなく気付いた。


 今は、怒っている場合ではない、と。


「母さん、母さんっ!」


 隣の部屋にいる母に、壁伝いに声が届かないだろうか。

 わからない。

 だから僕は、部屋に戻るべく駆け出した。

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